55.魔女からの緊急回線
「はあ、はあ……!」
小雨降る曇天の下。
露を纏ってなお艶やかに輝くブロンドの髪をした彼女の息遣いも、雨音にかき消されていく。
キィィィン、キィィィン——
と、右の耳飾りの赤い石が甲高い音を立て、着信を伝える。
「はぁ、はぁ……どうしたの、ルシアちゃん?」
『緊急回線とは……何かあったか、ルシア?』
クリスティーナが息を整えて応答すると、ほぼ同時に魔石からルシアではなくカレンの声が聞こえた。
『カレン、クリスティーナ!聞こえる!?』
次いで、ルシアの声。いつになく切迫した響きを含んでいる。
「はあ、はあ……聞こえてるよー、はあ……、ルシアちゃんが、そんなに慌てるなんて、はぁ……どうしたの?」
『ん?クリスティーナも繋がっているのか。数百の犬面鬼の軍勢に襲撃されていると言うのは本当なのか?』
「あ、カレンちゃん!そうなのー本当なのー……はあ」
『そうか、にわかには信じ難いが……それにしてもお前は随分息が切れているな、それほどの相手か?数が多いとは言え、妖魔だろう?』
「たった今、犬面鬼の貴族種と【慟哭の悪魔】をやっつけたところで……ちょっと限界なのー……」
『妖魔の貴族種に”三大悪魔”だと!またか!?』
『ごめん!二人とも、その話は後で!私の話を聞いて!』
クリスティーナとカレンの会話に、いつになく余裕のない声でルシアが割って入る。
「あらあらごめーん、ルシアちゃん。ランフィス様に呼ばれたって聞いたけど、今どこに居るのー?」
『〈元老院〉よ!』
『〈元老院〉だと!?なんでまたそんなところに……』
「……もしかして……朝の会議でルシアちゃんが話してた気味の悪い『呪い』っていうのとと、何か関係あるのかしらー……?」
『そうよ!』
そこでルシアの声は一旦途切れ、一拍の後、もう一度その鈴の音のような美しい声が、不穏な真実を語り出した。
『時間がないからよく聞いて。二人とも、今どこに居る?——このままだと、何万人もの人が死ぬわ......!』
Ψ
「今回は結構楽に金儲けできると思ってたのによぉ。……コッチの魔法は効かねえわ、アッチは魔法使うわ……そんなコボルド、聞いたことねえんだけど」
ジェイクは油断なく小短剣と拳銃を構えたまま悪態を吐いた。
「馬鹿。アンタの目は節穴なの、ジェイク?」
「あぁ?」
「さっきのはヤツ自身が魔法を使ったわけじゃない。……魔法石だ」
ディートクリフが振り返らず端的に告げると、
「そんなことも分からなかったの?自分も魔法石を使うクセに」
セラフィナが呆れた視線をジェイクに送る。
「はぁ!?魔法石ぃ!?冗談だろ!?魔法を使う邪霊師なら、ゴブリンの中にときどきいるけどよ……妖魔が人間様の魔法石使うなんて、もっとありえねえだろ!」
「知らないわよ、そんなこと。でもアレが魔法石なのは間違いないから。人を襲って偶然奪ったんじゃないの」
「仮にそうだとしたって、妖魔に発動の仕方なんて分かるわけねえし、そもそも鑑定できなきゃ何の魔法が封印されているかだって分かんねえだろうがよ!?」
「だから、知らないって言ってるじゃんよ。私に聞くな、馬鹿」
「……詳しいことは奴に吐かせればいい。お前たちが闘ったゴブリンの貴族種は、人語を操れたんだろう?」
ディートクリフは、ブン、と無造作に長槍を振るう。
穂先の刃がブゥゥンと微かな音を立てて、眩い光を纏い始めた。
「ということは、貴様も喋れるんじゃないのか?犬の面汚し」
そしてその輝く切っ先をピタリと敵将に向ける。
一拍の後。
犬面鬼将は、ニタァと笑った。
「……穢レナキ光ノ娘ノ子ラ……穢レタ血ヲ分カツ子ラ……」
確かに人間の言葉で、意味の分からないことを言う。
「……一匹、虫ガ混ジッタヨウダガ……」
そして唸り声のような悍ましい声で笑いだす。
「良く分かった。……人の言葉を話せたところで、イカレた頭ではまともな会話にはならんということがな」
ディートクリフが冷たく言い放つ。
「せめてもの情けだ。さっさと殺してやろう」
最上位種としての余裕だろうか。
それを聞いた敵将は、何故か勝ち誇ったようにほくそ笑む。
「ふん」
長槍を両手で構え、地を這うかのように腰を低く深く落とし、ディートクリフはそして大地を蹴——
ブシュァァアッ——!!!!
今まさにディートクリフが電光石火の突撃を仕掛けようとした次の瞬間。
唐突に犬面鬼将がどす黒い血を噴水のように巻き上げた。
遅れて迸る、稲妻のような赤い閃光。




