四 北声
和音、とは言い条、それはむしろ、
予兆だ。
巨大な怪物が、歯軋りした。
京中のいともの(弦楽器)といういとものは、
その凶兆の指先に触れられ、バラン、と、自ら弦を断つことを選択する。
バラン、バラン、と、殺伐の音が、一度きり、解き放たれる。
うちもの(打楽器)も同じことだ。
カッコ(鞨鼓)もショウコ(鉦鼓)もない。
トーン、チリーン、と、なにか、楽器が、悲鳴を発したようなおとだま(音魂)を発する。
ダダイコ(大太鼓)も蔵の中で、
ドドン、
と、鳴り響き、
それを耳にしたものは、警告じみた、せっぱつまったものを感じた。
それは、夢寐にあってすら、同じことだ。
(北声)
世界と世界の境界が、ずれ動き、
致命的なソゴ(齟齬、食い違い)が生じてしまった。
胸底の冷える、
凶兆のtouch
刷雄は、掛け物をはね除け、飛び起きる。
(なにが起こった!?)
魔術師にとって、夢見の国も、うつつ(現実)も、互いが、互いの予兆めいたものだ。
河程度で隔てられていても、どこかに橋があり、地続きになっている。
ここが、現実、
と、しとみ(蔀)の向こうでサアサアと鳴りつづける雨音で察する。いかにも梅雨らしい、切れ間のない・・
じっとりと、湿った夜気。
不吉な予感が、消えない。
どんどん大きくなる。
(むう)
あの、夢の国をよぎって(過って)いった、まがまがしい音。
怪物が絶命する
あるいは、その真逆。
孔子は、瑟の音の中に、
温かく富んだ南音と、
殺伐暴強の北声とを、聞き分けられた。
あれは、北声、それも、吹き荒れ、地上の秩序を蹴倒していく、
極北のBoreasの声。
そうこうしている間に、サアア、という雨音が、より、みっしりとした、救いのない、天の偏執を感じさせるものとなる。
風も出てきたのか、蔀戸に打ち当たる雨が、強迫的な音を出す。
fate がknockする。
(たしかめねばならぬ)
「みずあきら」
と、刷雄は、式を打つ。部屋の隅で、水気が、名を得て、人影となって凝る。瓶子からこぼれるうましさけ(甘酒)のごとき、見目良い女だった。
「世道に遣いせえ。車で行くゆえ、仕度して待て、と」
平伏する女に、言った。
「悪所へ向かう」
女の姿が、水滴のごとく揺らめき、薄れて消える。




