56.問題のある師弟
「ガアアアアアアアアッ!!?」
咆哮のような悲鳴が木霊す。
だが、それで終わりではなかった。
間髪入れずに、近くに居た狼面鬼たち、黒妖犬たちが同様に次々と血をまき散らしていく。
そして先刻と同様、遅れて輝く、赤い幾筋もの閃光。
「え!うそ!?何、何!?」
「何がどうなってやがんだよ、オイ!?」
セラフィナとジェイク驚愕の声が重なる。
「——チッ」
一人、ディートクリフだけが忌々しそうに舌打ちをした。
時間にして、およそ五秒。
たった五秒の間に、七体の妖魔と六体の妖魔獣の全てが、破損だらけの石畳の上に転がった。
即死した者がおよそ半分、残りも立ち上がれないほどの重傷だ。
圧倒的な戦闘力と脅威度を誇る『貴族種』すらも例外ではない。
「——よぉ、ガキども。まだ生きてっか?」
いつの間にか、貴族種の前に男の姿があった。
だらしなく前のはだけたシャツ、その上に纏った白い部分板金鎧。
手には長槍。
——その色は、真紅。
カールがかかった茶色の髪に、無精髭を生やしたその男は、戦場だと言うのに煙草を咥えている。
「誰だよあのオッサン?てか、これ全部、あいつがやったのか……?」
ジェイクが放心した顔で呟く。
「赤い槍と煙草に、チャラい見た目……ねえ、ディートくん、もしかしてあの人って」
「……そうだ」
セラフィナの疑問に、ディートクリフが答えた。
心なしか、不満げな響きが混じっている。
「アレが……【残光】のベルトラン、だ」
「おいおい、師匠に向かって呼び捨てはねえだろ、馬鹿弟子」
耳がいいのか、赤い槍の男が後頭部をぼりぼりと掻きながらディートクリフを睨む。
「今は任務中だから師弟ではない。ただの上官と部下の関係だ。だから問題ない」
ディートクリフは涼しい顔で答える。
「ん?ああ、そうか。そういやそうだね。じゃあ呼び捨てでもいいか……って言うと思うかクソガキ、コラ!部下ならちったぁ部下らしく振る舞え。つーかまず俺を隊長と呼べ隊長と。テメエは礼儀と敬語をお袋さんの腹ン中に置き忘れてきたんじゃねえのか」
「仕方ないだろう。上官兼師匠がコレなもんでな」
「コレってなんだ、このクソガキが。……ったく、やんなっちゃうね、反抗期の小僧はよ。——ねえ、そう思うだろ?可愛いお嬢ちゃん?」
男はやれやれと大袈裟に肩を竦め、セラフィナを見てウィンクを送る。
「はあ」
セラフィナは曖昧に笑った。
「なあおい、”【残光】のベルトラン”ってのは、さすがにオレだって聞いたことあるけどよ。でも、ディートクリフとどういう関係なわけ?」
隣のジェイクがセラフィナに小声で尋ねる。
「ベルトラン隊長って二番隊でしょ。だからディートくんの直属の上官だよ。あと、私も良く知らないけど、槍術の師匠でもあるみたい」
「マジ?随分態度の悪ぃ弟子だなオイ」
「あんたが言うそれ?……まあ、そこは私も同感だけどさ」
「そういやあいつって、誰に対しても態度デカいよな。さっきも副団長のオッサンにもタメ口だったし」
「否定しないけど、だからあんたが言うなってば」
ジェイクとセラフィナがコソコソとやりあっているうちに、赤槍の男——二番隊隊長のベルトランは地面でのたうつ妖魔たちを無視して、つかつかと歩み寄ってくる。
「今日もサボりじゃなかったのか。アンタが来るなんてどういう風の吹き回しだ」
「可愛くないねえ。俺だってたまには仕事すんだよ。……てかお前、いつになく機嫌悪いな。なんだ、もしかして獲物を横取りしちまったか?」
ベルトランが振り返り、足下に転がる犬面鬼将を指差す。
貴族種は背を斜めにざっくりと切り裂かれた上に左腕の肩から先、右脚の脛から先を失っていたが、まだ息はあるようだった。
黄色く濁った眼を見開き、こちらを凝視している。
「別に大したことなかったぜ。ちょっとデカいだけで、他の狼面鬼と大して変わらねえ」
「チッ、そんなわけあるか。スコアで言えば最低でも狼面鬼の五十倍以上だ。それを一撃とは……バケモノめ」
流石に少しだけ気を遣ったつもりか、ディートクリフも最後の一言だけは小声になるが、
「聞こえてるぞコラ」
やはり、耳が良いらしい。
ベルトランは煙草の煙とともに溜め息を吐き出してから、
「……で、どうするかね。コレ」
真紅の長槍の穂先を、半身を起こしてこちらを睨みつける貴族種の喉元にピタリと突き付けた。
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第六章はこのエピソードで終わりです。次回から、第七章『そして『扉』は開く』をスタートします。
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