南の国の夢の夜・Ⅳ
「なぁに、タルト? お菓子のお話?」
「私たちも入れて」
華やかに輪に入って来たのは、オレンジ色と空色の色違えの衣装を着た双子……確か第七、第八王女だ。
ロッチは目を見張った。彼女たちの外見が、見るからに他と一線を画していたからだ。
(双子の王女……確か、第三王妃の子供だったよな)
予習してきた脳内メモを引っ張り出す。
王の席を見ると、中心から二つ離れた席で、こちらの女性も異彩を放っている。
月の女神の異名を持つ三番目の王妃は、一言で言うと神秘的。肌の色がひときわ濃く、周囲の光をすべて吸い込むような漆黒の髪と衣装、その中に金色の瞳だけが月のように輝いている。
双子も母と同じ色を持ち、薄小金の瞳が恒星のように四つ並ぶ様子はまるで夜空。
殿下も興味深そうに凝視されている。
「お菓子の話じゃねぇよ。お前たちのようなお子ちゃまには関係ねぇよ」
「あっちで砂糖菓子でもかじってな」
男兄弟たちは面倒臭そうに揶揄る。
しかし王女の間には心なし緊張が走った。
「あら、私たちだってローザリンド殿下とお話がしたいわ」
「お兄様ばかりで独占しないでよ」
「ああもぉ、煩いのが来ちまった。すまないな、ローザリンド」
皆を代表するように謝る第四王子。
子供を多く作るのは、蠱毒状態にして強い血を残すといった、この国古来の風習の名残りなのだが、今は皆現代っ子というか、継承から漏れても路頭に迷うような過酷な社会状況ではなくなったので、喉からしい。
役者になるんだ鍵職人になるんだと、除籍を希望して飛び出して行く者もいるという。
勿論、生まれに責任を持ち、国の柱となって働く者も多く、一本一本は心許なくとも束ねると心強いだろう。
多兄弟な自分の家もそんな感覚なので、ロッチは親しみを感じている。
「兄弟が多いのは賑やかで良いと思います」
殿下が穏やかに仰った。
「そうねぇ……」
「ええ――、そう?」
「何でも分けなきゃいけないんだよ」
「取り合いの喧嘩になるし」
「順番待たなきゃいけないし」
「一人っ子の方が羨ましいよ!」
王子王女たちは一斉に口を尖らせる。
「分け合うのは良いものばかりではなく、怖い事や将来への不安、責任なども分け合えると思いました。そういう所が羨ましくあります」
王子王女は顔を見合わせた。
「殿下は素敵な観点をお持ち……」
「あぁ――、そうね」
「それはあるかも」
「一人きりとか考えられない」
「ご飯も一人?」
「遊ぶのも一人?」
「学校も一人?」
「宿題も一人でやるの?」
「嫌だあ」
あ、違う。
よく見ると、双子が来てから王子は喋っているけれど、王女たちは喋れていない。
もっとよく見ると、双子は、他の王女に被せて声を上げる。男兄弟にはそんな事はしない。
(闇、深っ……)
思いを顔に出さないよう、ロッチは人の隙間から殿下を窺い見た。
相変わらず背筋を真っ直ぐに立たれ、プラチナブロンドの睫毛をフサフサと揺らしながら、双子を眺めていらっしゃる。
「あ、ローザリンド殿下、この二人がお気に召しました? よかったら、まとめてどうです?」
第四王子が軽い感じで言った。
「はい? まとめて?」
「そうそ、こいつら二人一緒に嫁げる先を探しているから」
「うん、そう。私、ナジャと離れたくない」
「私もカジャの居ない人生なんて考えられない」
殿下はまたパチパチと目をしばたいて、第四王子と双子を交互にご覧になっている。
「お二人は、海の向こうの遠くの国へ嫁ぐのは、嫌ではないのですか?」
「あら、王女だもの。どこの国へだって嫁ぐわ」
「二人一緒なら平気よ」
「私はナジャと一緒なら氷の国へだって行けるわ」
「私もカジャとなら溶岩の国へでも行くわ」
ニコニコとお互いの両手を併せる双子に、殿下は黙って宝石の瞳をキュッと狭められる。
双子は殿下より三つ四つ下らしく、十分あり得る年齢差だ。
(こ、これは、放っておいたら不味いかもしれない……)
他の王女たちが真顔だ、冗談ではなさそう。
ロッチは会場内を見渡した。
(今の殿下は通常時と違う。うっかりな事を口走ってしまう前に……アーサー様、アーサー様は何処だ?)
何でこんな時に見えないのか、また女性に絡まれているのか? ちょっと焦る。
あの双子は本当に美しく可憐だ。二人の仕草がシンクロしているのが、更に目を引く。
でも、そういうのに隠して、ヤバい本質がチラチラ見えている。
いつもの殿下なら見抜いておられるだろうが、今日の殿下はあてにならない。
(ったくもう、アーサー様何処だ?)
ここを離れて探しに行くか? それとも俺が乱入する? いや、相手は全員王族だ。
しかしロッチが逡巡している間に、殿下が声を発してしまった。
「配色的には良いかもしれません」
――殿下!?
王子たちは、拍子抜けするようにガクリと揺れた。
「はいしょく?」
「配色って何だよ!」
「わたしはイメージ戦略で白しか着させて貰えませんので、カラフルな衣装が似合うお二人に両脇を挟んで頂けたら、ひと味違う色目となって素敵です」
穏やかな微笑みを絶やさずに滔々と続けられる殿下。
「……いろめ……」
「……そ、そうね……」
「た、確かに、色目は……合うわよね……うふふ」
「そう……ね……うふふ」
双子の勢いが弱まった。
殿下はさすがであらせられる……
***
「オセロだと負けちまうだろ」
後ろからいきなり耳元でささやかれ、ロッチは飛び上がった。
ジークだ。ちゃんと服を着ている。
殿下のお側にはもうアーサーが寄っていて(こちらも上衣を着ている)
「殿下、あちらで……」
と、耳打ちをしている。
「そうか、承知した。ご苦労、アーサー」
顔を上げ、にこやかに一同に向き直られる殿下。
「呼び出しを受けてしまいました。名残惜しいけれど、これにて失礼致します。皆様よい夜を」
「え、あ……」
焦る双子を尻目に、他の王女たちはスカートを広げ、しっかりと南ヲ国式の淑女礼をした。
「行くぞロッチ」
「は、はい」
アーサーを先導に、殿下を挟んで後ろにジーク。ロッチも慌ててジークの横に付いた。
「挟み返してやらにゃ勝てないだろうが。ああいう時は出鱈目でも、耳打ちで呼び出しを掛けるの」
「すみません、判断が遅れました」
「まぁいい。今の呼び出しは本当だ。タイミングが良かったな」
「そうだったんですか」
ジークは視線で、ダンスホールの方を指した。
「東ア国の王妹殿下が、純白の王太子にダンスをご所望だ。ご自分ではなく、同行の幼い息女と一曲踊ってやって欲しいと。
ベアリング開発の技術提供で大層 世話になったからな。今後の事を考えても関係を深めて置くに越した事は無い」
「殿下、人気者ですね」
「また尾ひれが付いて噂が広まっているようだぜ。『殿下と踊ると知恵の神ミネルヴァの祝福を授かる』とか」
「うへえ」
「殿下の王子様パワーは我が国の大切な資源だからな。大国相手にはサービスするが、それ以外に摘まみ食いさせてやる事はない」
ジーク先輩、相変わらずゲス不敬。
「聞こえているぞ、ジーク」
前を歩く殿下から低い声が響いて来た。




