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かつての二人


「あ」


 更衣室でそんな声をあげたのは田中リゼ。

 ロッカーを開き、着替え始めようとした矢先に星村レティシアとバッタリと遭遇した為である。


「出会いがしらに『あ』とは心外ですわね」

「ご、ごめん。別に他意はないよ」

 金髪の令嬢は言葉通り不機嫌な態度でリゼを通過。少し離れたロッカーを開ける。

 ズキズキと胸の奥にある疼きが大きくなっていき、いたたまれず視線を降ろす。

 痛々しい沈黙が続いた。二人きりで気まずい空気が流れる。


 まただ。彼女と居合わせたり目を合わせただけでこうなるのは苦手意識によるものか。


「なんですのそのお顔、これから試合だというのに」

「……試合、だからだよ。緊張してるだけ」

「ご冗談を、あれほどの啖呵をきっておいて今更怖じ気付いたとでも?」

「……やっぱり、これって怖じ気付いて、いるのかな?」

「そこは否定なさるところではなくて?」


 着替えの手を止め、苛立った様子でレティシアは目を細める。

 その視線に未だ気付かないままリゼは続けた。


「だって星村は実際強いし、挑もうとしたなんて周りが知ったら『レッサーが生意気だ』って言われるのは分かりきっているしさ」

 実際思い上がりもいいところたよ、と彼女は認める。

「冷静になってみれば、あたし個人が意地でもチームに率いれたいとか試合に勝ちたいとか、絶対に譲れないものがあるわけじゃない。正直負けても仕方ないと思って……」


 無言でにらみつけてくるレティシアに気づき、リゼはそそくさと着替えを済まして更衣室を出ようとした。


「……じゃああたし、先に行くから──」

「お逃げにならないでくださいまし田中リゼ」



 そこにずいとレティシアは凄むように詰め寄った。突然のことにリゼはたじろく。



「いつまでもうじうじうじうじと、わたくしをどこまでも虚仮にすれば気が済みますの」

「ほ、星村……?」

「忘れたとは言わせませんわよ。あの約束を」


 リゼにも思い当たる節があったのか、レティシアの咎める視線から目を逸らした。




 それは去年に遡る。

 入学したてのレティシアとリゼは魔力測定で高水準をたたき出したことで一躍話題となっていた。何故なら測定された魔力量が校内でのトップが堀門ギルバートだったとして、彼女達はそのナンバー2とナンバー3に躍り出たからだ。

 しかし生徒が集まったのは星村レティシアだけであり、魔族である田中リゼは誰からも相手をされず孤立していた。


 だが、レティシア自らが彼女に声を掛けたのだ。


『田中さん。少しよろしいかしら?』

『あ……星村、さん』

『貴女は魔戦興行(ウォーゲーム)に興味がおありと聞きましたわ。わたくし、是非お近づきになりたいと思っておりますの。ともに研鑽して参りませんこと?』

『でも、あたしは見ての通り魔族で、かなり浮いているけれど』

『構いませんわ。校内の魔力測定でわたくしに次ぐ好記録を貴女は叩き出した。そのように結果を出せる者を色眼鏡で見るのは浅はかで愚かと言いようがありませんの』


 そう手を差し伸べられ、魔族の少女はおずおずと応じる。

 二ヶ月というそう長くはない期間、リゼとレティシアの交流は始まった。


 一緒にショッピングに行ったり勉強を教え合ったりと、プライベートや学業でも二人はよく行動を共にしていた。

 友人と呼んでも差し支えない間柄であっただろう。夕方の帰路で、こんなやりとりもしたこともあった。



『そろそろ本格的な魔戦興行(ウォーゲーム)の実技の練習が許可されますわね。お手並み拝見ですわよ、リゼ』

『自信満々だね、レティシアは』

『えぇ、実はわたくし既に下級の色魔法を一通り習得済みですので。他の皆様とは一歩リードといったところですわ』

『へぇ。あたしは実際に魔法使うの初めてだから楽しみだなー。高校の入学祝いに貰ったこれで、試してみるよ』

『そちらの杖、大分使い古しになられてますわね』

『市販だと高いから。これは「スィドラ」、おばあちゃんが使ってたんだ』

『まぁ! ではあの田中アイシャ選手の?』

『そうなるかな。今度コツを教えてね、それで大会にも一緒に出るんでしょ?』



 当然よろしくてよ、星村レティシアはそう快諾した。

『そしてチームを組むのも悪くはありませんが、一度は個人戦で手合わせしてみたいものですわね』

『それも面白いかも。その時はお手柔らかにね』

『では約束致しましょう。わたくしとリゼ、いつか正々堂々、試合に相見えると』


 仲睦まじく二人は微笑みを見せた。これから待ち受けるものを知る由もなく。

 そして、遂に訪れた魔法の実技がその関係を瓦解させる。


『このように唱えて杖に魔力を集めますのよ、赤の一階──【ファイア・ボール】』

『おおー。流石レティシア』

『では貴女もやってみてごらんなさい。わたくしが見て差し上げます』

 レティシアが先に火球の魔法を披露し、リゼにも倣わせる。



『赤の一階、【ファイア・ボール】!』

『……あら?』



 チロチロと、杖先から出たのはろうそくに灯るような火の玉だった。レティシアの出した物と比べれば、あまりに頼りなく小さい。

 


『これって……失敗?』

『むしろこれほど微少に灯すことができるのは却って難しいですわね……まぁ、初めてなのですから致し方ありませんわ』

『そうなんだ。けど皆のを見てるとあたしだけ……』


 杖を支給された他の生徒をリゼはしきりに意識する。

 彼女と同じく初めてでありながら、魔法の発動に成功した者や不完全ながらももっと大きく炎を出せている者ばかりだ。


『大丈夫ですわ。焦らずに、今一度お試しなさい』

『う、うん』

 慌てて魔族の少女は繰り返す。しかしどれをとっても周囲の平均的にも劣っているのは誰の目からも明らかである。

 その様子に生徒達の意識が集った。なんせいくら下手でも魔力がありながらこれほど初歩から躓くような事例はなかなか見かけない。



『ファ、【ファイア・ボール】! 【ファイア・ボール】! 【ファイア・ボール】! ……なんで? なんで!?』

『リゼ、少しお待ちなさい。もしかすれば杖の方に問題や相性の齟齬があるやもしれません。わたくしの杖で』

『そ、そっか!』


 杖を交換し再度唱えるのだが、


『赤の一階【ファイア・ボール】! ……あ、あぁ』

 結果は揺らぐこともなく、原因が杖ではないことを一同は悟る。

 星村レティシアが彼女の傍にいる手前、声には出さないが嘲笑の視線や忍び笑いを隠しきれない者達が出始めた。こんなことも出来ないなんて、やはりレッサーはダメだなぁ、という類の悪意が見え隠れしていた。


 レティシアは俯くリゼに辛抱強くフォローを入れようとする。しかし、


『これからですわ……これから上達していけばよろしくてよ。貴女には潤沢な量の魔力が……』

『……先生、ちょっと体調が優れないので外します』

『リゼッお待ちなさい!』



 弾かれるように訓練場を飛び出したリゼ。レティシアは制止の声をあげて追う。

 校舎の裏で壁に手をつき背を向ける魔族の少女に、嘆息しながらも金髪の令嬢は声を掛ける。


『あそこで抜け出してしまわれては騒動として尾ひれがつきますわよ』


 この件は目撃していた生徒達によってたちまち拡散されるだろう。誇張され曲解され、絶好の笑い話となって。


『……魔法があまりに下手でみっともなくて逃げたのは本当だもん。仕方ないよ』

 だがリゼはそれを認めていた。自分はおちこぼれで、嫌われ者なのだからと。

 顔向けすることもできず、壁と向き合ったまま心中を吐露する。


『あたし、こんなに才能なかったんだ。ちょっとだけおばあちゃんに習って、もっとうまく魔法が使えるようになると思ってた……楽しみだなんて言ってた自分が恥ずかしい……』

『恥じる必要はないですわ。誰しも最初から──』

『でも! あそこまで酷い人! レティシア見たことある!? マジメだったよ! 本気だったよ!?』

『それは……』


 さしものレティシアも否定しきれないことで閉口してしまう。

『向いてないんだよきっと。これじゃどんなチームにも足手まといになる』

『それではわたくしとの約束は……!』

『……とても試合になんてならないよ』

『くっ……! こんなあっさりと諦めるというのですか!? 試合へ出場なさるのでしょう!? しっかりなさい! リゼ! 田中リゼ!』


 返事は沈黙。叱咤の声はリゼに届かない。

 歯噛みしたレティシアはやがて「……よく分かりましたわ」と後ずさり、背を向けた。


『お望み通りわたくしが見込みを間違えていたことに致します。であれば行動を共にする理由もなくなりました。それに貴女は、わたくしのもっとも忌避する人種となってしまわれた』

『……』

『ごきげんよう、田中リゼ』



 決別を言い捨てレティシアはその場を後にする。

 それから間もなく、ずるずるとリゼは壁と向き合ったままうずくまった。微かな涙声で彼女は漏らす。

『……ごめん……レティシア……ごめんね』


 自分といたらダメだ、このまま自分を庇っていてはレティシアまで扱き下ろされる。だからこれでいい。傷心の最中でもリゼは決意を持って彼女は別れを選んだ。




「あれから一年。よもやこの舞台に登壇されるとは想像だにしていなかったですわ」

「……あたしも思ってもみなかった。アイツがいなければ、こんな風に試合に出ることなんて」

「語るに落ちましたわね。……故に、半端な気持ちでわたくしと戦おうなど……絶対に許しませんわ」


 リゼを背後のロッカーに追い詰め、険しい雰囲気を伴って釘を刺してくる。

 しかしリゼもその気迫に圧されつつも気丈ににらみ返した。


「そんなこと、するわけない。ずっと待たせていたレティシア(・・・・・)に失礼だってこっちも承知の上だもん」

「っ」彼女は意表を突かれたのか、ツリ目を見開いた。

「あたしだってあの頃よりちょっとは戦えるようになった。変わったの!」


 身の丈の言葉で斬り込み、レティシアを手で突き放す。


「ずぅっと努力していたアンタにどこまで通用するか分からないけど、あたしだって後悔したくない。もう逃げない。ずっとお預けだったあの約束、今日この試合で決着を着けよう。だから……」

「……だから?」

「……とりあえず服着よ?」


 まだ着替えの途中で下着姿でいることを思い出し「わたくしとしたことが、はしたなかったですわね」と潔く引き下がった。

「貴女もそういう心意気であるならば結構」

「……う、うん。先、行ってるから」


 ようやく運動着に袖を通したレティシアは、去り際のリゼに告げた。

「では以前とは異なる貴女のお手並み、拝見させていただきますわ、リゼ(・・)



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