五 雨中
「と、殿。このような刻限」「いつにのう、大雨にございます。どうぞ、お考え直しを」家人たちが止めるが、構わず、刷雄は、牛車を準備させる。
使鬼の御者を打って、長岡京の条坊を行く。
(どうなっておる)
車を叩く雨音が、刻一刻と強くなる。
屋形の天井から、水がしたたる。風音、天が唸る。牛が、不安そうに鳴いた。
牛車は悠長な乗り物だ。刷雄は、京の条坊を廻る経路を工夫し
「シュクチ(縮地)の法」
をほどこして、経路を短縮する。
ほどなく、菅原世道の家に着く。
すでに、門戸が開け放たれていて、太刀を佩いた世道が、牛車に転がり込んできた。
「一刻千金、悪い意味で」
と、この、話の早い部下は言う。
「悪所へ」
「うむ」
牛車が動きはじめる。
悪所だ。あの、鳴り響いたNorthern Voice(北声)を考えると、それ以外ない。
あれほど重大なサテツ(蹉跌、失敗)が生じ得る場所は、水の鎮守、兵主神社。蚩尤の鎮まる区画以外ない!
「やぶ蛇ですな」
雨音の轟音を袖(牛車の壁)で隔てる中、世道が言う。
「鬼か、蛇か」
刷雄が言うと、
「やぶをつついた時点で、なにか、わるいものが出そうな予感はしておりました」
と、険しい顔になる。
「言うな」
と、苦虫を噛み潰す。
どうしても、基礎を間違えた上に、なにかを建てるような仕儀になる。
どんな荘重なものを建てようと、いや、高楼を築けば築くほど、歪みが顕著になっていく。
下水の処理に、武神の加護を恃むーーー
筋違いもはなはだしい。
もしや、そういう、時代の坩堝の意志なのかも。
混沌としてあれ、筋道など問うな、という・・
(うぬぬ)
悪所が近づく。
びゅうごお、と、風が打ち当たる。
「おい(噫)」
と、声が上がった。
まえすだれ(前簾)の隙間から、前方をのぞく。そこに、式の御者がいない。
彼の被っていた笠のみが、地面に落ちていて、先導者を失った牛が、不安そうに面を巡らせている。
(なにが起こった)
とは、考えない。刷雄も世道も、大海をかき分けおおいさな(巨鯨)が突如姿を現したかのような気配を感じている。
五月雨の雲が、いよいよ厚くなり、雷公が四股を踏んでいる音響がする。
そして、金白の閃条が、一、二度輝くと、
(あっ)
と、息を呑む。
黒雲が、白く染まった、その凄絶な雲間で、
ユウヨク(遊弋)するものがいる。
龍、
龍ではない。
人列。
異形のものどもが、列を成して。
(ひゃ、百鬼夜行)
この嵐の中を行く百鬼どもは、まるで、怪鳥のよう。
翼があり、
くちばし(嘴)も。
雲に消えた。
(な、な)
「どうしました」
世道が、車中から聞く。
刷雄は、車内を向いて、言った。
「霊威に当てられたな。あない(案内)が消えた。
ここからは、かち(徒歩)となるぞ」




