63.翡翠の瞳の新入隊員2
「どうして今なんですか!?しかもどうして私の隊に?七番隊は五人揃っていますよ!」
昨日のことだ。
団長室に呼ばれたアリスは、いつになく口調が荒くなっていた。
「なんだ、不満なのか?」
クロードは全く動じず、悪戯っぽく少女のような騎士に笑いかけた。
「新人を五人部隊に追加で入隊させて、しばらく経験を積ませるのなんてよくあることだろう。お前とシュカを最初に一番隊に配属したときだって、六人だったじゃないか」
「そ、それはそうですけど……!でもどうして敢えて七番隊なんですか」
「あの子は今は微力だが、お前と同じ貴重な治癒魔法の使い手だ。それにまだ発現していないが、操作魔法と変質魔法の魔法刻印を数多く獲得している。しかも上手くすれば『異能』が開花する可能性だってあるんだ。逆に言えば、七番隊以上に相応しい部隊はないだろう?」
「うっ……仮にそうだとしても……なんで“今”なんですか?明後日から作戦開始ですよ!いくら何でも、新人には荷が重すぎます」
それでもアリスは引き下がらない。
「分かっている。だが経験を積ませるには、実戦が一番なのはお前も良く分かっているだろ?それに今回お前たち七番隊は討伐隊には加えるが、全体指揮と後方支援がメインだ」
「それでも、敵地のすぐそばに行くんですよ?それに……彼女が超優秀というならまだ分かりますが、サラは……」
「なんだお前、サラが優秀じゃないって言いたいのか。当然だがちゃんと騎士試験は受かってる。……まあ、ちょっとギリギリではあったけどな。少なくとも別に裏口入団とかじゃないぞ」
クロードはしれっと言う。
その飄々とした態度に、アリスは却ってヒートアップしていく。
「当たり前です!……というか”ギリギリ”なのが問題なんです!しかもこの試験結果、『剣技』も『魔法実技』も合格基準以下、『座学』と『体術』もボーダーすれすれで、ほとんど『潜在可能性』だけでカバーしてなんとか及第点じゃないですか!『座学』と『潜在可能性』で目先の戦闘を乗り越えられないし、錬気も操れないあの子の筋力じゃ『体術』だって実戦では何の役にも立ちませんよ!?」
アリスは手にした書類をバサッとクロードの執務机に広げた。
書類には、騎士試験時のサラの得点が記載されている。
「だから、そこはお前たちがカバーするんじゃないか。そんなに心配か」
クロードは肩を竦めて言う。
「心配です!おれたちだって、万が一があれば死ぬかもしれないんですよ」
「……そう。その通りだ。万が一があれば、お前たちだって俺達だって死ぬかもしれん。でもそれが俺達〈星芒騎士〉ってもんだ。もしもの時、お前たちは死んでも良くて、サラだけはダメなのか?……あの子には、それだけの覚悟がないと思うのか?」
「それは……」
クロードがその透き通った碧眼で真っすぐにアリスを見る。
その口調は相変わらず優しかったが、先ほどまでの悪戯っぽい笑みは鳴りを潜めていた。
返す言葉が見つからず、アリスは言葉に詰まる。
「アリス」
それまで黙って二人を見ていたギルバートが口を開いた。
「心配なのはわかる。危険もないとは言えない。だが、騎士として国と民を守ると誓った以上、私達は誰もが強くならねばならん。魔物どもは——いやこの世界は、いつだって人がゆっくり育つのを決して待ってはくれない。そして、秘めた可能性を開花させるには、実戦を積ませるのが最も効率がいいのは事実だ」
そう言って、ギルバートはアリスが執務机に置いた書類を拾い上げ、もう一度アリスに手渡した。
「その点、サラは可能性の宝庫だ。潜在魔力も騎士団の中で、ルシアとリリィに次いで歴代三位。確かに今現在発現している魔法は少ないが、マナに刻まれた魔法刻印の数はリリィより多い」
「……それは認めます。ですが、いくら潜在魔力が高くても、習得している魔法が下位魔法だけなら実戦では意味がありません。魔法刻印の数も確かにすごいと思うけど、このうちいくつを生涯の中で実際に習得できるかも未知数ですし……」
アリスは受け取った書類に目を移しつつ、それでも不安感を払拭できないでいた。
「アリス、だからこその七番隊なんだよ」
クロードがいつになくゆっくりと、そしてはっきりと言った。
「魔法の発現条件についてはまだまだ未解明なところも多いが、同系統の魔法を習得している者の近くにいると、発現可能性が大幅に上がる。これだけはほぼ間違いない」
クロードの言葉に、ギルバートも無言で頷いた。
そして無言のままアリスを見る。
何も言わないが、その目が「わかるだろう?」と問いかけている。
アリスは小さくため息をついた。
そして観念したように頷く。
「……分かりました。やれるだけのことはやってみます」
それを聞いたギルバードも、微かに微笑んで頷いた。
「よーし、それでこそ〈星芒騎士団〉期待の星だ!正直、お前が最後まで拒否したら、あの子をどの隊に入れようか途方に暮れてたんだよ。……先に叙勲させちゃったからな!」
はっはっは、と笑って、クロードはまた悪戯っぽい笑みに戻った。
その隣でギルバートがまた溜め息をつく。
(……え、もしかしてやっぱり押し付けられただけ……!?)
アリスは早くも後悔し始めていた。
「先輩、どうしたんですか、ボーッとして。疲れてますか?」
「え?」
エイリークの声で、アリスは現実に引き戻される。
いつの間にかエイリークとジルがアリスの真横まで来ていた。
サラは、今度はローズとレイピアの訓練をしている。
ローズも相当手加減をしている様子だったが、それでもその舞うような軽やかな連撃にサラは後退をしながら防戦するのがやっとだ。
——と。
「あひゃっ!」
脚をもつれさせたサラが、短い悲鳴を上げて尻餅をつく。
実戦であれば、ここで間違いなく命を落としている。
「ホントに大丈夫か……」
思わずアリスは頭を抱えた。
「あんまり気負い過ぎるな。ローズもリリィも面倒見が良い。それに、俺達もいる」
アリスの肩に優しく手を置いて、ジルが笑った。
「ジルさんだけが頼りですよ……」
心細げにアリスも笑った。
「あのー。僕も一応、半年以上訓練生の指導官やってるんで。頼ってくださいよ?」
エイリークが反対側の肩に手を置いて、ちょっとだけ拗ねたように言う。
「そうだった。うん、頼りにしてる」
だが、それでもやはり不安は拭いきれない。
ふう、と深めの溜息をついてから、アリスは立ち上がる。
そして少女たちに声を掛けた。
「そろそろ、終わりにしよう。明日はいよいよグランディス地方へ出発だ」
アリス達の視線の先で、リリィが尻餅をついたままの後輩に手を差し伸べていた。




