南の国の夢の夜・Ⅶ
表面は兄弟仲良く見せていても、水面下では、母親の序列やら出身国やら、冠は被らなくても頭の押さえ合いはあるらしい。
一クラス程の人数がいて皆仲良くなんて、よく考えたら幻だよな。
「ロッチ、割りと騙されてただろ」
「正直言うと……はい、騙されてました。うちが兄弟多くて仲が良いから、親近感を覚えちゃってました」
「お前んちは、上がしっかりしてんのと、環境が特殊だ。仲違いなんかしている暇のない国境警備隊一族なんだから」
「はい……」
その一族の足りていない部分を補う為、自分は騎士を諦めて外交役人を目指したんだった。でも自分を手駒だとか思った事は無い。
「この国の王族兄弟とお前ン所を一緒にするなや。ラツェット閣下にシバかれるぞ」
「うちの祖父ちゃん、そんな事でシバいたりしません」
騎士でなく文官になるって言った時も、やりたいようにやれって言ってくれたもん。
……ああ、俺って、家族に恵まれていたんだな。
外に出てみて分かるコト、一杯ある。
「まぁ結果的に、その双子にとっても良かったんじゃないか?」
「ハーレムに嫁ぐのがですか?」
「確定すれば、第四王子も手を放すだろ」
甘やかす者を遠ざけ教育係をキチンと付ければ、まだ矯正出来る年齢だ。
それに……
「殿下は、彼女たちは一緒にいる限り、自分たちのお互いしか愛さないと見抜いておられました」
「さすが我らの殿下」
あの双子は一緒にいる限り自立せず、嫁ぎ先の相手や国や民を愛する事は無い。自分を肯定してくれる映し鏡が常に隣にあるせいだ。
それでも許される場所へ行き、幸せにやって行けるんなら、他がとやかく言う事はないんだろう。
(第四王子……)
肩越しの繊細な横顔を、また思い出してしまった。
まんまと惹かれていた自分が恥ずかしい……っていうか、悔しい。
「うちの国の愛され要員なんざ、殿下一人で十分だ」
ジーク先輩は、不敬が一周回ってやっぱり不敬。
***
「そういえばジーク先輩は、今まで何処に行っていたんです?」
今回はやけに、ロッチ任せで外している時間が長かった。
聞かれてジークは、まだ夜空を照らすパーティー会場の灯を振り返った。
「剣舞のパフォーマーの中に、胡散臭いのがいると思ったら、やっぱり黒だったから、取り押さえていた」
「『ちょっと朝ごはん食べて来た』みたいに言わないで下さい!」
「狙われたのは第一王子で、捕らわれたのはおそらく第二王子派の、蜥蜴の尻尾」
「ふえぇ」
俺が下の方でアップアップしている間に……
「少なくとも、王と第一王子には恩を売れた」
「良かったです」
「ロッチが殿下をしっかり護ってくれるから、こちらも自由に動けて成果を上げられる」
「…………」
「これからも頼むな」
学園の卒業時、騎士ではなく文官になると言った時、それまで目に掛けてくれていたジーク先輩にメチャクチャ怒られた。
実家の為だと誠心誠意訴えたら、最後は許してくれたけれど、結局、役人の仕事に加えて護衛もやらされている。
それでも、ペーペーの身なのに、こうして殿下の外遊に同行できて、勉強させて貰えているのだから、文句なんて言えない。
思いを巡らせながら馬を進めていると、ジークが更に馬をくっ付けて、顔を寄せて来た。
「役人の仕事もフルでやって大変だったろ」
「そりゃ、片手間って訳には行かないですから」
「減らすよう計らってやろうか?」
「やめて下さい。何のために文官になったのか分かりゃしない」
「チッ」
お行儀が悪いです、ジーク先輩。
***
宿泊している別館の明かりが見え、玄関前に馬車が滑り込む。
ロッチは殿下に付き添うべく、馬を係りに渡して玄関へ走って行った。
その後ろ姿を見送りながら、ジークは夜の警護の段取りを采配して人員を散らす。
一段落した所で、別仕立ての無印の馬車が滑り込んで来た。
前哨灯に覆いを付けた馬車からは、唾のある深い帽子で金髪を隠したアーサーが降りて来た。
ジークが素早く駆け寄って顔を寄せる。
「お疲れさまです」
「ああ」
「王と話せました?」
「感謝の言葉を頂いた」
「良かった、働き甲斐がありました」
「ただ、第一王子が狙われたのは内々に収める方針となったので、公の誉れは授けられぬと」
「まぁそれは仕方がないな」
馬車が去っても二人はそこを動かず、暗がりで密談をする。
「代わりに、王女の何れかを側妃に贈ると」
「恩着せがましいな。っていうか、他に出せる物は無いのか、この国は」
「せっかくの『貸し』だ。王女より、『我が国へちょっかいを出したがる雛鳥を、巣から溢さぬ程度に押さえて下さいますよう』と進言したら、苦い顔をしながら頷いて下さった」
「さすアーサー」
ジークも力を抜き、二人並んで玄関へ歩き始めた。
「第四王子は、よ?」
「第一王子襲撃の件に関しては、尻尾を掴ませなかったようだから、今回は無傷だ。関わっている匂いはプンプンしたが」
「タヌキめ」
「下位グループの輪でアリバイ作りをしていたのも、小賢しい」
「殿下を隠れ蓑に使いやがって」
「ああ、こちらとしては物凄く面白くない。だから・・」
王と別れた後、性懲りもなく廊下で話し掛けて来たので、耳元で、
『神聖帝国の聖帝は大変懐の深いお方で、貴方のように中性的で美しい若者も十二分に守備範囲、むしろ美姫より喜ばれるそうですよ。王にそっと耳打ちしておきましょうか?』
と囁いてやったら、怯えた顔で黙ったと。
「はははは」
「嫁ぎ先を勝手に弄られて困っていた王女たちと同じ身になって、思い知ればよいのだ」
「ていうか、アーサーの氷結の瞳で一睨みされたら、後ろめたい事がなくてもビビるわ。
ま、こちらの怒りは十二分に伝わったろう。二度と殿下に近付かせん」
二人が玄関の石段を上がると、明日の段取りで忙しく立ち働くロッチとすれ違った。
「殿下は?」
「湯あみ中です。船旅では入れませんから」
「そうか、今回は苦手を克服して、多くの者との交流を頑張っておられた。今日はもう終礼は省略して、ゆっくりお休み頂こう」
「相変わらずアーサーは殿下にだけ甘いな」
ジークにからかわれ、アーサーは取り繕うようにロッチに向いた。
「ところでロッチ、あの双子以外に、殿下が気に止められたような王女はいらっしゃらなかったのか?」
アーサーのいつもの問いに、ロッチは少し考えた後、フルフルと首を横に振り、礼をして、また荷物を抱えて駆けて行った。
「ふむ……」
「珍しく王族の若いのと話の輪が弾んでいたから、期待したんだがなぁ」
「そうだな……あとでもう一度、『ロッチとしての感想』を聞いてみよう」
「ああ」
アーサーは少し鼻梁にシワを入れながら、「どうせまた鶏と卵になりそうだがな・・」と呟いた。
ローザリンド王太子殿下は、己の直感でピンと来た出逢いを求めているが、そんなお伽噺ばかりを言っていられない事も分かっていらっしゃる。
政略による結婚も、勿論受け入れるお覚悟ではあるのだ。
ただ、一つだけ条件を出されている。
『ロッチの嫌がる相手は駄目』
『何なんですかそれは』と突っ込むと、
『ロッチの審美眼の方があてになる。彼は如何なる時も濁りなく公平で、ラツェットに流れる国への想いを常に心底に抱いているから』と、瞳を煌めかせて答えられた。
何だその絶対的な信頼は……と思ったが、ロッチの交遊関係を思い浮かべると、確かに戯けた者は一人も居らず、けして多くはない友人が、すべて国や周囲の役に立っている。
二人が『う――む・・』と考え込むと、殿下は更にニッコリと、笑顔の光を撒き散らしながらこう仰った。
『だって出会って速攻、ルカと親友になったのだ、ロッチは』
お相手検知器になっている事を本人にバラす訳には行かず、この先もずっと、『鶏が先か卵が先か』に悩まされ続けるであろうと、遠い目になるアーサーとジークであった。
***
バタバタと駆けずり回りながら、さっきアーサーに聞かれた事を思い出すロッチ。
(いない訳じゃないんだよな……)
双子の王女が駆け去った方向よりも、第四王子の消えた暗闇をじっと見据えていらした殿下。
投げ付けられた悪態よりも、無言で礼をして去られた事に、心痛い瞳をされていた。
無防備に信用してはならない相手だと、俺よりも正確に、きちんと分かっていらっしゃった筈なのに。
けれど
分かっていて尚、あんな瞳をされる。
宮廷の廊下で、ルカに距離を置かれた時に似た、光を失くした色。
(言える訳ないじゃん……)
ロッチは、殿下が気に入って選ばれた方なら、どんな人物でも、無条件で受け入れて尊重するつもりだ。
例え『世間一般の道徳的に許容されがたい、深淵に住まわせているしかない相手』でも。
~南の国の夢の夜・了~




