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兵主部壱 長岡混沌京  作者: ずずつすず
御霊会
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七 あざなえる縄

 蚩尤の色で塗られた大鳥居が、揺らいでいた。

 建立されたばかりだというのに、ぎしぎしと、軋んでいる。

 (ば、ばかな)

 鎮守の入口ではない。

 と、

 赤鳥居の巨大な輪郭のたもとに、人影があった。

 濡れ鼠になり、老身にまとわりつく道服は、鳥居と同じ色だ。

 (徐福)

 秦の方士が、赤鳥居を手で押し、しゅ(呪)を唱える。

 すると、鳥居が真っ直ぐになり、ピタリと安定して、揺らぐことがなくなった。

 「おい、徐福」

 刷雄が、方士へ呼びかける。

 じろ、と、老人が、二人を見た。

 「どうなっておる。兵主神は、鎮守の功徳は、なぜ顕れぬ」

 「わしらが聞きたいわい」

 いらいらと、額に張り付いていた白髪をどける。

 「今日の今日まで、無病息災も、水質保全も、あらたか(灼か)なものであったわい。それが、突然」

 三人の会話を、閃光がさえぎった。地上のあらゆるものを青白い輝きで塗り込め、影のみとする。光が刹那に駆け抜ける。と、雷光の後の、あのしじま(静寂)が、会話を拭い取ってしまう。

 梵鐘をついた後の沈黙に似ている。

 雷鳴は、この輝きの後に襲ってくるのだ。

 静寂という栓を抜いて、この世に、荒れ狂う神の荒魂の領域が、流入する。大崩落であり、巨獣が歯牙をガチガチ言わせる音。この世には、人界など問題視するに当たらぬ、怒りに震える握り拳があるのだと、思い知らせる音声。

 樹木がさける(拆ける)

 jewelryがヘキカイ(劈開、筋目に沿って割れる)する。

 一同は、空を見た。

 先ほどの大音響で、地獄の釜が口を開けた。

 そううそぶくかのように、霊感に灼きつく、異形の行列ーーー百鬼夜行。

 さっきより、ずっと間近い!

 (うおお)

  華葉光茂佛神力故。     (仏神の功徳で草花は茂り光る)

  令此場地廣博嚴淨。  (この地はきよらかであれと命じられる)

  光明普照。一切奇特。  (光明があまねく照らす、一切奇特)

  妙寶積聚。無量善根莊嚴道場。(妙宝は積まれ、無量の善根荘厳の道場)

  其菩提樹。高顯殊特。 (その菩提樹には特別な実が結ぶ)

  清淨琉璃以爲其幹。妙寶枝條。(清浄な瑠璃が幹であり、枝梢は妙宝)

  莊嚴清淨。寶葉垂布猶如重雲。(荘厳清浄、宝葉が雲のように垂れる)ーーー

 読経の声ーー仏陀の獅子吼か雷音か。

 ギャアギャア、鳥どもが騒ぐ。ヒラリヒラリと、猛禽の羽根が降る。

 鳥ども。

 この怪鳥は、猛禽の翼やかしら(頭)を

 爪を有している。

 にもかかわらず、それらは、人影でもある。人の姿と装いをした、妖鳥。

 天狗、

 グヒン(狗賓)のたぐいである。

 ずにん(神人)

 荒法師、

 山伏、

 いかにも外道魔縁らしく、正道をうそぶく身なりをしている。

 それらの天狗どもが、なにか、巨大な櫓めいたものを、牽いている。

 神輿ではない。塔を思わせる華麗なうてな(台)をそなえた、それは・・

 (山車《だし》!?)

 山車だった。

 多宝塔の高みと壮麗。その台上に坐すのは、法衣僧帽の、ブクス(覆子、覆面)を身につけている高僧で、大数珠を揉み鳴らしながら、華厳経を唱えている。

  樹光普照十方世界。  (樹の光があまねく十方世界を照らす)

  種種現化施作佛事。 (仏の企図されるさまざまな現象や所為があらわれる)

  不可盡極。普現大乘菩薩道教。(すべてを極めることはできない、普賢菩薩は教える)

  佛神力故。常出一切衆妙之音。(仏神の力ゆえに、常に妙なる音が一切から発せられる)ーーー

(早良親王)

 霊感に響くその読経の声には、聞き覚えがある。

 

 早良親王。

 

 京城の鬼の元締めだ。

 だが、なんという霊威・・・

 太鼓の皮にバチが当たるように、黒雲の間で、白金の雷閃がはたためいている。

 稲光に、明に、暗に染め上げられながら、天狗の牽く山車の上で、カンキン(看経)する。

 その詠唱とともに、風雨はさらに烈しさを増し、雷公が嗤い、風伯が踊る。

 水魔は亢進し、水位川岸を乗り越えるや、四方に汚物と波浪をまき散らす。

 (あやつのしわざか)

 長岡遷都この方、その端緒となった暗殺事件の怨みを引きずって、新京に祟りつづけた悪霊。

 だが、こうもカクシャク(矍鑠)たるいつ(稜威、威力)をしめすとは。

 「小泉川を抑えよ。四大王を勧請するぞ」

 「は」

 と、図書寮の二人はやり取りする。

 スラリと白刃を抜き放つと、世道は、詠唱する。

 「たかおかのかみ(高龗神)下られませ、

  くらおかのかみ(闇龗神)上られませ」

 亢龍悔いあり、

 龍淵(ふち)に潜む。

 波浪のうねりが一時収まり、それでも、なお、収まりきらぬ怒りを蔵して、波が頭をもたげようとする。

 「くらみずはのかみ(闇罔象神)出《いで》られませ」

 す、と、一時、川が静まる。

 雨風が、川面を乱すのみとなる。そして、汚物や泥濘が舞い上がり、攪拌され、排斥される。浄化されていく。

 (やはり、悪所には、罔象女神がええわい)

 世道は、神通力を働かせる。

 高龗神、

 闇龗神、

 闇罔象神。

 これら三柱は、かぐつちのかみ(軻遇突智神)を怒れるイザナギが斬殺した際、その剣から滴った血から生まれたという。

 三柱とも、水神にして、龍神。武器の尖端からは、水より血がしたたるもの。だが、神のichor(血)からは、水神が生じるのだ。

 三水神の通力が、小泉川の邪気を祓う。

 と、汚濁が拭われた水面に、黒い陰が差し、見る見る大きくなり、川面を破り、実体をあらわにする。

 鹿の角、駱駝の頭、鬼の目、蛇の首、鯉の鱗・・龍、だ。青葉のごとく瑞々しいみどり(碧)の、青龍。

 東方の守護神にして、風水では河川に祀られる聖獣が、小泉川から、昇天する。

 うねる躯体が、天狗どもの百鬼夜行を脅かす。

 その背後に佇立したのは、武具を身につけた鬼神、仏天。

 しゅみせん(須弥山)の東方を掌握する、持国天に相違ない。

 小泉川が青龍と持国天を迎え、東方に決した。

 百鬼夜行をはさんだ対面に、しなやかな長躯を踊らせ、白虎が、白虎の背後には、広目天(西方の守護者)が招来される。

 同様に、北方、玄武及び多聞天、

 南方、朱雀加えて増長天。

 四獣と四天王が、天空にまで届く巨躯をそびやかし、天狗どもと山車とを、見下ろした。

 それぞれが武装した鬼神は、そのまま、魔除けの鬼瓦さながらの相貌で、百鬼夜行を威圧する。

  如來妙藏無不遍至。 (如来はかたよりなくあらゆるものを蔵する)

  無量衆寶莊嚴寶臺。 (無量の衆、荘厳の宝と宝台)

  如來處此寶師子座。 (如来はここに獅子の玉座を置かれる)

  於一切法成最正覺。 (一切の法において最高の正覚となられる)

  了三世法平等智身。 (三世のおわりには法にひとしい玉体となられる)

  普入一切世間之身。 (あまねく一切の権現から悟入される)

  妙音遍至一切世界。 (妙音は一切世界にあまねくいたる)

  不可窮盡。猶如虚空。(そのすべてを覆うことはできず、虚空のごとくあらせられる)

早良親王、いや、親王禅師が、大数珠を揉んで、読経する。

 華厳経が讃美する、法界縁起、無尽縁起。

 すべてが、すべてにたいして、無尽に因縁となり、縁起である。

 おのれは片々(ヘンペン)たる塵に過ぎぬ、

 その塵が、外界のなにもかもを内包している。

 この摂理が顕わとなり、四獣四天王らの後背に、

 袈裟をまとった腕や肩、合掌した両手、ブクス(覆子)におおわれ、先尖りの観音帽子をかぶった、目許以外を隠した面差しーーーそれらが、四獣四天王よりもはるかに巨大に、世のモウ(蒙)を啓く如来さながらに、そそり立った。

 親王禅師。

 早良親王が、大数珠をジャラジャラ(蛇羅蛇羅)と鳴らしながら、読経する。

 内界と言いつつ、そこには、外界の一切があり・・・そして、内界は、やはり、親王禅師の胸の内に回帰する。

 もう、百鬼夜行を見下ろす四天王はいない。

 天狗どもの牽く山車の上で、無心に、親王禅師が読経する。

 (うう)

 と、魔風となって、百鬼夜行の鬼が、羽を散らし、刷雄と世道の傍らに、降りてくる。それぞれの狗賓《ぐひん》の六角棒を、

 どすん、

 と、はち(頭頂)に喰らう。

 たまらず、たたらを踏み、しりもちをつく。

 天狗は、ギャーギャー、二人を嘲笑って、飛び去った。

 呪詛返し。

 (ぐ、ぐ)

 頭の痛みがひどい。

 (あれは)

 

 親王禅師が、その法力で、無尽縁起を顕現させ、かのものが、一切のoriginとなったとき、

 世界そのものと同義の内面に、見出したのだ。

 牛頭六臂にして、四つ眼の魔神。

 兵主神蚩尤が、たしかに、早良親王の内に。

 影のように暗く、

 影のように控えて、

 影のように不可分一体に。

 そう言えば、兵主神社を訪ねているのに、あの、霊感に傲然と印象を灼き付ける霊異に、遭遇していない。

 

 (習(・)合(・)し(・)た(・)の(・)か(・))

 

 習合。

 神仏習合、という言葉の通り、もともと異なる神霊が、同じものの二側面として祀られることだ。

 二つのものが、ひとつになる。

 Conjunction

 蚩尤は、そもそもが、体制の頂点であり開祖の黄帝と争った、反乱の神。

 早良新王は、無論のこと、桓武帝の実弟にして、奈良仏教の爪牙となった、反逆者。

 rebellion(反乱)

 という一項で、

 この二者は、どうしようもなく、同質だ。

 (お、おお)

 兵主神は、各地で、素戔嗚尊や八千矛神と習合している。新京にて、水神の側面をそなえ、

 ついに、断固ヨウゲキ(邀撃)すべき新京最大の祟り神とすら、習合したのか。

 

 わけのわからないものになる。

 

 

 

 


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