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ミルグラム戦記 ―悲愛界変の綴り―  作者: 井藤司郷
第2章<シシノ平原編>

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第45話「あの人とのひととき」

 宴は続いていた。この場にあの人がいないことは不思議なことではないけれど、わたしはどこかで期待しているのかもしれない。いろいろあって、以前のように接することは難しくなってしまったけれど、待っていると言ってくれた。この先、わたしには乗り越えないといけない壁があるのだろう。乗り越えたい。みんなとなら進める気がする。まだ心の整理はつかないし、頭の中もぐちゃぐちゃだ。昔の仲間も今の仲間もどちらも大切。でも、やっぱり自分のことは許せないでいる。


 箇条書きのように頭の中に言葉が浮かんでは消えていく。結局、わたしはどうしたいのか。望んでいることはある。でも、まだそれを求められない状態だということ。


「みんな、ちょっといいかな?」

 レイトがみんなに声をかけて視線を集めている。


「今後のことを相談したいんだ」

「なによ、今後のことって?」

「以前、ジェニオやブレンとは話題になったから話してたんだけど……狩場を変えてみるのはどうかなって思うんだ」

「お! 遂に(ボアー)を卒業すっか?」

「冒険者歴はまだまだ浅いけどさ、マキアとココハが加わってさ、俺たちのパーティーは強くなったと思う。もちろん過信するのはダメだけどさ」

「確かにね、マキアがいれば前衛のあんたたちも思いきって前に出れるし、私もココハを任せられるから集中しやすい。それにココハの魔法は出来ないことを可能にしていく力があるし」

「…そんなこと」


 照れるココハを見ながら、わたしも自分が頼られていることに喜びと不安を覚えた。わたしはヒーラーだから攻撃としての力にはなれない。でも、この子たちを守ってあげられる力ならばある。もう誰も失いたくはない。


「それでさ、次はどこがいいかなって話なんだけど。ジェニオとブレンは(ウルフ)狩りってことだったけど、今も変わってない?」

「うん、ボクはそれがいいかなって……思うよ」

「オレは何でもいいけどな!!」

「女子はどうかな? 怪鳥(バード)とかも候補にはいるけど。他は……何がいるかな?」


 わたしは自分の知っている情報は共有しておくべきだと思った。


「ショックの沼地には大きな蠍がいるって聞いたことがある。わたしたちも行ったことはないけど」

「へぇ、蠍はどうなんだろう。ちょっと想像できないね」

「あと、少し距離はあるけど……イルボング山。あの山にはゴブリン族や人間族……山賊が出るって聞いたことがある」

「山賊? 人間が人間を襲うってこと?」

「ええ、王国のギルドに所属する冒険者は山賊に身をやつすこともあるみたい」

「王国側の冒険者もなかなか厳しい世界なのかもしれないね」

「ロニ鉱山はどうなの?」

 ルミルが思い出したように言った。


「あそこには人間族に敵対している種族はいないらしいけど、王国の兵士が鉱山を独占していて、冒険者を近寄らせないようにしているとか」

「けっ! 国がそういうことするのは汚ねーよな!!」

「ま、まあ仕方ないんじゃ……ないかな」


 王国軍についてはわたしも詳しいことは何も知らない。


「やっぱり(ウルフ)狩りが妥当なのかな? いきなり下位五種族なんて怖いしね」

「おめえは弱気過ぎんだよ、もっといろんなやつと戦ってみてえ! とかそういうのはねーのかよ!!」

「ないよ。ゲームじゃないんだからやり直しとかもできないんだ」

「だからこそだろ、もしもの時にコイツとの戦い方は分かりません……なんて言っても手加減なんてしてくれねーんだぞ? どんな敵でもな、相手を知ることが大事なんだぜ?」

「それ、ナナトが言ってたことよね?」


 突然、あの人の名前が出てきたから驚いて目を伏せてしまった。わたしは意識しすぎてるよね。分かってるけど、まだ以前のようにはいかない。


「いーんだよ! こういうのは言ったもん勝ちだっつーの!!」

「まぁいいけどさ。えっと……マキアはどう?」

「え? わたしは」


 あの人の話? どう答えたらいい? 目が泳いでしまう。平然としていられない。


(ウルフ)狩りになっても大丈夫かなって。その……余計なお世話かもしれないけど」


 あ、そういうことか。勘違いした自分がバカみたいに感じた。深呼吸をして冷静になるように心がける。


「わたしも(ウルフ)狩りで良いと思う。ただ、コイマの森に入るなら奥まで進みすぎないことと、日が落ちる前に必ず戻ること」

「うん、それは必ず。まずは森の前の草原で小狼(レッサーウルフ)を狩って練習かな。(ボアー)とは違うから慣れることから始めよう。しばらく稼ぎは減るかもしれないけど」

「いいんじゃない? とりあえずの生活費は手に入ったわけだし」

「あ、ボクは装備とかも……整えたいかな」

「だな。オレももう少ししなりやすい槍に変えてーわ。折角なら我流閃技(セルフトートスキル)用にな!!」

「…私は、新しいローブが……欲しいな」

「それなら、ココハに似合う可愛いやつを買いに行きましょう?」

「…うん!」

「俺も……新しい剣でも見に行こうかな?」


 わたしたちも昔はこういう会話をしていたなと思い出した。あの日々も仲間たちももう戻ってはこないけれど、いつまでも立ち止まってはいられない。そう思った。



 ――日が暮れ始める前に、報酬で得たお金をみんなで預金所へと持って行って預かってもらった。その帰りに街の中央の噴水広場へと寄った。ジェニオとブレンが水浴びを始めて騒いでいる。ルミルとココハはそれを楽しそうに見ているみたい。わたしは少し離れた所にあった長椅子に座ってその様子を眺めていた。


「ほんとジェニオって子供っぽいよな。ブレンが付き合ってるのも不思議だけど」

 レイトが笑いながら話しかけてきた。


 一人でいるわたしを心配してくれたのかもしれない。彼はそういう人だ。周りがちゃんと見えている。パーティーのリーダーには向いているのかもしれない。みんなを引っ張っていくようなタイプではないけれど。


「たまにはいいんじゃない? 子供っぽくても」

「意外。マキアは呆れてると思ってた」

「呆れてもいる。でも、ああいう風に笑ったりするのは、わたしには難しくて……羨ましくもある、かな」

「大丈夫? (ウルフ)狩り、もし嫌だったら全然変更するから」

「ありがとう。でも、大丈夫だから」

「そう……」


 気まずそうにしているレイトに申し訳なく思ってしまうのは、わたし自身がどうしていいのか分からないからなのかもしれない。


「……座ったら?」

「あ、うん」


 彼はわたしから体一つ分だけ離して座った。ぴったり隣に座られてもそれは困るけど。わたしはあまり他人と距離を近づけるのは得意ではない。ましてや他人に触れられたりするのは好きではない。治癒魔法を使う時には相手に触れないといけないし、別に潔癖症だったりというわけでもない。単に苦手ということ。レイトはそういうことに踏み込んだりはしてこないので、わりと安心できるタイプではある。


「俺さ……巨大猪(ヌシ)との戦いの時に感じたんだけど」

「ええ」

「もしも、あくまでも仮にだけど、俺が今ここで殺されてしまったら後悔するなって思ったんだ。やり残したことが多かったような気がして。今考えてみても思いつかないのにね」


 レイトがどうしてそんな話を始めたのかは分からない。でも、わたしに何かを伝えようとしているのは分かる。戸惑いながらも探り探り言葉を選んでいるようだ。


「倒した後にはこう感じた。生きていて良かったなって。巨大猪(ヌシ)を倒せた喜びよりも、生きていることが嬉しかったんだ」


 わたしも嬉しかった。あの時、レイトは踏み潰されて死んでしまったと思ったから。わたしはまた仲間を守れなかったのかと胸を締め付けられるような感じがした。


「それで、生きている時にやれることはやっておいた方がいいなって思ったんだ。後悔しないように生きるのって難しいかもしれないけどさ」

「ええ、わたしもそう思う」


 レイトは少し長めに息を吐いてから、ゆっくりと吸い込んだ。


「……マキアは、今のままでいいと思ってる?」

「え?」

「ナナトさんとのこと」


 ……言葉を失ってしまった。まさかここであの人の名前が出てくるとは思ってもいなかった。レイトはこういうことに踏み込んでこない人だと思っていたのに。


「二人がその……どういう関係だったとか、そういうのは分からないけどさ。俺はナナトさんにすごく助けられて、いつか恩返しができたらなって思ってて。それで今、あの人が悩んでることがあるとしたら……マキアのことだよなって。できることなんて何もないけど、応援するよ? 気持ちとか伝えてみたらどうかな?」

「べ、別に、わたしとあの人はそういう……関係とかでは、ないから」

「あ……そ、そうなんだ」


 そう。わたしとあの人の関係。みんなは勘違いしているみたいだけど、いわゆる恋人同士というわけではない。わたしには恋とか愛とかはまだよく分からない。わたしのあの人への想いがどういうものなのかは自分でも分かっていない。だから、わたしはあの人のことがもっと知りたかった。もっとたくさんの時間を一緒に過ごしたら、何か分かるかもしれないと思っていた。でも、あの日の出来事があってからそれは叶わなくなってしまった。もしも、この気持ちが恋とか愛とかいうものだとしても、それをあの人に伝える資格はわたしにはもう……ない。


「……レイト? それにマキアも」

 背後から聞こえたその声に驚き、振り向いて確認してしまう。レイトも同じようにその声の方を向いた。


「ナ、ナナトさん!?」

 レイトが驚いたようにあの人の名前を呼んだ。彼は小さく手を上げるとわたしたちのいる方へと歩いてきた。


「あ、えっと……もしかして、邪魔したか?」

「そんなんじゃありません!」

 咄嗟にそう叫んでしまった。


 あの人が言った意味も、わたしが答えた理由も分からない。でも、そう言わないといけないと思った。彼がどんな表情をしているのかは気になったけど、わたしはその顔を直視できなかった。


「あ、ははは……こんばんは、ナナトさん」

「おう、久しぶりだな」

「最近どうしてたんですか? 全然見かけなかったから心配してたんですよ?」

「あー、少し調べてることがあって、それが忙しくて宿に引きこもってたよ」

「調べもの……ですか?」

「ああ、ちょっとな。いつか必要になるかもしれないと思って……でも、もしかしたら必要ないかもしれないな」

「そうなんですか?」

「……そう、見えるけど?」


 二人の会話がそこで止まった。わたしは視線を落として聞き耳だけ立てていた。


「あ、ナナトさん座りますか?」

 レイトが席を譲ろうとしている。


 まさか、そこにこの人を座らせようなんて思っているの!? そんなことをしたら……


「ん? いいよ、おれはこっちで」

 そう言って彼はわたしの隣……にある別の長椅子に一人で腰かけた。


 それでも、これだけ近くにいるのは久しぶりで恥ずかしいとさえ感じる。


「どう? 狩りは順調?」

「そうですね……あ! ココハの件はありがとうございました。精霊魔法にはすごく助けられてます!」

「そうか。あの子はすごいね、覚えも早いしどんどん吸収するし、教え甲斐があったよ。何か新しい魔法は使えるようになった?」

「はい! 追い風(テールウインド)っていう魔法を。巨大猪(ヌシ)との戦いの最中で咄嗟に思いついたって言って、びっくりでしたよ!」

巨大猪(ヌシ)?」


 わたしを挟んで二人の会話が続いていく。この人は巨大猪(ヌシ)のことも、わたしたちがそれを討伐したことも知らなかった。ずっと街の中にはいたみたいだけど、それだけ調べものに熱中していたということだと思う。話を聞いてとても心配してくれた。そして、成長したことは自分のことのように喜んでもくれた。


「あ、じゃあ……俺はそろそろみんなの所に行きますね」


 これからのことも含め、一通り近況報告を済ませると、レイトは仲間たちがいる噴水の方へと走って行ってしまった。わたしはその場から動けなかった。二人きりにされてしまい動揺する。ど、どどど、どうしよう。


「おれはまた、自分のことばっかりで、君たちが危険な目に遭っていることにも気づいてあげられなかったんだな……」


 助けて欲しいとは思わなかった……なんてことはない。たぶん他のみんなもこの人がいれば何とかしてくれると思っていたはず。


「ごめんね」


 そう言った彼にわたしは首を横に振ることでしか答えられない。


「そっちへ行ってもいい?」


 今度はちゃんと答えたい。わたしは勇気を振り絞るように「はい」と答えると、彼はゆっくりと立ち上がってわたしの隣に座った。え、そこ!? 肩と肩が触れあう距離にいる。すっと背筋が伸びるようにして体が固まってしまう。何か話でもしていないと心臓が爆発しそう。


「どう……したのですか? 今日は」

「マキアに会いたくてさ」


 な、なにを言っているのか……頭が真っ白になる。


「そ、そう……ですか」


 彼は少しだけ笑ったような気がした。からかわれたのかな?


「どう? みんなとは上手くやれてる?」

「ええ、あ……はい」

「いいよ? みんなと同じように話しても」

「そんな……こと」

「無理にとは言わないけどねー。でも、疎外感みたいなものを感じるなー」


 絶対にわざとだ。棒読みだった。でも、それはこの人なりの優しさなのかもしれない。緊張して他に話題も浮かばないし、なんてことない話でも言葉を交わせることが嬉しかった。ジェニオの大きな声が聞こえてくる。またレイトに突っかかっているみたい。わたしは地面に向けていた視線を仲間たちの方へと向ける。


(ウルフ)狩り、始めるんだな」

「はい」

「コイマの森にも?」

「しばらくは小狼(レッサーウルフ)狩りを。でも、遠くないうちには」

「そっか。マキアが大丈夫なら反対はしないけど」

「わたしも……進まないと、前に」

「そうだね」


 視線は動かしていない。でも、彼が安心したように微笑みかけてくれているのは何となく分かってしまう。そんな気がしているだけかもしれないけど。


「もう少しだけ……」

「ん?」

「もう少しだけ、待っていてください」

「ああ、待ってるよ、ここで」

 そう言って彼は、わたしの頭をそっと撫でるように叩いた。


 わたしはあまり他人と距離を近づけるのは得意ではない。ましてや他人に触れられたりするのは好きではない。でも……どうしてだろう。この人に頭を撫でられるのはこれで二度目だけど、嫌な感じはしなかった。むしろ恥ずかしくて、顔が熱くなってしまう。


 彼の言った〝ここで〟というのは、この街で……この噴水広場の長椅子で……という意味ではないということはわたしにでも分かる。この人はいつでもわたしの隣にいてくれる。そこに特別な感情なんてない。この人は優しいから、誰に対しても同じようにするはず。今はわたしがそれに甘えてるだけ。彼の存在があったからこそ、レイトたちと打ち解けられたとも思ってるし。そういうやりとりがあったから、みんなは特別な関係だと勘違いしてしまっただけ。彼はわたしをみんなと同じだけ大事にしてくれる。それだけでいい。


「さて、そろそろ行くよ」

 彼は立ち上がって帰ろうとする。


 引き止めたいわけではないけど、かける言葉を探してしまう。


「みんなと話さなくても?」

「ああ、調査と研究を進めておきたいから。それに……またすぐに会える気がする」

「そう……ですか」

「マキア。また君と話ができて、嬉しかったよ」

「はい」

 ……わたしも、嬉しかった。


 でも、以前のように上手くは笑えない。無表情で冷たい人間になってしまった。彼が背を向けてしまう。歩き出したら振り返る人ではないことを知っている。このまま行かせてしまっていいのかな? でも、かける言葉なんて……もう。


「ナナトさん!」

 無意識に名前を呼んでいた。


 彼は足を止めて振り返ってくれた。視線がぶつかって目が合った。


「その、また……」

「ああ、またね、マキア」

 少しだけ手を上げて横に振っている。


 わたしも同じようにしてみる。彼が笑顔を見せてくれた。あの頃と同じ笑顔だった。変わらないんだ……わたしが変わってしまっても、変わらずそばにいてくれる。泣きそうになるのを我慢して彼が再び背を向けて去っていくのを見送った。

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