62.翡翠の瞳の新入隊員1
「よ、よろしくお願いしますっ……!」
明らかに緊張を纏った幼い少女の声。
「そんなに固くなんないでいいよ。あたしたち、別に後輩をいびったりしないからさ」
「サラちゃん、よろしくね!仲良くしようね」
「は、はいぃっ……あの、その、お、お手柔らかに……」
ここはアークトゥルス城前に作られた訓練場。
王宮に仕える騎士たちや兵士たちが、小規模の戦闘訓練を行う際に利用されている。
王都レグルスの遥か北東で巨大な瘴気の柱が数時間にもわたって吹き上がり、王国中の民が戦慄した日から、すでに二週間が経とうとしていた。
瘴気の放出元が、以前ルシアとともに、カレン率いる〈星芒騎士団〉五番隊が調査を行った『授魂の祭壇』があった遺跡であることは、宮廷魔導士たちの探知魔法によりすぐに判明していた。
直後に〈星芒騎士団〉団長のクロード自らが一番隊・二番隊・三番隊と兵五百を率いて討伐に向かったが、討伐隊が到着した時にはすでに遺跡は跡形もなくなっており、樹海の中心に半径数キロにも及ぶ大穴が空いているのみだった。
ルシアの魔眼の能力の一つ『過去視』により、大穴の中心で一体の人型の“何か”が、数体の妖魔と思しき者どもに仰々しく迎えられ、『授魂の祭壇』よりさらに北東へと移動したことまでは確認できていた。
この得体の知れない人型の“何か”が最も危険な妖魔であることは、もはや疑いようがない。
しかし、その後の魔力の痕跡は完全に断たれ、探知魔法を専門とする宮廷魔導士たちが総出で調査を続けていたが、正確な足取りはつかめていなかった——のだが、一昨日、ついに妖魔たちの大まかな潜伏先が判明した。
——グランディス地方。
ナディアの最北東に位置し、かつてナディア王国建国前には『大地の民』が国家を形成していた広大な地域である。
現在でも『大地の民』が多く住み、ナディア王国内では唯一の『公国』として国に準ずる自治が認められている。
このグランディス公国の首都アーセラ近くでは、妖魔の王の復活の前から、頻繁に妖魔の目撃例が報告されるようになっていたが、先日のアーセラ兵団による重点調査の結果、妖魔が集団発生する地域が判明した。
この報告を受けて、【賢者】ランフィスは、宮廷魔導士たちの総力を上げてその地区の解析を行い、一昨日、ようやく【妖魔皇帝】がこの地域に潜んでいると断定するに至ったという訳だ。
「よりによって、こんなタイミングで……」
アリスは三人の少女から少し離れたところで、ひとり小さくため息を吐いた。
その表情は硬く、不安の色が濃い。
彼の視線の先には、ローズとリリィ、そしてもう一人の少女。
ローズたちと同じ、白色の部分鎧を身に纏っている。
翡翠のような深い緑色の大きな瞳に、リリィよりもう少し短く切りそろえたダークブラウンのショートヘア。
身長はローズよりは大分低く、リリィよりは少しだけ高い。
アリスとリリィのちょうど中間といったところだ。
ローズとリリィに稽古をつけてもらいながらレイピアの戦闘訓練をしているが、緊張もあってか、どうにも動きがぎこちない。
額の中央あたりで切りそろえられた前髪の下に見える肌には、玉のような汗が浮かんでいる。
この少女の名はサラという。
今月十五歳になったばかりだが、〈星芒騎士〉として正式に叙勲を受け、今日から入団となっていた。
十五歳……の筈だが、整った顔立ちにはまだ多分にあどけなさが残り、年齢以上に幼く見える。
(どう見ても、まだ子どもじゃないか……)
自分の外見的特徴を思いっきり棚に上げて、アリスは内心で呟いていた。
でも、そんなことよりもっと心配なことがある。
ナディア王国では、〈王国騎士〉も〈星芒騎士〉も〈近衛騎士〉も、その他の下級騎士も、制度上は最短で十五歳から叙勲を受けられるとは言え、現実的には十五歳で入団できるのはごくごくわずか。
つまりほんの一握りの優秀な人材のみだ。
——そのはずなのだが……
「……ほんとに大丈夫か?」
彼の視線の先では、リリィを相手にサラが必死でレイピアを繰り出している。
しかし、その技量はお世辞にも一流とは言い難い。
リリィもレイピアの扱いに限って言えば、〈星芒騎士〉の中でも得意なほうではないのだが、それでも相当手加減しているのが見て取れる。
アリスは我知らず天を仰ぎ、昨日の出来事を思い出していた。
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いよいよ第三部も終章スタートです。
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終章はあと少しだけ続きます。
アリスの七番隊に、新メンバー・サラが加入。
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