第40話「魔法の扱い方」
シシノ平原。いつもの狩場に着くと、まずはココハの魔法を見るために猪を一頭だけ相手することになった。ルミルの強襲を合図にブレンが急いで前へ出る。俺とジェニオは側面に回り込んだ。ココハはマキアに連れられてブレンの後方から少し左へと立ち位置を変える。
「ジェニオは攻撃開始! ココハも準備して!」
「おっしゃ!!」
「…はい!」
ココハは両手を前に出して狙いを定めているようだ。猪が上体を起こした。踏みつけ攻撃がくる。
「ココハ!」
「…空気弾!」
両手の前に風が集まっていくように見えた。それが球体となって前方に撃ち出される。
「ぐうぅぅぅ!」
魔法が当たる前に猪はブレンの盾を踏みつけてしまった。でも、それはもちろん想定内だ。魔法の球体が俺の前を通って猪に直撃する。ドォン! と鈍器で殴ったような重たい音がすると、猪は動きを止めて身を固くした。
「…ごめんなさい!」
「大丈夫! もう一回試そう、次はタイミングも早めるから!」
「…はい!」
「マキアはブレンに治癒魔法を! ルミルはココハに付いてやって!」
「…空気弾!」
え? ココハ早すぎ……振り返ると魔法の球体を出現させたまま、撃たずに待っているみたいだ。そういうこともできるのか。ココハもちゃんと考えている。指示されたことをただこなしているわけではないということだ。
「我は唄う、光よ、かの者に癒しを……治癒」
治癒魔法によって回復したブレンは、踏みつけられてもまだ耐えられるだろう。さっきの魔法を見てどのくらいの隙ができるのかは確認できた。次は成功させる。猪が上体を起こし始める。
「ココハ!」
俺が叫び終わる前に魔法の球体は撃ち出されていた。さっきよりも弾速が上がっている。直撃すると猪は堪えきれずに前脚を地面へと戻してしまう。今だ! 俺は一気に猪との距離を詰める。
「これで!」
首元の血管へ剣を振り上げる。血飛沫が舞い散り、猪は体を横に倒して息絶えた。戦闘終了だ。
「おつかれさん! まあ悪くなかったんじゃねーの?」
「うん、二回目のはちゃんと……攻撃阻止できてたよ」
受け手のブレンが言うんだから間違いないんだろう。ココハも実戦で初めての魔法だったから緊張していたんだろうけど、ルミルに頭を撫でられながら笑顔を見せているし、安心できたのかな。
「みんな、怪我はない?」
マキアの治癒魔法には頼ってしまったけど、疲労を回復させただけで怪我人はでなかった。ココハの魔法が馴染んできたら治癒魔法は温存できるかもしれないな。
「…レイトくん」
「ココハ、お疲れさま。良かったよ」
「…うん」
嬉しそうにしているココハを見るとこっちまで笑みがこぼれてしまう。冒険者なんて最初は不安だったし、なんでこんなことしないといけないんだ……なんて考えたりもしたけど、今ではすっかり冒険者してるな。楽しいとさえ思うこともある。
「よし、この調子で狩りを続けよう。ココハが慣れてきたら二頭同時の作戦も改めて考えないとね」
「そうね」
「オレの出番ってわけだな!!」
「ジェニオはもう少し成功率を上げてくれればな」
「おいおい! 我流閃技を一つも持ってねーやつに言われたくねーな!!」
「それは関係ないだろ。パーティーとして作戦の成功率を上げようとしてるんだから、リーダーとして言うのは当たり前だろ」
「けっ! 分かってるっつーの、冗談も通じねえやつだな」
面倒なやつ。もう放っておこう。
――午前中の狩りは順調だった。ココハは元々みんなの動きを後ろから見ていたから、戦闘に参加してからの適応力も大したものだった。
「午後からは二頭相手に試してみよう」
「コ、ココハさんのおかげで……受けるのも楽になってきたよ」
「…よかった」
「レイト、作戦は考えてあるの?」
「うん。基本的には今までと同じで、ルミルとジェニオに初撃は任せる」
「よっしゃ!!」
「ブレンはルミルの矢を受けた方を防御で抑える、ココハはさっきと同じようにブレンを助けてやって?」
「…うん!」
こういう戦闘前の打ち合わせに参加できるようになって、ココハも嬉しそうだ。
「俺はジェニオを追っていくから、まずはそっちを先に倒すよ。ルミルはどちらも援護できる位置に移動しておいて。もしもの時はまた射ってもらうことになると思う」
「分かったわ」
「マキアは基本的にブレンの近くにいてほしいけど、ジェニオが失敗したら回復してやらないといけないし、両方が見える位置にいてほしい」
「ええ」
「オレはミスとかしねーけどな?」
「とりあえずはそんな感じかな」
「無視してんじゃねーよ!!」
「……一つ、いい?」
マキアが少しだけ手を上げて発言の許可を求めた。遠慮とかは必要ないのに。
「どうぞ」
「みんなの息も合ってきて、怪我をすることも減ってきてる。でも、油断をすると大怪我に繋がる。魔法力は無限じゃないし、治癒魔法だって万能じゃない。だから、護盾も使っていこうと思う」
「護盾?」
「光魔法の一つで、身を守ってくれる盾を対象者の前方に一枚だけ張れる。魔法攻撃は防げないけど、相手は猪だし……使えるはず」
「ダメージを一回だけ肩代わりしてくれる……みたいな感じかな?」
「相手の攻撃力にもよるけど、そう考えてもらっていいと思う。少し威力があるものだと半減させるだけだったり、あまりにも強大な力だと簡単に壊されることもあるから、過信はしないでほしいけど」
「うん」
「それから、持続時間も限られてるし、わたしの光魔法は直接相手に触れないと発動できないものばかりで、それはわたしの実力不足だけど……戦闘中に張り直す場合は注意して?」
「分かったよ。えっと……」
防御力を上げる魔法というよりは、相手からのダメージを削ぐ感じだよな。安定感を求めるならブレンに使うべきなんだけど。
「じゃあ、ジェニオに使ってもらおうかな」
「は? オレかよ? ブレンの方がいいだろ」
「いや、ブレンにはココハの攻撃阻止があるから大きなダメージは入らないよ。失敗しても後ろに流してルミルとココハが援護すれば、もう一度受け直すこともできるだろうし。でも、お前は失敗したら命取りだろ?」
「だからオレはミスなんてしねーつってんだろ!!」
「あくまでも保険だよ。お前が倒れると俺も危ないんだ。俺の為にお前には無事でいてもらわないと困るんだよ」
「なんだよ、自分の為とか情けねえな。え? リーダーさんよ?」
何とでも言ってろ。こう言えばお前は断らなくて済むんだろ? だんだんこいつの扱い方が分かってきた。こいつのことを理解し始めてると思うと……複雑な気持ちになるけど。
「とにかくそういうことだから。マキアもそれでいい?」
「ええ、わたしは」
「よし、じゃあ午後の部……始めようか」
――夕方。ルトナの街へ戻ってきた俺たちは素材を換金してから、狩ってきた猪を料理屋へと運んだ。今日は祝賀会だ。六人掛けのテーブルに六人で座る。奥からジェニオとブレンと俺、反対側はルミルとココハとマキア。今夜はマキアも参加してくれた。ココハの復帰と、俺たちのパーティーの再始動をみんなで祝いたいと言ったら来てくれた。ようやく仲間らしく、家族らしくなれてきた気がする。
「それにしても護盾? あれはかなり便利だな! 猪の体当たりくらいなら防いじまうんだからな!!」
「そうね、でもあれは本来なら受けなくていい攻撃だったけどね」
「お前に使っておいて正解だったわ」
「うっせーな、おい! あれはな……試してやったんだよ! どんなもんなのかをな!!」
「はいはい、そういうことにしておいてやるよ」
「はははは。レイトくんはジェニオくんの扱いが……ルミルさんに似てきたね?」
「そう? まぁ……参考にはしてるかも」
「あたしはジェニオの取説じゃないんだけど?」
「ふふっ」
「オレ様を珍獣扱いしてんじゃねーぞ! マキア、お前も笑ってんじゃねーよ!!」
え? マキアが笑って……? 普段は無表情で感情がなく、怒るととんでもなく怖いけど、美人で高貴で近寄り難かった彼女は今やとても身近な存在となっていた。ナナトさんが話してくれた、思い出の中の彼女は戻りつつあるのかもしれない。
「護盾を一枚しか張れないのはわたしの実力不足。レベルの高い神官なら全員に持たせてあげることもできるはず」
「そうなったらすごい助かるけど、今は一枚でもありがたいよ。張ったまま治癒もできるんだし、十分だよ」
マキアは頷いてくれた。正面に座っているせいかやけに緊張する。
「ココハの精霊魔法も良かったね」
「…まだ、まっすぐにしか撃てないし……私のは威力もなくて」
「いいのよ、ココハ。普通の魔法とは違って、あなたのは成長する魔法なんでしょ? 練習する機会ならいくらでも作ってあげる」
「…うん、ありがとう……ルミル」
「このまま行くとよ、そのうち三頭相手でもいけんじゃねーの?」
ジェニオがまた無茶なことを言い出した。
三頭はさすがに……いや、いけるか? うーん、無理かな。
「さ、さすがに三頭は……厳しいかもしれないね」
「俺たちのパーティーだと受けられる数は限られてるからな。狼くらいならブレンでも複数受けはできそうだけど」
「えっと、狼とはまだ戦ったことはない……けど、ちょっと怖いイメージが……あるかな」
「あいつらはすばしっこいし、猪みたいにまっすぐだけじゃないからね。フェイントとかも普通にしてくるし」
「そっか、レイトとココハは元々狼狩りをしてたんだっけ?」
「うん。小狼だけどね。その時のパーティーでディフェンダーだった人は重戦士だけど、複数受けをしてたよ」
「あれだな、受けるやつが必要ならナナトでも加入させればいいんじゃねーの?」
「え!?」
声を出して驚いたのはマキアだ。驚いたのは全員が同じだったはずだけど、マキアの反応だけは飛び抜けて大きかった。
「だってよ、あいつは異常なほどの強さだろ。オレら六人が必死になって倒してる相手を一太刀でおしまいだぞ?」
「た、確かに、ナナトさんは……次元が違うって思うよね」
実際にナナトさんが狩りをしているのをちゃんと見たことはない。でもあの日……ココハを失いかけたあの戦いでの記憶は、俺たちの中に深く刻まれている。
「マキアはナナトの戦ってる姿を見たことはあるのよね?」
「え、ええ……」
「話したくないなら無理にとは言わないけど、聞かせてくれない?」
マキアは顔を伏せて考え込んでしまった。思えばナナトさんには今まで何度も助けられてる。俺もココハも、みんなも同じだ。冒険者になってまだ日が浅いのに思い返せば俺たちの思い出にはいつもあの人の存在がある。
「俺も聞きたいな。ナナトさんのことは知っているようで実はあんまり知らないんだよね。今までたくさんお世話になってるのに、自分たちのことばっかりだったから」
「……ごめんなさい。わたしたちもアドバイスを受けたことはあるけど、あの人の戦いをちゃんと見たことがあるのかっていうと……そんなにはなくて、話せるほどのことは」
「そっか」
「ただ、この辺りに生息する獣族だと相手にもならないのは確か。下位五種族が相手でも負けないと思う。おそらく、あの人の強さは上位五種族に匹敵するくらいだと……わたしは思ってる」
「マジかよ……」
上位五種族は俺たち人間族が属する下位五種族よりも強大な力を保有する種族のことだ。天使族、悪魔族、巨人族、竜人族、不死族。そんな伝説級の種族と肩を並べてしまうほどの人だとマキアは言った。そんな人間離れした人が本当に存在するのだろうか?
いや、俺にもそれくらいの強さだと思っている人が他にも一人だけ心当たりがある。修練室で俺の指導をしてくれた、神聖騎士の団長……ジートさんだ。あの人はナナトさんと同じような雰囲気だった。どちらが上なのか、そういうのは俺のレベルだと判断はできないけど。




