南の国の夢の夜・Ⅴ
ロッチの住む王国のある大陸で、二番目に力のある東ア国は、他の追随を許さぬ様々な技術が発展していて、小さな息女様がお召しのペビーピンクの衣装は、信じられないほど軽くて薄くてひるがえる。
(あんな綺麗な布、見た事ないぞ、相変わらず凄い技術だなぁ)
純白の王子様にエスコートされ、小さい鼻の穴を広げてご満悦な少女はおそらく年齢一桁で、本来なら公の場で踊るのはまだ早い。南ヲ国の緩い無礼講な空気だから許されているのだろう。
目を細めて見守る母親は、紋章付きの髪留めでアッシュブロンドをきりりと結いあげた、東ア国の王妹殿下。母娘とも薄い継承権を持つ準王族。
傍らにいる大物に緊張しながら、ロッチはアーサーに、先程の展開を耳打ちした。
「双子の第七、第八王女、か……」
筆頭お目付け役は、感情のこもらない平坦な声で呟いた。
確かに国力的に、今踊っている東ア国の公女様の方が大事ですよね。
「南ヲ国王サイドからの打診が無いから、ただの戯れ言かもしれないが……あそこの第四王子もタヌキだからなぁ」
「俺が思うだけですけれど、あの双子、持て余されてるんじゃないでしょか。特に王女様たちの間で」
「ほぉ?」
「あの二人が登場するまで王子も王女も和やかだったのに、現れた後は、はっきり反応が分かれて」
ロッチの推測に、アーサーは興味深げに顎に手をやった。
「南ヲ国は近年付き合いを始めたばかりで、先方は我が国と関係を深めたがっているから、殿下が気に入られたのなら進んでしまいそうな話ではあるが……
仮に、そのお二方が嫁いで来られたとして、ロッチは嬉しいか?」
「えっ? 何で俺に聞くんですか? 殿下が気に入られたお相手なら、下っ端役人の俺に口を挟む隙間なんか無いですよ」
「ロッチの個人的な直感でいいから教えて欲しい」
「え――? 俺の直感なんか……んん、そうですね、んんん――うん、嬉しくはないです」
遠慮がちに、でもきっぱり言ったロッチに、アーサーは目を瞬かせた。
「理由を述べてみてくれ」
「均整が壊れます」
「ほお?」
「『ローザリンド王太子殿下』って、殿下一人では成り立たないじゃないですか。ピラミッドみたいに積み上がった複雑なパズルの頂点が殿下。
アーサー様やジーク先輩、古参の侍従の人や近衛さん、色んな人々が支えて『清廉純白の王子様』を作り上げている。
俺、そのパズルが凄くカッコイイと思っているんです。俺もその下っ端の方に組み込んで貰えて、緊張するけれど、メッチャやりがいがあります」
アーサーは更に目を見開いてロッチを見る。
「そこへ入って来るのは、『自分が主役になりたいお姫様』じゃ、ダメですよね」
「なるほど」
アーサーは一人頷いて、ホールの殿下に目を移した。
ピンクのフリルドレスの小さな公女様に合わせ、殿下はゆっくり踊ってあげている。優しく話し掛けながらリードする様子に、周囲も微笑ましく見守っている。
「実は、東ア国からも売り込まれているのだ。あの小さなご令嬢」
「え?」
「国の大きさからいうと、東ア国との縁結びの方が遥かに魅力的ではある。ロッチはどう思う?」
「いやだから何で俺に聞くんですか。っていうか、あの公女様、幾つなんです?」
「今年七つになるそうだ」
「ハーフスコア割ってるじゃありませんか」
「二十年三十年先には違和感は無くなるだろう、と言われた」
「それまでロリコンの後ろ指を刺され続けろと?」
「まぁ、そうなるなぁ」
アーサーは下を向いて苦笑した。
「ロッチ的には、やはり嬉しくないか?」
「七歳児の将来なんか俺には分かりませんよ。でも今の殿下に、あまり長期計画は、ちょっとお気の毒では」
「ああ、それはそうかもしれぬ」
「さっき言った通り、殿下のお相手は、ピラミッドの一員になれる方……それこそ内側の見えない所から、殿下の上げ底部分をガッツリ支えられるような方が理想です」
『上げ底部分』……アーサーは素で吹き出した。
「影のように目立たず誰にも注目されず、でも殿下と対等に議論出来て、何だったらアーサー様とも化かし合えるような」
「ロッチの理想は高いな」
「爵位と容姿は問いませんよ」
「そんなのルカしかいないじゃないか」
「流石に性別は問わなきゃ」
「はは……」
「まぁ俺が勝手に言っているだけですからね。殿下が気に入られたお相手なら、どんな方でも全力でお仕えします」
「ふぅむ」
アーサーは顎に指を当てて、意味ありげに唸った。
「鶏と卵だな……」
「はい?」
「いや、何でもない」
その時丁度音楽が終わって、殿下が公女様をエスコートして戻って来られた。
***
「「あの!」」
パーティーも散会し、停車場で馬車を誘導していたロッチは、再びあの双子の声を聞いた。
振り返ると、相変わらず二人並んで、なんと殿下の真ん前に立ちはだかっている。
(無礼だってば!)
憤るが、相手も王女殿下だ。兄弟が多すぎて末端まで作法教育の行き届かないハーレム王族、めんどい。
「先程はお話しし足りませんでした」
「応接室を用意しておりますので、お茶をご一緒しましょう」
うわっ、こっちは帰ろうとしているのに。
「お誘いありがとうございます。しかし、この時間から未成年の方と席を持つ訳には参りません」
やんわりと拒否る殿下。
「そんなの、この国で気にする人はいないわ」
「じゃ、じゃあ、明日、帰国なさる前に、時間を作って貰えればいいわ」
めげない双子。
「申し訳ありません。今から明日の乗船まで、わたしの周りでは予定がびっしり詰まっているのです。何か一つでもずらすと、多くの者に迷惑を掛けてしまいます」
「殿下が一番偉いんだから、そんなの気にしなくてもいいのに」
「一番偉いから気にせねばならぬのですよ」
ああもう殿下、声に穏やかを被せられなくなっていらっしゃる。
そうだよね、本来は苦手なコミュニケーションを、今日はいつもの何倍もこなされたんだ。
(早く独りにして休ませてさしあげたい~~)
ヒヤヒヤしながら、背後を警護する為に立っていると、殿下がチラと振り向かれた。
宝石の瞳に輝きが無い。本当に限界が来ている色だ。
ロッチは慌てて、足置きを準備して馬車の扉を開いた。
殿下はスイと双子を避け、そちらへ行かれる。
双子は焦った様子で手を伸ばした。
「わ、私たち、どこがいけませんか?」
「まだ子供だから? 魅力が足りないですか?」
無言で去られても食い下がるのが凄い。
確かに、可愛い二人がこうやって健気に振る舞えば、大概の大人は折れてしまうだろう。
厳しく窘めるより、言う事を聞いてやって、大人しくさせる方が楽だもの。
殿下は数秒止まってから、踵を返して、二人にきちんと正面を向かれた。
「ナジャ様もカジャ様も、とても魅力的です」
「なら、お帰りになるまでにお話を進めて下さい」
「どうか父に私たちを求めて下さい」
殿下は更に真顔になられた。
「わたしは、ナジャ様はナジャ様、カジャ様はカジャ様、としか見られないのです」
「「はい??」」
双子の王女は疑問の顔を、鏡のように見合わせた。
「例えばカジャ様が、『ローザリンドとなら氷の国へでも行ける』と仰って下されば、わたしはとても感動したでしょう」
「い、言ったじゃない……どこの国へだって嫁ぐって……」
「例えばナジャ様が、その手をわたしの手に併せて、カジャ様に向けていたような熱い眼差しでわたしだけを見つめて下されば、魂を射抜かれたかもしれません」
「それは、だって……」
「ナジャ様カジャ様がこの世で一番愛しているのは貴女たちのお互いで、それは二人一緒にいる限り変わらないでしょう。
この世には色んな愛の形があって、なるべく偏らぬ心で受け入れたいとは思っています。それでも」
双子は口をパクパクさせ、目を真ん丸にして、瞬きもしないで殿下を凝視している。
「わたしはとても嫉妬深いので、貴女たちのどちらかを好いてしまうと、きっと苦しい日々となりましょう」
双子は、金星のような目玉を転がり落としそうな程 見開いて、そして眉をギュっと歪めた。
「こ、心が狭い!」
「そうよ、心が狭いです。お、王は、心広くあらないと!」
王太子は、双子に睨まれたまま、哀しそうに睫毛を伏せられた。
「そうです。わたしは狭量で我が儘で、ありきたりなつまらない者です。貴女たちのお役には立てそうにありません」
「わ、私たちがこんなに言っているのに、何よ何よ!」
「「こちらからお断りよ!」」
可愛い声をハモらせて、双子は踵を返した。
二人が駆け去ってから、
「貴方のお役にも立てません、申し訳ありません」
殿下が呟くと、柱の陰から第四皇子が一歩出て、丁寧な礼をして去って行った。




