5.暗殺計画も止まらない
時は少し遡る。
〈星芒騎士団〉七番隊がコロッセオで激戦を繰り広げた日の夜。
「皇子め、ここに来てもはややりたい放題だな。籠の中の鳥が、籠から出た途端調子に乗りおって……これで皇女もサンダリアン市内での暗殺は事実上不可能になったわけだ」
〈燕〉が忌々し気に言った。
「何も問題はない。いやむしろ兄と同様、好都合ではないか。兄妹ともども、無知蒙昧な皇子のわがままで進路を変えた結果、魔物が巣食う蛮族どもの国で不幸に見舞われたとして、一体誰が我らに疑念の目を向けよう?」
対して〈梟〉は随分と落ち着いている。
「……疑われずとも殿下を守り切れなかった我らも非難を免れぬがな」
「何を今さら。それは市内で狂人に暗殺されようが『闇の大地』で魔物に喰われようが、大して変わらん。我らの最大の目的はあくまで不穏分子に消えていただくこと。そのために必要な汚名なら甘んじて受け入れる。まさか今更、忘れたと言うのではあるまいな」
尚も不機嫌な〈燕〉に、挑発するような発言を投げかけるのは、〈鴉〉だ。
「そんなことは分かっている。私を愚弄するな」
「ふん、なら良い。……まあ、なに、心配するな。穢れた半妖女の息子など、一部の下賤な貧民どもの支持を受けているに過ぎん。奴さえ亡き者となれば、残るはただの烏合の衆よ。我らの名誉も傷つかん」
〈鴉〉は闇の中でニヤリと笑う。
「それでもそれを不名誉と言うのなら、その汚名も蛮族どもにかぶってもらえばよいではないか」
〈梟〉は相変わらず余裕の表情だ。
「我らが祖国を妬むナディアの騎士どもが言葉巧みに愚かな皇子殿下をたぶらかし、闇の大地に連れ出して暗殺を企てた……なんていうのはどうだ」
「そ、そんな作り話はすぐにバレないでしょうか……」
〈鳩〉が不安げな声で意見を述べると、
「死人に真実を語る口はない」
〈梟〉はピシャリと言い放った。
「……そして我らはなんとか暗殺者どもを返り討ちにするものの、時すでに遅し……と言うわけですかな?さすがにそれはちと欲張り過ぎではありませぬか。三番隊と七番隊が護衛に選ばれたのは、我らの意向を踏まえて直前に決まったことですぞ」
〈燕〉の声には皮肉の色が混じっている。
「ふん、所詮この国はかつては我らが祖国の属国だ。逆恨みをするような者がいくらいてもおかしくないだろう」
〈梟〉は面倒くさそうに答えた。
『……それはどうでしょうな』
その時、魔水晶の向こう側から声が割り込んできた。
「なに?」
〈梟〉が冷たい目で魔水晶を睨む。
『一応あれでも、ナディアでは国中の期待を背負うエリートですからな。〈星芒騎士〉からテロリストなど、そう何度も出るものではありませんよ』
魔水晶の向こうでそう言ったのは、〈幻霊〉。
「どの口が言っている」
〈梟〉は吐き捨てるように言った。
『……まあ、その辺にしたまえ。確かに罪も闇もすべて彼等に被ってもらったうえで、国民の敵対感情まで煽れるのなら言うことはないがな。そう何もかも上手くいくとも限らん』
険悪な空気を切り裂いたのは、〈幻霊〉と同じく魔水晶の向こう側にいる〈黒鳥〉だ。
『後のことは、状況に応じて臨機応変に対応すれば良い。今は何より、当初の目的を果たすこと。貴公らはこれだけに専念せよ』
『御意』
〈梟〉、〈鴉〉、〈燕〉、〈鳩〉が同時に応じる。
〈黒鳥〉は満足そうに頷いた。
『祖国のため敢えて自らの手を汚す道を選んだ誇り高き同志たちを、悪いようにはせんと私が約束しよう。……それにまあ、責任は指揮官が取るものだ』
「して、コマンダー・スワン。大分計画を狂わされましたが、アレの使いどころは予定通りでよろしいか?」
〈鴉〉が魔水晶に問う。
『ああ、構わん。奴等は皇子殿下のほうに使え』
「そ、それでは姫殿下のほうはどうするのですか?あの七番隊、とんでもない強さですよ?昨日の闘技場での試合をご覧になったでしょう。それに、あの方だって……」
「確かにな。……何せあの馬鹿もいる。万一総力戦になれば多少手こずるぞ?」
〈黒鳥〉の言葉に、〈鳩〉と〈燕〉が疑問を口にする。
『お二人のおっしゃることはごもっともですな。確かに腐っても〈星芒騎士〉。一人ひとりがトロール相手にも引けを取りません……が、なに、ご心配には及ばないでしょう』
〈黒鳥〉より先に答えたのは〈幻霊〉だった。
『何せ今の七番隊などは、所詮はケツの青いガキの集まりですからな。ジルと言う緑の髪の男以外、人間を相手にしたことはほとんどない』
「……ハッ、軍人の分際で人を殺したこともないのか。それは話にならんな」
〈梟〉が鼻で嗤う。
『ふむ。なれば皇女殿下のほうは、サンダリアンの工作員を使うのが良かろう』
〈黒鳥〉が口を開いた。
『市内での実行が頓挫した今、彼等をいつまでもあの街に置いておく必要はないからな。野盗でも山賊でも装えばいい。数が足りぬ分は、金で買った“本物”を使うのも良いだろう』
「その通りですな。——決行は『闇の大地』。襲撃犯はあくまで卑しい盗賊ども。腕に覚えのある護衛がいたとて、物量で囲んで磨り潰せばよいだけだ。お前たちは最後の締め括りを仕損じなければそれで良い」
〈黒鳥〉の言葉を引き継いで、〈梟〉がこともなげに言う。
「し、しかし、サンダリアン内で使える工作員はせいぜい十人足らずです。本物の野盗など、今から明後日までに何人集められるか……」
だが、〈鳩〉の不安はまだ解消していない様子だ。
「チッ、貴公は相変わらず頭の鈍い男だな。無法者などそこら中に掃いて捨てるほどいるだろうが」
それに対し、〈鴉〉は苛立ちを露わにした。
『……なるほど、確かに〈鴉〉殿のおっしゃる通り、候補はいくらでもあるでしょうがな。使い捨ての兵隊が入用なら、闇雲に探すよりサンダリアンの地下街に行くのがよろしいかと』
そう言ったのは〈幻霊〉。
『何かアテがあるのかね、〈幻霊〉?』
〈黒鳥〉が、先を促すと、〈幻霊〉はゆっくりと頷いた。
『ええ、残党の残党ですがね、ちょうどいいでしょう。地下街に彼らの仲介人がいましてな。私の名を出せば、繋いてもらえるはず。今や思想すら失いただの人殺しになり下がったかつての反乱軍——〈漆黒の牙〉にね』




