64.大人たちの思惑
「……アリスのガキに隊長はまだ早えと思ってたが、さすがに新人ちゃんのお守りは早すぎるんじゃねえですかい?クロさん、ギルさん。しかも、大昔の妖魔の化物とドンパチやろうっていうこのタイミングにはさ」
「……聞いていたのか、ベルトラン」
亜麻色の髪をした少女のような少年騎士が、不満と不安の入り混じった顔で団長室から退室した直後。
空いたままの扉を今更ノックしてから、入り口に立ったまま煙草を咥える長身の男に、ギルバートは溜め息を吐いた。
「たまたまね」
そう言って入ってくるベルトランを、「禁煙だ」とギルバートが睨む。
ベルトランは「へいへい」と笑って懐から取り出した携帯灰皿に煙草を突っ込んだ。
相変わらず、随分とラフな格好。
鎧の類も身に着けていない。
「アリスにも言ったが、七番隊は今回、全体指揮と後方支援だ。サラにとっては絶好の機会でもある。……それになにより、時代は待ってはくれん」
「アリスもこの一か月で、大分隊長らしくなったらしいぜ。ジルの報告によるとな」
ギルバートの言葉に、クロードが補足する。
「その『保護者』がついてるから、何とかなってるだけじゃねえのかい?」
「なんだ、お前。もしかしてサラが欲しかったか?本当は、お前に任せても良かったんだぜ、ベルトラン。ちゃんと育ててくれるんならな」
クロードはニヤリと笑ってベルトランに視線を向ける。
「おほっ。可愛い女の子はいつでも大歓迎……なんだけど、ウチはすでに六人いるからなぁ」
「お前がサボってばかりだから、お前をカウント対象外にしても五人になるようにしているんだ」
ギルバードが呆れたように言う。
「うへっ、ギルさんひでえ。……まあ、否定できねえけども」
ベルトランはおどけたように肩を竦めてから、
「まあ、野郎ばっかりだからやる気でねえのよ。可愛い女の子入れてくれたら、育成も頑張っちゃう……って言いてえとこだが」
向かいのソファにドカッと座って、脚を組んだ。
「ウチのチームはバリバリの肉弾戦タイプだぜ。あの娘は思いっきり魔法士タイプっしょ。ロクに連携もとれねえし、残念だけど俺じゃ上手く育ててやれねえっすよ。ただ、俺んとこはともかく、七番隊よりクリスちゃんのところとかが良かったんじゃないっすか?」
「確かにサラには治癒魔法の素養もあるからな。それも考えたさ。けど六番隊は、クリスティーナとアイリス以外、治癒魔法特化になりつつあるしな」
クロードは執務机に肘をついて手を組み、顎を乗せた。
「サラの才能はどれが伸びるか分からん。治癒魔法の使い手はもちろん貴重だが、今は可能性を絞りたくないんだよ」
「欲張ったねえ」
ベルトランはへらへらと笑って、
「ま、俺も別にアリスのガキを評価してないわけじゃないんすけどね。特に個人の戦闘力に関しちゃ、悪くねえ」
「へえ。お前が“強さ”を褒めるとはな」
クロードは珍しいものを見たような表情をした。
「……それより、お前は何しに来たんだ、ベルトラン」
また煙草を咥えようとしたベルトランからそれを奪い、ギルバートが尋ねる。
「いや、特に何も。ただ……俺もあんたらも、してやられたねって愚痴を言いに来ただけっすよ」
「『守り手』と〈元老院〉のことか……」
ギルバートも渋い顔をする。
「まあ、業腹ではあるが、仕方がなかった……と言えなくもないだろう。何せ『完全封印』だからな。存在そのものを封印するために、記録も記憶も封印する。それはおれ達も例外じゃない。そのおかげで封印の力が絶大なものとなり、万が一にも復活することはない……筈だった」
「まんまと復活しちまったけどね」
クロードの言葉にベルトランが被せるように皮肉ると、団長は苦笑で応えた。
「ああ、そうだな……無理矢理封印を解く『呪い』をかけた輩のせいでな」
「そもそも、記録も記憶も封印するとか言って俺達の記憶だけ縛っておきながら、てめえらだけ知ってたってのが気に入らねえ。何が『完全封印』だかねえ。ただの秘密の独占じゃねえかい?今回だって、こうなっちまった以上、もっと早く白状して俺らに助けを求めてりゃあ、止められたんじゃないすかね」
ベルトランの口調はいつものように軽いが、いつになく苛立ちと嫌悪感が見え隠れしている。
「それは……同感だよ」
クロードは溜め息をついて肯定した。
「何にせよ、こうなってしまった以上、あの子たちに無理をしてもらうしかない」
ギルバートが静かな声で言う。
その声は穏やかでありながら、強い憤りを含んでいた。
「ああ、その通りだ。〈元老院〉から、何が何でも発動許可を取り付けないとな」
クロードもいつになく真面目な顔だ。
「……結局はイタイケな可愛い子ちゃんたちと、クソジジイども任せってわけね」
やってらんないわ、と首を振ってからベルトランは立ち上がる。
そして煙草を咥え、扉へ向かう。
「ベルトラン、非番の時以外は鎧を着ろ」
ギルバートは律儀にも、いつもと同じ忠告をする。
「だから、肩凝るんだってば。あんたらこそデスクワークばっかりなんだから、いい加減それ脱いだら?重いっしょ」
ギルバートは溜め息をついてから、また口を開く。
「何度も言っている。鎧が重いと感じるときは——」
「——“死ぬ時だ”。でしょ。わあってるって」
けれどベルトランはギルバートに最後まで言わせず、ひらひらと手を振った。
ギルバートは呆れたように首を振る。
「ベルトラン」
ふと、クロードがベルトランの背中に声を掛けた。
「へい?」
「分かっていると思うが、今回の相手は相当ヤバい。敵の居城が分かったら、その時はお前にも手伝ってもらうぞ」
ベルトランは「へいへーい」と振り返らずに答えてから、一瞬だけ足を止めた。
「……いいぜえ。今回の件は俺も結構、マジでムカついてるんでね」




