第38話「魔法修練―後半―」
修練六日目。イメージして固定された空気の球を、とりあえずはまっすぐに飛ばせるようになりました。弾速も少しは上がったけど、ナナトさんが言うには、実戦で使うならもう少し速くしないといけないみたいです。上下左右への軌道はまだ想像できないので後回しにしました。今日からは次のステップへ進みます。
「ここからは難しいかもしれないね。また実際に体験するのが近道だとは思うけど、ココハちゃんにとっては怖いかもしれない」
「…えっと」
「今だと、飛ばした球体は木に触れると自然に消滅しちゃってるよね?」
「…はい」
「それを相手にダメージとして与えられるようにしないといけない。方法はこの前にも言ったけど覚えてるかな?」
「…当たった時に、器を割って……中の空気が外に出る力を、衝撃に変える?」
「そうだね。言葉にできるならイメージもできそうだけど」
言うのは簡単なんです。それに、ナナトさんが言った言葉が記憶として残っていただけなんです。
「…球を割ることは、たぶんできると……思います。でも、空気の衝撃というのが……想像できなくて」
「うん、そうだよね。だから身を持って体験するしかない」
それって……。ナナトさんが皮でできた直径十五センチほどの小さな球を持っています。さっき、私にとっては怖いことをすると言われました。衝撃。やっぱり……そういうことなのかな?
「怖い?」
「…は、はい。でも……私、やります!」
やらないと使えるようにはなりません。精霊魔法はイメージできないと効果を得られることはないから、私の知らないことや、想像できないことは起こせません。もっといろんなことを経験してできることを増やさないといけないんです。
「よし、じゃあやろう」
そう言うとナナトさんは手に持った球を……地面に置きました。
どうして? ポケットから何かを取り出しています。それを口に含むと息を吐き出します。ナナトさんの口元にあったそれは、みるみる大きくなっていきます。直径二十センチほどにまで膨らませると、ナナトさんは口に含んでいた部分を器用に結んで中の空気が抜けないようにしています。
「できたよ」
それは……薄いゴム性の袋でした。ナナトさんはそれを私に手渡します。ど、どうするんだろう?
「それを抱きしめるように持って?」
「…は、はい」
「よし、じゃあそのまま割って?」
「…え?」
「破裂させた時の衝撃を身を持って体験しないと」
そ、そんな……これ、とっても怖いです。無理……かも。ナナトさんが笑顔で近くまで歩いてきます。ま、まさか……。手を伸ばして袋に触れるとそのまま握っています。そんなことをしたら!
パァン! と大きな音を鳴らしてゴム性の袋は破裂しました。私は声も出せずに固まってしまいます。頭の中が真っ白です。
「イメージできそう?」
「…い、いえ……それどころではなくて」
「そっか。でも大丈夫! 袋はまだまだあるから」
「…うぅ」
知っていました。知っていましたけど、これを何回も続けるのは堪えそうです。
――修練七日目。パァン! パァン! とルトナの街の西門の先では今日もゴム性の袋が破裂する音が響いています。もう百回は割りました。その度に呼吸が止まりそうになりましたが、さすがにそろそろ慣れてきてしまいます。こんなことでも慣れちゃうんだなって少し驚きもします。
「どう? そろそろイメージできそう?」
「…やって、みます」
そう返事をして、私は街道に植えられている木の方を見ると、両手を前に出して手のひらを向かい合わせます。
「…精霊さん、力を貸して?」
器となる球体をイメージして、その中に黄緑色の煙が充満するようなイメージを流し込みます。私の周囲に風を感じるのは精霊さんが応えてくれている証拠です。空気の球が完成したらそれをしっかりと意識して固定させます。次はそれを木に向かって飛ばします。
「…走って!」
掛け声と共に球は前方に向かって飛行しました。掛け声に意味はありませんが、走るイメージをすると弾速が上がったのでそう言うようにしています。最後の仕上げです。木に触れたら球が割れて中にある薄い緑色の煙が飛び出すのをイメージしながら、ゴム性の袋が破裂した時のイメージを重ねます。
パァン! と大きな音が鳴り響きました。成功……したのかな? ナナトさんの方を見ましたが褒めてくれる様子はありません。私……がっかりしてる? 褒められたかったのかな。
「んー」
ナナトさんが何かを考えているみたいです。何か問題があったんだ。私はそれを自分で見つけられません。
「まぁ感覚としては今ので間違ってないから、その工程を忘れないようにしようね?」
「…はい。あ、あの……何か」
「ん? ああ、さっきのだと相手にダメージは与えられないよね? びっくりはしてくれるかもだけど」
そっか、これは狩りに使う魔法なんだ。猪や狼に向けて飛ばすんだからびっくりさせるだけじゃダメで、傷つけるために使うんですよね。私にできるのかな?
「今日で七日。残りの課題に優先度を付けるとしたら……一、ダメージ源となるもの。ニ、弾速の向上。三、軌道の変更……かな」
残り三日で課題も三つ……間に合うのかな? ここまで順調に来ていると自分でも思うし、たぶん大丈夫……なはずです。
「間に合わないな」
「…え?」
まさかの一言に、驚いて声が出てしまいました。
ナナトさんがこちらを向きました。慌てて口を両手で塞ぎましたが間に合いませんでした。
「ごめんね、おれのミスだね。ゴム袋の破裂をイメージすればいけると思ったんだけど」
「…い、いえ……そんな」
「軌道変更は一旦忘れよう。明日は弾速の向上に使って、残り二日で何とか対策を考えるよ」
「…あ、えっと」
「ん?」
「…私に、考えが……あります」
――修練八日目。弾速の向上は最終日に回すことになりました。今日からはダメージ源となる衝撃をイメージするために、物理的な方法で体験していきます。六日目に想像して怖がったことを自ら提案するなんて……私は変な子なのかもしれません。
「本当にいいの? 痛いかもしれないよ?」
「…はい。痛みを想像できない私がいけないので」
「ココハちゃんに酷いことをするのは、おれも心が痛むよ」
「…ご、ごめんなさい」
「謝るのはおれだけどね。ごめん」
ナナトさんはここまで私の為に時間もお金も使って指導をしてくれています。無駄にはしたくありません。ナナトさんだってマキアさんとお話する時間は大切だったはずなのに……私なんかの為に。
「いくよ? 最初はゆっくり投げるからね」
「…はい」
ナナトさんが皮でできた小さな球を持って構えます。それを私の体に向けてそっと投げました。ポンっとお腹に当たって地面に落ち、私は球が当たった時の衝撃を体で覚えていきます。
「…もう少し、強くても……大丈夫です」
「分かったよ。でも、お腹でいいの? 大事だろ、お腹って」
「…いいんです。ここが、一番分かりやすいので」
「そっか。でも、痛くなってきたら場所を変えるからね?」
「…はい」
それから何度も繰り返して球が体に当たる衝撃というのを覚えました。たぶんナナトさんは可能な限り力を抜いてくれています。お陰でお腹が痛くなることはありませんでしたが、違う場所に当たると感じ方が変わるかもしれないと思って、背中や肩、足から頭まで……いろんな場所に投げてもらいました。
――修練九日目。イメージを形にするために今日はひたすらに精霊魔法を使います。木に向かって空気の球を飛ばし、当たった時の衝撃を自分が受けたものよりも大きなものだと想像していきます。それを朝から夕方まで続けて何とか木を強く揺さぶることができる程度には衝撃をイメージできるようになりました。ナナトさんもこれくらいなら隙を作ったり、軽い相手なら吹き飛ばすこともできるかもしれないと言ってくれました。
精霊魔法はイメージ次第で何倍にも何十倍にも威力を上げることができる……そう聞いてはいましたが、実際に使ってみると全然簡単なものではなく、むしろ今の私には想像の半分くらいしか効果がありません。でも、慌てなくていいとナナトさんは言ってくれました。これからゆっくり進化させていけばいいと。普通の魔法なら不可能だけど、精霊魔法なら私の成長に合わせて一緒に変わっていけるものだと。
「今日は魔法力を使いすぎて疲れたでしょ? 早めに終わりにして休もうか」
「…はい」
「明日は弾速の向上と、仕上げにイメージの工程をできるだけ短縮する練習をしよう」
「…短縮?」
「うん、撃とうと思ってから実際に撃つまでの誤差は少しでも埋めておいた方がいい。できれば唱術みたいに言葉で連想できるのがいいけど」
「…名前を、付けるとか?」
「ああ、いいかもしれないね。魔法名みたいなのを考えてみるといいよ」
「…はい」
――修練十日目、最終日です。
「…空気弾!」
魔法名を叫ぶと自然に空気の球が生まれ、前方に向かって飛んでいきます。弾速も向上しました。ナナトさんからも合格だと言われました。球は弾となって木に当たって破裂し、中で圧縮していた空気が勢いよく外に飛び出ることで小さな爆発を起こします。ドォン! と強い音が響きました。木は大きく揺れています。直撃した部分はまるで木槌で叩いたようにへこんでしまっています。
「よし、完成……だな!」
「…できました!」
「おめでとう、ココハちゃん」
「…ありがとう、ございました」
「よく頑張ったよ、本当に」
「…いつか、お礼をしたい……です。でも、私にできることなんて……なくて」
「そんなことないさ。ココハちゃんにしかできないことがあるだろ?」
「…え?」
「もし、精霊魔法を使えるようになったら、お願いしようと思ってたことがあるんだ」
「…なんですか?」
「これからいろんな魔法を作って精霊術士として成長できたらさ、いつか、おれの為に魔法を作ってくれないかな?」
「…ナナトさんの為に?」
「うん、ダメかな?」
「…い、いえ……そんなことで、いいんですか?」
「うん。そんなことを凄い楽しみにしてる」
ナナトさんは笑顔でした。
とても純粋で子供っぽく笑っているのを見ると、とても安心してしまいます。心がとてもポカポカして温かい気持ちになります。何だかお風呂に入っている時みたいな……ってこれだと失礼かな?
「…いつか、ナナトさんの為に……魔法を作ります」
「約束だね?」
「…はい!」
こうして私の魔法修練は終わりを迎えます。とても短いようで、とても長く感じた十日間でした。ナナトさんとは修練の後に夕飯を一緒に食べに行って、お風呂屋さんも一緒に行き、宿の前まで送ってもらうのが日課になっていました。でも、それも今日で終わり。寂しいです。また、ナナトさんとも一緒に過ごせる日が来るといいな。
宿まで送ってもらい、感謝の言葉と共に深く深く頭を下げました。ナナトさんは「またね」と言って帰って行きました。
宿に入りレイトくんの部屋の前を通って、自分の部屋へと向かいます。私の部屋には何にもありません。でも、今は皮でできた小さな球がベッドの上に置いてあります。私はそれを抱いて寝転びます。とうとう明日はパーティーに合流する日。レイトくんにも久しぶりに会えるんだ。ルミルやマキアさんも元気かな? ブレンくんやジェニオくんともこれからはもっと仲良くなっていきたいな。
「…みんな、私……精霊術士に、なれたよ?」




