Welcom to the Glass Tower(2)
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ここに来て半年、海風の匂いは慣れないままだ。
この匂いのもとは、プランクトンが醸す匂いだとか、いろいろ聞いたが、とりあえずいい匂いだと思ったことがない。
男はそんなことを思いながら、日陰を歩いている。
苛烈な陽射しを避けながら、男は人気のない場所を探し当てた。
海岸線のある一画に、ボート小屋が並ぶエリアがある。
隣接して建ち並ぶボート小屋の隙間、ちょうど影になったそこで、スマートフォンを取り出した。
本来、この男が使用しているスマートフォンとは別の、もう一台のスマートフォンだ。
パスコードを入力し、連絡先を開く。
果たして百、もしくは数百に亘る連絡先をスクロールしながら、目当てのものを探す。
男が探していたのは、CIA所属の人間の名前。
このスマートフォンの連絡先を作成した人間は、几帳面だったらしく、CIAの人間は名前の後に「CIA」と登録してあった。
一件ずつ確認した後、メールボックスの送受信履歴やショートメッセージ、メッセージアプリの履歴を確認していく。
CIA所属の人間の中で一名だけ、頻繁に送受信していた履歴があった。
このスマートフォンの持ち主は、約二年半前には死んでいるので、それ以降の履歴は当然ない。
今このスマートフォンから、死んだ人間の名前を借りて送るメッセージは、果たして相手から信用されるのか。それは、わからない。
男は黙々と、文字を打ち込み、ファイルの添付漏れがないか確認し、送信する。
自分のものではないスマートフォンを、ボトムスのポケットにしまい、男は胸ポケットから煙草を取り出す。
火をつけ、煙草をふかしながら、海を見る。
絶えず波を立てる海面に、太陽の光が当たり、光があらゆる場所で輝いていた。
浮き輪で遊ぶ子供、大人。沖合にはヨットやウィンドサーフィンの姿が見える。
潮の香り、靴の隙間に入り込む砂の感触、陸よりも強めに吹く風。
つくづく、海は苦手だと思った。
ボトムスに入れていたスマートフォンが振動したので、男は手に取る。
さっき、メッセージを送ったCIAの人間から返事が来た。
電話ではなくメッセージで返ってきたことに、男は軽く安堵していた。
自分が、本来のスマートフォンの持ち主でないことは伏せ、さっき確認したメールやメッセージの送信内容を思い出しながら、返信を作る。
その内容を送信して、スマートフォンを手にしたまま、男は煙草を吸う。吐き出した煙が風が吹く方向へ、なびいていく。
手の中のスマートフォンがまた振動したが、吸い終わるまで、男は画面を見なかった。
白い煙は風に乗り、やがて透き通っていく。海の匂いと同じように、煙草の匂いも、風に乗る。
男は、燃え尽きる間際の種火の赤さを、ぼんやりと見た。
吸い終わって、男は画面を確認する。
メッセージを読む眼の色は、灰色。
梟と呼ばれる男は、今はシャヴィニルイツ=エンリ・ガイツィナロクナフという人間になりきって、メッセージを作っている。
このスマートフォンの元の持ち主は、シャヴィニルイツ=エンリ・ガイツィナロクナフ。
リエハラシア軍の特殊部隊『六匹の猟犬』の諜報担当だった男で、梟の同僚だった。




