6.試合の後で
時はさらにもう少し遡る。
午後五時。
闘技場でアリスが嵐の聖霊ウガルルムに勝利してから二時間が経とうとしていた。
「そろそろミレイユの治療も終わったころかしら」
白金等級冒険者パーティ〈血塗られた聖者たち〉のモニカは、誰もいない部屋でひとり呟いた。
モニカが召喚したウガルルムとの最終戦では辛くも勝利を掴み取ったものの、アリスは自分の使った魔法で大火傷を負うこととなった。
普通なら試合で負傷した者は医務室に運ばれ、ギルドの医療班が即座に治療にあたるが、今回は〈血塗られた聖者たち〉のミレイユが直々に彼の治療を買って出た。
ギルドの医療班には多くの実力者が所属しているとは言え、白金等級の治癒士であるミレイユの右に出る者はいない。
だから彼女に任せておけば何も心配はない。
しかし、ミレイユは医務室では治療を行わない。
何故なら、彼女が治癒士であることは公知だが、『代償』として常に『呪い』が発動することは一部の者しか知らないからだ。
そのため、治療はアリスたち選手の控室で行われている。
アリスの火傷は彼自身が行使した魔法の余波が原因とは言え、対戦相手は自分だ。
当初モニカは今回の治療の『代償』を自ら引き受けるつもりでいた。
しかし、ミレイユに引きずられて来たガンドルが「なんでモニカじゃないんだあ」と言いつつも心なしか嬉しそうだったので、モニカはとりあえず試しに「ごめんね、ありがとう」とその手を握ってみた。
すると彼は「ムフフ……しょ、しょうがないのう」と鼻の下を伸ばしてその気になったので、モニカは男気のあるドワーフのせっかくの好意に甘えることにしたのだ。
「……さて。私もお見舞いがてら、お話をしにいきますか」
そう言って、モニカは椅子から立ち上がった。
試合開始前にミレイユの話だけして自分のことを語らなかったので、いい試合ではあったものの、彼女も何となく不完全燃焼だった。
それに、勝手に自分が提案したことではあるが、アリスが勝ったら何でも答えてあげると約束したわけだし。
モニカは椅子を背に、扉に向かう。と——
「あ、いたいた!モニカさーん」
この広い部屋には扉が二つある。
モニカが向かったものとは反対側の扉が勢いよく開かれ、緑色の髪の若い女が顔を出す。
「もう。ライラちゃん、ノックくらいしてよ。私が裸だったらどうするの」
「は、裸っ!?いやここモニカさんの私室じゃなくて、VIPの控室ですけど!?……まあ、そんなラッキー、女の私でも鼻血ブー確定ですけど、何か!?」
「私、ひとりのときは基本、裸なの」
「えええ!!ま、マジっすか!!?」
「嘘よ」
「なんでそんな嘘つくんすかっ!!?」
「何となくよ」
「何となくで嘘つかんでください!」
「裸じゃなくても、私がすっぴんだったらどうするの」
「いやだからここはモニカさんの私室じゃなくて……てかモニカさん、化粧してたんですか?」
「そりゃするわよ、オトナだもの。実は私、結構厚化粧なのよ」
「ええ!マジっすか?見えねぇっ!」
「本当の肌の色が分からなくなっちゃうくらいよ」
「嘘でしょ!?」
「嘘かもね」
「だからなんでそんな嘘つくんですかぁ!!?」
「何となくよ」
「あれ?これデジャヴ!?」
「……嘘の中にちょっとだけホントのことを混ぜるのが、オトナの女よ」
「ちょ、ちょっとのホントって、ま、ま、まさか……は、裸!?」
「ふふふ、どうかしら」
モニカは妖艶に笑った。
「……ライラちゃんのご想像にお任せするわ」
「お願い、神さまっ!!」
緑の髪の秘書——ライラはとにかく元気で騒がしい。
モニカは彼女をからかうのが好きだ。
ギルドにいるときはほぼ日課になっていると言っても良い。
でも、今は生憎と行くところがある。
「ライラちゃん。ごめんね、もっとお話してあげたかったんだけど、今日はちょっと用事があるの」
「いやいやいや、申し訳ないんですけど!!そういう訳に行かないんです!ギルマスがモニカさんを呼んで来いって」
だが、ライラはぶんぶんと首を振った。
「バッガスさんが?私を?何かしら」
モニカが首を傾げると、
「なんか、調査部が?ついさっき北の方で?おかしな魔力を感知したとかで?モニカさんにすぐ来てほしいって……?」
何故かライラも疑問形だ。
「私、調査とか解析とかは専門じゃないのだけれど」
「でもなんか、私もよくわかんないんですけど!ただの魔力じゃなくて『呪い』の一種とからしくて!それも超強力なやつだとかで!?きっとモニカさんは興味があるだろうから、とりあえず今すぐ呼んで来いって、ギルマスが」
「——『呪い』?」
「だそうです!私、これからガンドルさんも呼びに行かなきゃいけないんですよ~……ギルマス、人使い荒くないですかぁ?」
「……そう、分かったわ、ありがとう。なら、今行くわね」
不満そうに口を膨らませる緑の髪の女に微笑んで礼を述べると、モニカは今ライラが入ってきた扉へと向かう。
「じゃあ、悪いけどガンドルはお願いね、ライラちゃん。彼なら今、アリス君たちの部屋にいるはずよ」
「え?アリスさん達の部屋?」
「そうよ。ちなみに彼たぶん、半分死んでると思うから、優しくしてあげてね」
「どゆこと!?」
「行けばわかるわ」




