第39話「再スタート」
ココハの修練は十日間。それが昨日までだから、今日からはパーティーに戻ってくる予定だ。出発の準備をして、クテルさんから貰った漆黒のマントを羽織る。あとは部屋の扉がノックされるのを待つだけだ。心臓の鼓動が早くなっているのを感じる。俺は緊張しているのかな? 思えば、冒険者になってからココハと離れることなんて一度もなかった。毎日一緒にいた。それが当然だとさえ思っていた。
ココハだって冒険者だし、子供でもない。預けた相手もナナトさんだし安心できる。でも、なんだろう。心のどこかに何とも言えない感情があることには気づいている。それが何かは分からないけど、緊張している原因なんだとも思った。もしかしたらココハは……。そんなことを考えていると、コンコンと扉から音が鳴った。ココハからの準備ができたという合図だ。これさえも懐かしく感じる。俺は扉へと向かい、そっと開いた。
「…おはよう」
背の低い、黒いローブの少女が少し見上げて言った。
十日ぶりのココハだけど、特に以前と変わったような雰囲気はない。まぁたったの十日間だしね。
「おはよう、ココハ」
挨拶を交わすと嬉しそうに笑顔を見せてくれた。また会えて良かった。聞きたいことはたくさんある。でも、仲間たちも同じ気持ちだろうし、集合場所までは我慢することにした。それでも、全く会話しないのも変だし、ちゃんと眠れてた? とか、ご飯はどうしてたの? とか、俺はミスしちゃってさ……とか、そういう話はした。
ココハは「…うん」「…ナナトさんと」「…大丈夫?」と返事をしてくれた。思えば最初は首を振って意志疎通をするのが精一杯だったのにな。ココハは成長してるよな。
南門の前にはルミルとマキア、ジェニオとブレンが既に待っていた。まだ集合時間にもなっていないのに、みんなも心配してたんだろうな。
「おはよう、みんな」
「よお」
「お、おはよう……」
「おはよう、ココハ」
「おはよう」
「…おはよう、ございます」
六人分の挨拶。俺たちのパーティーが再び揃ったんだ。すごく落ち着く。
「みんな、今日からはまた六人で仕事になる。改めてよろしく。えっと……ココハ?」
「…はい」
ココハは深呼吸をしてから、深く頭を下げ、ゆっくりと上げると話を始めた。
「…パーティーを、一時離脱させてもらったこと……ご心配をおかけしたこと、その……ごめんなさい」
謝罪から始まるのはココハらしいと思った。ルミルが「いいのよ」と声をかけている。
「…みんなと、ナナトさんのおかげで……私は、精霊術士になることが……できました」
ああ、ようやく聞けた。みんなも同じだ。安心して胸を撫で下ろす。
「おめでとう、ココハ」
「…マキアさん。ありがとう、ございます」
「魔法を使えるようになったってことでいーのか?」
「…はい」
魔法。精霊術士が扱うのは精霊魔法。唱術を必要としないココハだけの特別な魔法。
「…でも、期待は……しないでください。まだ覚えたてで、自信は……」
ないか……でも、それは仕方ないよ。最初は不安だよね。それを助けるのも仲間の仕事だ。しかし、ココハは自分の言葉を取り消すように首を横に振った。
「…ううん。私、みんなの役に立ちたい。今すぐは無理でも……いつか、みんなを助けられるくらいに……強くなりたい。魔法だって、たくさん覚えたいの」
すごく前向きな言葉。以前のココハならここまで断言するようなことはほとんどなかった。魔法の習得で自信を付けられたんだと思った。それから、指導をしてくれたナナトさんの存在も大きいだろう。
「頼りにしてるわ」
ルミルもすごく嬉しそうで、ココハの頭を撫でてあげている。
「…うん!」
「しゅ、修練は大変だった……のかな?」
「…えっと、うん。ナナトさんが考えてくれていた……日程通りにはいかなくて、まだ課題は……残ってるの」
「また修練したりする?」
「…ううん。あとは実戦を経験して、必要だと感じたら……自分で手を加えていけばいいって。精霊魔法は、そういうものだからって。でも……相談になら、いつでも乗ってくれるって……言ってもらえた」
「そっか」
またパーティーを離脱したりってことはしなくていいんだと思うと、俺は少しだけ安心した。
「そういえば、ナナトのやつはどーしたんだよ? 今日はこねーのか?」
「…うん。今の自分にできることは、もうないからって」
「だってよ、マキア! 助かったなあ!?」
「なにが?」
「とぼけてんじゃねーよ!!」
「おいおい、いいだろ。その話は」
せっかくの空気を壊すなよ。こいつはいつまでも成長しないやつだな。
「とにかく出発しよう」
――狩場へと向かう途中でココハに習得した魔法について聞いてみた。どんな魔法なのかはやっぱり気になるし、俺たちの作戦に組み込むためにも聞いておきたい。俺は一応リーダーだし。
「…魔法は、まだ一つだけなの……ごめんなさい。空気の球を飛ばして、相手にぶつけて使うんだけど……ナナトさんが言うには、隙を作ったり……軽い相手なら吹き飛ばしちゃうくらいは、できるかもって」
「へぇ……魔法は自分で考えたの?」
「…ううん。私は、全然思いつかなくて。ナナトさんが……考えてくれたの。最初に覚えるなら、イメージしやすくて……実戦にも使えるものが、いいだろうって」
「そっか」
なんだろう。少し胸が苦しくなった。もしかしたら俺は……。
「てゆーかよ、ナナトってホント何なんだろうな?」
「何が?」
「だってよ、何でもかんでも出来すぎじゃねーか? オレらの知らないことをよ」
「あの人と比べるのがそもそも間違ってる。それだけ経験の差が違うというだけ。あと……呼び捨てにしないで」
「おいマキア、自分が名前で呼べねーからって嫉妬してんじゃねーよ!!」
「ジェニオ、もうその話は飽きたわ」
ルミルが溜め息を吐きながらそう呟いた。
「なんだよ、飽きたってよ!!」
「他人の嫌がる話を嬉しそうにするなってことだろ」
「ああ!? レイト、何か言ったかよ?」
「別に。それよりもココハの魔法をどう使うのかを決めよう」
「猪は軽い相手とは言えないし、足止めに使うのがいいんじゃない?」
「うん、やっぱりそうだよね」
「わたしは……」
マキアが何かを思いついたように言葉にする。
「攻撃阻止にも使えると思う」
「……攻撃阻止?」
「ええ、前脚で踏みつけてくる攻撃はディフェンダーの体力を大きく消耗させるし、あれを阻止するだけでも抱えられる時間は延びると思う」
なるほど、そういう風にも使えるのか。攻撃やその補助として考えてしまうのは俺がそういうクラスだからなのかもしれない。マキアやブレンのようなクラスの意見は貴重かもしれないな。
「ブレンはどう思う?」
「ボ、ボクはマキアさんの意見に賛成……かな。突進も怖いけど、動いてる相手に当てるのは……難しいだろうし」
「どう? ココハ」
「…うん、動いてる相手に当てるのは……まだ難しいかも」
「そっか。それなら攻撃阻止をメインに使っていこうか。余裕があれば動いてる相手にも当てられるように練習する……という事でどう?」
「…うん。やってみる」
「他に何かみんなに伝えておくことなんかはある?」
「…えっと。まだ連射や軌道変更とかはできないのと、弾速は少しなら強弱を付けられること……かな?」
ココハが言いそうにない単語が出てきたから少し驚いたけど、きっとナナトさんの影響なんだろうな。この魔法について二人でたくさん話し合って試行錯誤したんだろう。俺の心にあった感情の正体に少し思い当たった。俺はココハに魔法を覚えて欲しかったのに、修練の為の一時離脱を素直に認められなかったり、ココハのことが気になって戦闘に集中できなかったり……それはきっと、俺自身がナナトさんのようにしてあげたかったんだと思う。
ココハの魔法を一緒に考えてあげたり、一緒に悩んであげたかったんだ。冒険者になってからずっとココハと一緒だった。俺がこの子を守らないとって思っていた。でも、彼女はもう自立している。冒険者として俺たちの隣にいる。変わっていないのは俺だ。ココハに依存しているのかもしれないな。俺も変わらないといけない。
「…レイトくん?」
「ん? ああ、ごめん。ちょっと考え事してた」
「…そう」
「もうすぐ精霊術士として初めての実戦だね?」
「…うん」
「みんなで支えるから」
「…ありがとう。レイトくんとなら、また一歩踏み出せる気がする」
「そっか。ここからまた頑張ろうね!」
「…うん!」
今はとにかく進むしかない。もう不安そうに下を向いている女の子はいない。新しい言葉を創作したり、みんなの意見から予測したり、自分だけの特別な魔法を想像したりする……笑顔の似合う精霊術士の女の子がいる。俺たちのパーティーはこれからが本番なんだ。




