第44話「討伐報酬」
昨日の巨大猪との激戦から一夜が明けた日の夕方、俺はココハと一緒に宿を出て料理屋を目指して歩いていた。今日の仕事は休みにした。昨日あれだけのことがあったわけだし、当然だよな。
「…すごく、賑やか」
「うん、そうだね」
ルトナの街はお祭り騒ぎになっていた。多くの冒険者の命を奪っていたシシノ平原の巨大猪が討伐されたんだ。恐れて狩りに出掛けられなかった人、仲間を殺されて悲しんでいた人、いろんな人が喜んでいる。しかも、倒したのが新人冒険者たちのパーティーだっていうんだから驚きだ。俺たちはただ生きようと必死だっただけなんだけどな。料理屋へ入ると、中央にある円形の大テーブルに他の仲間たちも集まっていた。
「おっせーぞ、レイト!!」
ジェニオは既に酔っているみたいだ。いつから飲んでたんだ? こいつは。
「お待たせ、みんな。昨日はちゃんと眠れた?」
「ボ、ボクはあんまり……興奮しちゃってて」
「なんだブレン、はつじょーきか?」
「そ、そういう意味じゃ……ないよ」
「ジェニオ、あんた酔いすぎ」
「うっせーぞルミルゥ! 抱かせろ!!」
「……帰っていい?」
席を立とうとするルミルを何とかなだめて、俺たちもテーブルに着いた。一、二、三、四、五、六人。全員いる。良かった。
「疲れは取れた?」
「うん、心配かけてごめん。マキアは大丈夫? 魔法をだいぶ使わせちゃったけど」
「わたしは平気」
「そっか」
「レイト! とりあえず乾杯だろ、ここはよ!!」
「そう……だな。乾杯しようか」
俺たちの分の酒は既に準備されていた。全員がグラスを手に持ったのを確認する。
「俺たちは巨大猪を倒したわけだけど、正直あんまり実感はないよね。それよりもみんなでまたこうして酒を飲めることが何よりも嬉しいよ。ありがとうみんな、生きていてくれて」
「おめえは死んでたけどな!!」
「うるさいよジェニオ。俺は生きてるから。生きていることに……乾杯!」
「「かんぱーい!」」
ビールを一気に喉の奥へと流し込む。旨い、旨すぎる。生きているって素晴らしい!
「それで結局なんだったのよ、レイトのあれは」
ルミルが甘いお酒を口に含みながら聞いてきた。
「あれね……俺にも本当に分からなくて。ここにいたら死ぬって思って逃げたんだよ。でも、そこには俺がいて、俺は俺を見てて。踏み潰されるのも見てた」
「やっぱ分身の術か? もしかしたら我流閃技なんじゃねーか!? ちょっとやって見せろよ!!」
「いや、自分でもどうやって出したのかは覚えてないし」
「なんっだよ!!」
ジェニオって本当にそういうのが好きだよな。
「潰されたとき、煙みたいなのが出てたわよね? 暗かったしはっきりとは見えなかったけど」
「みたいだね。煙に触れた巨大猪は動きが鈍った……というか、俺の気配を完全に見失ってたと思う。獣族っていっても動物だろ? 暗闇でもある程度は見えるはずだし、たとえ見えなくても気配とか臭いで見つけるものだと思うけど、あいつは真横で殺気を向けている俺のことに全く気がついてなかったから」
「それはなあ……レイト。おめえの影が薄いからだよ! がはは!!」
「はいはい」
「なんだよ! 悔しそうにしろよ!!」
酔っぱらいに関わりたくはない。
「そんなことより、ココハの新しい魔法もすごかったよね?」
「…勝手なことしちゃって、ごめんなさい」
「謝ることなんてないわよ、あれがなかったら勝ち目なんてなかったでしょ?」
「わたしもそう思う。あんなココハは初めて見たから驚いたけど」
「…急がなきゃって、必死だったから」
「あ、あれはどういう……魔法だったのかな?」
「…あの時、ルミルはもっと矢を遠くに飛ばしたくて……ジェニオくんは、もっと速く走りたくて……レイトくんは、巨大猪の動きを鈍らせたいって言ってたから。どうしたらそれができるのかなって考えて……私にならそれができるかもしれないって思って」
「あの短い時間で思いついたの?」
「…うん」
「すげえな」
ジェニオが真顔で驚いている。
「…え?」
「いや、マジですげえだろ。あれだけの激戦の最中でよく思いついたな? 褒めてやるよ」
「なんでそんなに上から目線なんだよ」
「…ううん、いいの。嬉しい……ありがとう」
「でも、空気弾でのあれは怖かった。わたしとブレンは救われたけど、あんまり無茶はしないで?」
あれは確かに怖かったよな。俺なんて冷や汗がすごかったよ。
「…ごめんなさい」
「精霊術士……苦労したもんね。でも、苦労した以上に出来ることも多そうだし、このパーティーの要はもしかしたらココハなのかもしれないな」
「そうね」
「…そ、そんなこと……ないです」
「照れてる、可愛い」
ルミルとマキアには本当に可愛がられてるよな。みんなの妹的ポジションって感じかな? 俺もココハといると落ち着くっていうか、安心するし癒されるんだよな。
「冒険者さんたち、よろしいですかな?」
後ろから声をかけて来たのは商人の男性だった。名前は確か……ニョスニさん。小太りで糸目の四十代くらいのおじさんだ。昨日の戦いの後で、あの巨大猪を街まで運ぶ為に他の冒険者たちに呼び掛けて手伝ってくれた人だ。街に着いた後も事後処理を引き受けてくれた。
「あ、はい。昨日はありがとうございました。いろいろと任せっきりになってしまって」
「いえいえ、構いませんよ。お疲れだったでしょうし、あれだけのものを放っておくのも勿体ないですしな」
「あの巨大猪はどうなったんだ?」
「ええ、それでしたらみなさんの前に並んでいる料理がそうですよ。ただ、あれだけの量でしたし、他の冒険者さんたちにも振舞うことで利益に替えさせて頂きました」
ニョスニさんはテーブルに皮袋を一つ乗せた。それはなかなかに重量感のあるものだった。
「銅貨にして、百二十枚になります」
「ひゃ、百二十……枚」
猪肉だけで一人銅貨二十枚。これは二つの意味で旨いと思った。とはいえもう巨大猪はいないし、また遭遇したとしても戦いたくはないけどね。
「それだけではありませんよ。巨大猪とそれまでに狩られていた他の猪の素材も換金しておきました」
ニョスニさんは更に皮袋をテーブルに乗せた。今度のは先ほどよりも大きくてその金額に期待が高まる。
「こちらは銅貨二百八十枚」
「二っ……」
過去最高の稼ぎとは思っていたが桁が違った。もうこれを超えるなんて不可能かもしれない。
「すごいわね……」
「ええ」
みんなも驚いているようだ。
まぁそうだよな。でもだからこそ実感する。俺たちはそれだけのことをやったんだなと。
「つーことはなんだ? 一人頭いくらだよ?」
「え、えーと、四十六枚……かな?」
「マジか! すげーなおい! 一日で稼げる額じゃねーぞ!!」
「そう……だよな。でも……」
でもなんだろう。あれだけ死ぬ思いをして……いや、下手したら死んでいたっておかしくはなかった。生きているのが不思議なくらいの戦いだった。それでもたった三日分の生活費にしかならないんだなと思ってしまう。いや、額としては凄いっていうのは分かるんだけどさ。
「でもさ、普通に狩りをする方がいいよね。ああいうのは俺たちには荷が重すぎるよ、やっぱりさ」
「おめえはホント弱気だな」
「だってさ、命がいくつあっても足りないし。稼ぎだけ見るとすごいんだけどさ……やっぱり見合うだけの価値はあったのかなって」
「うんうん、分かりますよ。シシノ平原の巨大猪なんて呼ばれる怪物を倒したのに、報酬がこれっぽっちだってお思いでしょう?」
ニョスニさんが俺の気持ちを読んでそう言った。
「あ、いや、その……」
「いいんですいいんです。冒険者さんたちはそのくらいでないとやっていけませんよね。もっとがめつく生きたっていいんですよ! もっと要求するべきなんです! だからですね、代わりに王国へ申請させて頂きました!」
ニョスニさんは三つ目の皮袋をテーブルに乗せた。今度のは少し控え目な大きさだった。なんだろう、他に換金できるものなんてあったかな?
「王国に申請ってなにを?」
ルミルが質問した。
「はい、勿論……討伐報酬の申請です。あの巨大猪に懸賞金がかかっていなかったのは、目撃されてからまだ日が浅かったからですね」
「普通なら支払われてもおかしくねーと?」
「その通りでございますね。それで少しばかりではございますが、王国から感謝の気持ちとして、こちらを報酬として預かってまいりました」
「まぁ少しでも無いよりはマシだしね、ありがたく貰っておこう」
「本来ならば百枚は下らないのですが、わたくしの力量不足でございまして……銀貨六十枚となってしまいました」
「いえいえ、十分ですよ。一人十枚なら一日過ごすこともできますから」
「なに、言って……んだよ、レイト、おめえは……よ?」
「どうしたんだよ、そんな片言みたいになって。飲み過ぎなんだよ」
「だ、だってレイトくん……銀貨って」
「うん? だから銀貨六十枚でしょ?」
……ん? 銀貨? 銅貨じゃなくて? 銀貨ってなんだ? あれだ、俺たちが神殿を出るときに渡されたあれ。あの時は三枚だったな。そうだ、あれが銀貨だ。それが六十枚あるらしい。
「え……?」
俺は目の前の皮袋を開いて中を覗き込んだ。そこにはたしかに銀色に輝く硬貨が入っていた。
「銀貨六十枚!?」
思わず立ち上がって叫んでしまった。何が起きて何に驚いたのかさえ理解できなかった。
「まことに申し訳ございません」
「い、いや……そんな、いや、えっと……」
「…レイトくん、片言になってる」
動揺を隠せなかった。銀貨六十枚、一人当たり十枚。銅貨換算で千枚……二ヶ月は生活できる額だ。
「レイト、ニョスニさんに謝礼を」
マキアにそう言われて気づいた。
「あ、そうだね。すみません、気がつかなくて」
「いえいえ、大丈夫ですよ」
「えっと……こういうのってどのくらい渡せばいいものなのか分からなくて」
「お気持ち分だけで結構ですよ」
「はい……えっと、すみません。提示してくれた方が助かるっていうか」
「そうですか。では……銀貨一枚でどうでしょう? 今後も何かあればお手伝いさせて頂きますよ?」
「いいんじゃない? この手の人脈はあったほうがいいと思うわ」
「そうだね、俺たちだけだったらこんな金額を手にすることなんてできなかっただろうし」
俺は皮袋から銀貨一枚を取り出してニョスニさんに手渡した。
「ありがとうございます。今後もみなさんのお力添えをさせて頂きますね」
「はい。こちらこそありがとうございました。あ、そういえば。どうして俺たちがあの場所で巨大猪と戦っているって知ってたんですか?」
「それはですね、逃げてきた冒険者さんが助けを求めて街中を駆け回っていたからですね」
「に、逃げて行ったのって……もしかして?」
「あのヤローか……」
ああ、ジェニオとブレンの元パーティーで、巨大猪に仲間を殺されて、そして、俺たちに押しつけて逃げて行ったあの人か。一応助けは呼んでくれていたのか。逃げた時は信じられなくて腹も立てたけど、あの時打ち上げられた明かりのおかげで俺は巨大猪にトドメを刺せたんだよな。
「許せないけど、まぁ今回はいいよ。もう二度と顔は見たくないけど」
「そうね、見かけたら弓を射ってしまうかもしれないわ」
「ははは。さすがにそこまではしないでよ、ルミルが手を汚す必要なんてないから」
「物騒な女だな、全く」
「……それでは、わたくしはそろそろ」
「あ、はい。ありがとうございました!」
「いえいえ、ではまた」
ニョスニさんを見送ると、俺はみんなに報酬を配ることにした。銀貨五十九枚、銅貨百二十枚と二百八十枚。えっと……六人で割りきれるのかな?
「ブレン、計算できる?」
俺はこういうのが苦手みたいだ。ブレンが右手の親指と人差し指で何かを弾くような仕草をしている。
「ど、銅貨で計算すると、六千三百枚だから、一人千と五十枚……だね」
「…千、五十枚」
そう言ったココハが口を開けたまま驚いている。約七十日分の生活費がいきなり手に入ったわけだから、それは驚くよな。
「後で預けに行こう」
「…うん」
「さーって、じゃあ飲み直すか!!」
俺たちはまだ太陽が沈む前から酒を飲んでいる。でも、今日くらいはいいよな。こうしてみんなと騒いでいられる時間がとても嬉しいんだ。




