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兵主部壱 長岡混沌京  作者: ずずつすず
御霊会
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八 翻転

 『私が彼女に会ったのは、この昭和三十年の帰国のときだけである。いのちが戦慄しているような彼女の話し方は、私にとって忘れがたいものになった。

 『「オランダへゆくと、ゴッホと同じ景色がありました。ゴッホがデフォルメしたのではなく、ごく平凡に実在していたのです」という平凡な感想も、彼女がいうと、別趣のものになる。こう言いきったときに、彼女を縛っていた三十余年の呪縛が、激しく解けてしまい、いままで謎に満ちていた油彩世界に、素足で踏み入ることができた、というふうに受けとれた。「滞在中血を流して歩いていました」と不意に彼女がいったはげしい表現も、このひとにはいかにも自然だった。彼女は、四十代のおわり頃だった。それまで彼女の目を水蒸気の膜でもってへだてていたもの(油彩や、形、光、さらにはもののいのちというもの)の本質をこのとき確かに見た思いがしたのであろう。』  (司馬遼太郎「微光のなかの宇宙」三岸節子の芸術)

 昭和期にある女流画家が洋行し、帰国すると、沖縄のあたりからさきが巨大なもやにつつまれたかたまりのように見えたらしい。ヨーロッパの乾いた空気は、光線をそのままとおし、ありのままの色彩を照り輝かせる。

 日本の空気はものをぼやけさせ、あいまいにする。こういう環境では、集団はひとつのかたまりに線を埋没させる・・没個性におちいりやすい。

『三岸節子の渡欧は、昭和二十九年、四十九歳のときであった。当時、日本人の海外渡航がまだ困難で、彼女自身、よほどの準備や覚悟もしていた。翌年、彼女が日本に帰ってきたとき、あじめて私はこのひとに会った。「帰りの船が沖縄に近づいたとき、ああまたあの水蒸気の国に帰るのか、と思いました」と、彼女がいったとき、このひとの色彩がみごとに乾いて発色していることを思いあわせ、さまざまなことを連想した。

 『私は当時、彼女が、やはり木曽川ぞいの町にうまれた川合玉堂(一八七三~一九五七)と同郷に近いという知識をもっていた。玉堂は、水蒸気がつくりあげる自然を描くことですぐれていたが、ほぼおなじ風土にうまれながら、色彩が靄に遮られず、形象が湿度でごまかされることのない情感と論理を好むということに、彼女の唸りを上げるような本質を感じた。』  (同右)

 

 

 多湿の極みのごとき五月雨の最中・・・そこでは、

 すめらみことの親王と、

 炎帝神農氏の皇子さえ区別をなくし、

 

 ただ、王権への反逆者という一項のみで、融通無碍に境をなくして、

 

 習合してしまう。

 

 

 ショウゲ(障碍、障害、仏教修行を阻む悪魔)としてさえ、だ。

 

 

 楽園は、なにもかもを呑み込んでいく!

 八百万の一柱にして、病膏肓に入るものさえーー自家薬籠中にしてしまう。

 

 

 『ぎり、と、切歯する。

 「朝の外にあって、せめて強大な野党たらんと欲したが、その大望は、ついに、潰えた。諸氏に肩並べ、われらは朝に富を献じよう。京(みやこ)の外にも無尽の天地があると謳っていたわれらが、在京の高官となろう、おとど(大臣)となろう。われらはあそん(朝臣)となり、兵主は八百万にうずもれる」

 われらは、われらではなくなるのだ。』

 

 『「われらは、消え去るのだ」

 幽鬼のように、徐福が吐いた。』

 

 

 

 (おおお)

 徐福は、愕然として、疫魔と水害を振りまく、百鬼夜行を見上げている。

 ごう、

 と、強風と雨粒が押し寄せると、兵主神社の赤いのぼり(幟)が、一本、吹き飛んできて、あみだに立った。

 そこには、鼻面のつづまった牛頭、獣身、両手足と頭頂に武器を帯びた、

 「人面獣身」に映る蚩尤像が描かれている。

 はたはた、揺らめく蚩尤像。その、妙にひょうきんな立ち姿が、両目をギョロ、と、剥いた顔が、嗤っているように見えた。

 ーーーーー同じものなのに、

 かけはなれている。

 赫《か》っ、

 と、秦氏の脳裏が灼熱で染まる。

 「おのれは」

 徐福は、手にした杖を振り上げる。その口は絶え間なく祭文をつむぎ、それに応じて、杖先が指すむらくも(叢雲)が、渦巻き、不穏な音響を強めていく。

 杖を振り下ろすや、

 はたたがみ(雷神)が、天の戸板を蹴破り、飛び込んでくる! 

 「九天応元雷声普化天尊《きゅうてんおうげんらいせいふかてんそん》!」

 九つの天に応じる雷声をもって普く感化をおよばせたもう天つ尊!

 暗天を白々灼く閃条が、

 一瞬で、

 天から、山車の上の親王禅師にまで、橋渡しされる。

 が、それだけだ。

 光が、

 魔霊をシャクメツ(灼滅)させることもなければ、その威力をあかしだてる雷鳴がとどろくこともない。

  大火所焼時(末法の火が世界を燃やし尽くす時も)

  我此土安穏(わたしのこの世界は安穏としている)

  天人常充満(天道の人が常に満ちている)

  園林諸堂閣(庭園や林、仏堂楼閣)

  種種宝荘厳(種々の仏法は荘厳そのもの)

  宝樹多花果(宝樹は多くの花や果実をむすぶ)

  衆生諸遊楽(衆生はあちこちで遊び学びを楽しみ)

  諸天撃天鼓(諸天は霹靂を打って祝福する)

カカッ。

 svāhā(成就あれ)

 雷神の飛び道具が、今度は、

 親王禅師から、

 徐福をつなぐ。

 

 (あっ)

 

 刷雄は、徐福が光を帯びるのを見る。まずい。三魂七魄を束ねねば、一瞬で火を吹く炭に・・

 

 雷鳴が、間近で炸裂し、

 (うぐう)

 

 その烈波のみで、吹っ飛ばされそうになる。

 弾き飛ばされた道士は、とっさに魂魄を引きしめ、丹田に力を入れたのだろう、赤い道服から湯気を発しながら、

 「か、あ」

 と、息をする。

 玉の緒が散ることのみは避けたらしい。

 

 (う、うう)

 霊位が、貴《たか》い。

 なにをやっても届かず、

 天に唾すれば、

 の、結果に終わる。

 親王禅師が、おもむろに、じゃらじゃらと、

 音高く数珠を揉む。揉む。

 (うおお)

 者羅者羅。

 邪羅邪羅。

 「あくう」

 「欹《おお》」

 世道も、徐福も、悲鳴を上げる。

 揉みしだかれ、

 揉み潰される。

 それは、看経の数、功徳の多寡を計る数珠ほどには、

 

 人の命《たま》は、頑丈にできてはいない。

 露命《たま》なのだ。

 人間など。

 

 魂胆《こんたん》と命脈をおびやかされ、よろめき、のたうつ。

 天狗どもが、ゲタゲタ嗤っている。

 よく見れば、大伴継人、竹良兄弟や佐伯高成やらは、

 衣冠のまま、その面は毒々しいまでに赤ばみ、増長に鼻が鉤描く魔縁天狗となっている。

 ケタケタと、親王禅師に調伏されている、人間どもを見下ろしている。

 脳裏に、心霊に、おのれを圧搾し、すり潰す、親王禅師のたなごころ(掌)を感じる。後世の神魔小説、魔猿がその掌上を飛び出すことさえかなわなかった手は、かくのごとしか。

 (あ、が、あ)

 高圧的な合掌と摩擦に、限界を迎えつつあった。

 このまま、玉の緒が千切れてこときれるか、

 正気と狂気を隔てる一線が途切れて廃人となるか。

 (どちらもごめんじゃ)

 刷雄は、ふらふらと、よろけ、ひざまずき、そこにあったものを拾う。

 

 世道が取り落とした、剣だ。

 

 (あ、うあ)

 血が出るのもおかまいなしに、

 白刃を握って、立ち上がる。

 煮えたぎる奔騰、呪詛を浴びて、人界へ悪意の牙を剥く。

 「う、お、おお」

 刷雄は、びしゃびしゃ、膝下を浸す汚水をかき分けて、小泉川へ向かう。

 

 

 (ゆ、ゆかぬ)

 世道は、呪詛に降伏された苦しみの中、

 おなじ苦痛から逃れんとする、上長を見る。

 

 もはや、大水に等しくなりつつある川辺へ突進し、それのみならず、

 (あ、ああ)

 ぶづ、

 と、おのれの肌に刃を立て、刀を引いて、

 

 ぴ、ぴぴ、と、血をしぶかせたのだ。

 

 (おかみ!?)

 

 皮膚を食い破り、脂肪とその下に潜ったほんみ(本身、真剣)が引かれていく。

 世道は、燃えるようなおぞけを腹底に抱えている。

 

 「う、お、おお」

 刷雄は、そうやって、金創《きず》をこうむった右腕を掲げて、

 

 ぼたぼたと、雨水混じりの血流を、小泉川へと落としていく。

 

 

 刷雄は、腕からの出血を、小泉川に流すのみならず、

 そのまま、入水し、

 激浪に溺れる。

 大雨と、風浪に濡れそぼちながらもかろうじて息を継ぎ、その目が、どこか、遠くをさまよっていた。

 「葦原の」

 と、発した声には、節がついている。

 

  〽葦原の  

   瑞穂の国を  天下り  

   知らしめしける

   すめろきの

   神のみことの

   御代重ね

 小泉川の激浪は、淀川の方から、つぎ足されつぎ足され、雨風の加勢もあり、刷雄をさらわんと、

 覆いかぶさり、砕け散る。

  〽あめのひつぎ(日嗣)と 知らし来る 

   君の御代御代 

   敷きませる

 次から次へと、刷雄に襲いかかり、老身をなぎ倒さんとする、水流。

 それが、ふと、切れ間を迎えたかのように思えるのは、間違いだろうか。

 波の随《まにま》に、彼が詠う。

  〽四方の国には やまかわを 

   広み厚みと 

   奉る 

   みつきたから(御調宝)は 数へ得ず 

   尽くしもかねつ 

   しかれども 

   我がおほきみ(大王)の もろひとを 

   さそひたまひ 

   よきことを 

   始めたまひて

 よきこと、とは、聖武天皇が相次ぐ疫病や地変を受けて、大仏を築き、諸国を功徳で安泰にしようとしたことだ。

 この大仏建造には、秦氏も、氏族の神である八幡神を立てて、合力した。

 この歌は、大伴家持が、大伴の家の誇りとともに、聖武帝の盛業をことほいだ。祝いの歌であり、

 その祝詞が、

 小泉川を、なごませはじめる。

 

 川面に落ちたbloodが、flood(洪水)を鎮める。

 

 Īchōrのごとく、霊験を示す。

 

 (憙《おお》)

 と、山車を引く天狗の列で、感嘆するものたちがいる。

 霜のように深く根差し、春のように喜ばしい。

 

 秋のように烈々として。

 

 それは、千秋を貫く、彼らの本能だ。

 

  〽もののふ(物部)の 

   やそとものを(八十伴の雄)を 

   まつろへの(服従の) 

   向けのまにまに 

   おいひと(老人)も 

   をみなわらわ(女童児)も しが願ふ

   心だらひに 撫で賜ひ 

   治め賜へば 

   ここをしも 

   あやにたふとみ(尊み) 

   嬉しけく

 

 (われらは軍《いくさ》であった)

 そうであればこそ、軍神兵主と、習合した。

 (われらはお伴《とも》)

 大伴だ!

 「う、あ、あ」

 「うあああ」

 大伴継人、大伴真麻呂、大伴竹良、大伴湊麻呂が、涕泣する。

 天狗の赤き面が、涙を流す、

 洟《はな》を出す。

 

 なぜ、政争に没頭した。ーーーー戦がなかったから。

 

 われらは、余計ものになった・・・司祭《ふじわら》との争いに負けた。

 

 平時に、主上のおそばにかしづかえてあるべきは、武官ではないーーー祭司だ。

 

 われわれではない!

 

 「あおうああああぁああああああああ」

 

  〽大伴の 

   遠つかむおや(神祖)の 

   其の名をば 

   おほくめぬし(大来目主、軍団の長)と 

   負ひもちて 仕へし官《つかさ》

 

 (ほうじゃ、思い出せ)

 

 刷雄は、詠いながら、雨の中、水面に落ちていく、おのれの出血を見つめている。

 

 (大伴の生き血の、その熱《ほとぼり》に!)

 

 われらは大軍《おおとも》だ!

 

 

  〽海行かば水漬く屍

 

 「〽山行かば草むす屍」

 

 おのが氏族の血をあえられた(供えられた)

 大伴の鬼が吼える。

  

  〽大君の 辺《へ》にこそ死なめ 

   かへり見はせじと言立《ことだ》て

 

 その声は、天地の唱和。

 天上と地上が、交感する。

 大伴の血を仲立ちとして。

 

 親王禅師のinner space で、蚩尤が吼える。

 

 小泉川、汚濁、大伴の血、魔の思惑、百鬼、天狗、親王禅師、兵主、なにもかもが、この一線で、詠う。

 

  〽ますらをの(大夫の) 

   清きその名を 

   いにしへよ 

   今のをつつ(現)に 

   流さへる 

   祖《おや》の子どもぞ

 

 「うお」

 「あああ」

 

 お、

 お、

 おおおお雄々雄々ー。

 

 (主上)

 

 親王禅師さえ、思ったのだ。ひどく、おさない、ころの気持ちで。

 あにうえ、と。

 

 山車が傾く。習合がひっくり返る。

 親王禅師は、瞑目している。

 

  〽大伴と 佐伯の氏《うじ》は 

   人の祖《おや》の 

   立つる言立《ことだ》て

   人の子は 

   祖《おや》の名絶たず 

   大君に まつろふものと 

   言ひ継げる

   言《こと》の官《つかさ》ぞ

 

 天狗どもが騒ぐ。

 魔縁が崩壊する。

 主上におそば仕えするーーなんで、魔縁であろうや。

 黒風となり、狗賓《ぐひん》どもは逃げる。

 

  〽梓弓《あずさゆみ》 

   手に取り持ちて 

   剣大刀 

   腰にとり佩き 

   朝守り 

   夕の守りに 

   大君の 御門《みかど》のまもり 

   われをおきて 人はあらじと

   弥《いや》立て 思ひしまさる

 

 百鬼夜行が潰乱する。

 鬼火と、蝙蝠の群れとなって、悪所から遠ざかる。

 

  〽大君の 

   御言の幸《さき》の 

   聞けば貴《たふと》み

 

 

 

 

 刷雄は、長歌の掉尾を口にし、手を合わせた。

 印を組んでいたのではない。合掌だ。

 鬼の後尾が見えなくなっても、まだ、刷雄は手を合わせていた。

 

 

 

 

 

 


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