Welcome to the Glass Tower(1)
中心部の外れ、その中に、テナントが閉店して空き家になっている物件があった。
道路に面した正面入口は、シャッターが降りていた。
シャッターには、グラフィティーアートを模した落書きや、殴られたか蹴られたような痕もあった。治安の悪化は、こういうところで見て取れる。
シャッターの端、風化してヒビが入っているだけに見える箇所に気づき、慎重に触った。
自然に入ったヒビに擬態させ、簡単に外せるように細工されていた。
狙撃手は、このシャッターの端に作った隙間から、チョコレートのピラミッドを撃った。
この空き物件の裏側には、従業員用通用口がある。
私たちが来た時には、通用口の鍵は何者かに破壊されていた。
彼が室内へ突入する傍らで、私が建物の外周を見張る役だった。
外周に不審なものや人がいないのを確認して、通用口に駆け寄る。
「入っていい」
拳銃片手に、開け放たれた通用口脇の壁際に貼り付いていると、中から声をかけられた。
締め切られていて、こもった空気がまだ残っている。その中に、硝煙の匂いがする。
電灯がなく、シャッターで光源を塞がれているので、外の明るさに慣れた眼では、室内が確認しづらかった。ただ、その室内の真ん中で、彼が何かを持った指先を私に向けてきたのは、見えた。
向けてきたのは、もちろん銃口ではなく、ノートを引き千切ったような紙切れだと思う。
彼の手にあった紙を受け取り、それが何なのか確認する。室内の暗さにも、やっと眼が慣れてきて、紙に書かれた文字を読めた。
「"クィンザグアを忘れるな"」
彼の母国語の文字で、そう書かれていた。
細字のボールペンで書かれた筆跡は、これといった特徴のない字だった。
「国境沿いにあった、クルネキシア軍の補給基地」
クィンザグアとは、クルネキシアにある基地の名前だったらしい。
つまり。
「撃ってきたのは、クルネキシアの人である可能性が?」
私が言った言葉に、彼の顔がゆっくりとこちらを見た。
彼は頷くわけでもなく、返事の代わりに小さい舌打ちが聞こえる。
紙の上の走り書きされた文字からは、感情や人となりまでは見えてこない。
それがなぜか、知らないうちに、ひたひたと周囲に蔓延ってくるような、嫌な気配を感じてしまう。
「心当たりはあるんですか?」
私の質問に、灰色の眼が鋭くなる。睨んでいる、というよりは、眼に力を入れている。
「ない。向こうの人間から恨まれる覚えは、山ほどあるけどな」
彼は深い溜め息をついた。
あの窓際のチョコレートを撃った元クルネキシアの誰かは、彼に「クィンザクア補給基地」を思い出させたかった。
だから、こんな回りくどいやり方を選んで、手紙を残していった。
狙撃手は捕虜になれない、とは言い得て妙だ。
人間が一番油断する瞬間、人間が一番狙われたくない瞬間を狙う。
ルールなどないに等しい戦場でも、憎まれる手法。撃たれた相手からすれば、明確に憎む相手がいるのだから、全力で恨まれる。
だから狙撃手は、敵からの憎悪を背負い続ける。
煙草に手を伸ばそうとして、諦める動き。今まで何度見てきただろう。
「お前とは別行動をする」
手持ち無沙汰になった右手は、彼の脇腹に置かれた。
「わかりました」
首を縦に振る。
私が、彼の力になれるとは思えない。自分が一番わかっている。
そしてこの後、彼が何を言うかもわかっている。
「お前は先に、この島から出て行っていい」
「了解」
オーナーやケリーの動向より気にしていた、何者かの狙いが自分だとわかって、彼自身は少しほっとしているように見えた。
「俺が死んでも復讐はするな」
私の眼を見つめる灰色の眼は、感情がない。この眼を見るのは、久しぶりだった。
できれば、この眼を見たくなかった。
「しませんよ。骨は拾うけど」
私は笑顔を作って答える。かわいくない答えだけど、この人は今、私の態度にかわいさなんて、求めていない。
「お前に一つ、言っておくことがある」
彼の、その言葉で、場が一気に張り詰めた空気になる。
思わせぶりに、伝えたい言葉をゆっくりと口にする時、わずかに灰色の眼が震えていた。
その時だけは、彼と向き合っている時間が、とんでもなく長い時間に思えた。
それくらい、緊張感のある時間だった。




