53.古代遺跡と呪いの祭壇
「なにあれ……何かの遺跡?」
馬の速度を維持しつつ、セラフィナが怪訝そうな声を出した。
「神殿か何かの跡、のようだな」
ディートクリフも頷いた。
もともとは屋根があったであろうその廃墟は、今や石造りの広大な床と、崩れかけた巨大な柱や壁が所々に残るのみだ。
その荒廃具合から見ても、人々から打ち捨てられ忘れ去られてから、何百年と経過しているのは間違いなさそうだ。
「何のために作られたか分からねえ大昔の遺跡なんて、大陸中にいくらでもある。今さら別に珍しくもねーだろ」
ジェイクはディートクリフが駆る馬の上で器用に肩を竦めた。
「やつら、遺跡の中に入っていくぞ」
前を行くサリフの言葉の通り、妖魔たちは躊躇う素振りも見せず真っすぐに巨大な遺跡の中央に向かっていく。
「本部へ連絡。状況を報告しつつ、このまま後を追う」
「了解!」
ディートクリフの決定に〈星芒騎士〉の一人が即座に反応し、腰の袋から魔水晶をとり出し起動する。
だが数秒と経たず、
「副隊長、通信が繋がらん!」
「どういうことだ?」
「分からん!魔水晶は起動してるのに、魔導回線にアクセスができないんだ」
「サリフ隊長、こっちもです!原因は不明!」
同様に魔水晶での通信を試みた魔導機動隊の一人、緑色の髪の青年が声を張り上げる。
「……『遠見の魔水晶』って、いっつも肝心な時に使えねえのな。また向こうの水晶がぶっ壊れてるってオチじゃねえの?」
「発信先の水晶の数は十以上だ。その可能性は限りなく低い。それにそもそも回線にアクセスすらできないなら、それ以前の問題だ」
ジェイクのあきれ顔の問いにディートクリフは無表情のまま答えた。
「いずれにせよ本隊と通信できないのは変わらんな。どうする、ディートクリフ殿?」
サリフがディートクリフの横に馬を並べて並走しながら指示を仰ぐ。
「……ここでやつらを逃がす訳にはいかない。追跡を続行する」
「了解だ」
〈烈火の組〉の隊長が頷く。
「どっちにしろ、もう追いつくよ!」
先頭を行くセティーが振り返って叫んだ。
すでに妖魔たちとの距離はおよそ五十メートル。
犬面鬼たちは沼地から遺跡の石畳に昇り、その中央付近まで進む——と、中央の祭壇のような建造物の前で不意に黒妖犬を止め、次々に石畳に降り立つと、片刃剣や戦斧を手にこちらを振り返った。
「……ほう、どうやらあそこで我々を迎え撃つ気のようだな」
「ようやく観念したか」
前を行く〈星芒騎士〉たちが、手にした槍を握り直し、騎乗したまま臨戦態勢を取った。
そのまま、速度をわずかに落としつつ、沼地から遺跡の石づくりの床へと馬を進める。
セラフィナとディートクリフもそれに追いつき、同じように遺跡に進入する。
「気を付けたほうがいい。罠かもしれん」
「分かっている」
サリフの言葉にディートクリフは小さく頷いた。
「?」
巨大な石の柱の前を通過する際、一瞬セラフィナの目に、既視感のある象徴が映った。
「……蜘蛛?」
「余所見をするな、セラフィナ。相手は貴族種、犬面鬼将だ」
サリフがセラフィナの注意を引き戻す。
「あ……、はい!」
セラフィナもそれに応じて一瞬頭をよぎった疑念を振り払う。
腰から短杖を外し、右手でぎゅっと握りしめた。
「柱が邪魔だな。こちらも下馬して戦う。総員、戦闘準備」
『了解』
ディートクリフの呼びかけに〈星芒騎士〉たち、魔導機動隊の魔導士たちが次々に馬から飛び降りる。
犬面鬼との距離、およそ二十メートル。
「犬面鬼将が一、狼面鬼が六、黒妖犬七!総合戦闘力は……六百以上だ」
〈星芒騎士〉の一人が振り返って淡々と告げる。
「スコアの大半が犬面鬼将単体の戦力だな」
ディートクリフは下馬すると、背の長槍を手にした。
「どうせ貴族種の戦闘力なんて、ふわっとした予測値でしょ」
セラフィナも馬を下りて、ディートクリフの横に立つ。
「小鬼将の時と違ってあっちはヤバそうなの一匹だけだし、この数なら楽勝だな」
セラフィナの隣に立つと、ジェイクは左手に小短剣を持ち、右手を腰のホルスターに伸ばした。
「こっちは〈星芒騎士〉と魔導士が五人ずつ、ついでにチンピラのオマケつきだからね」
「誰がチンピラだ」
「君たち何言ってるんだ、相手は貴族種だぞ!?気を抜くと死ぬぞ……!」
緊張感のないジェイクとセラフィナの会話に、薄茶の髪の気の弱そうな魔導士が焦った声で警告する。
「セラフィナ、それに少年。コレットの言う通りだ。決して油断していい相手ではない。それにまだやつらの意図もイマイチ分からないしな」
サリフも落ち着いた声でジェイクとセラフィナを窘めた。
「犬面鬼将は二番隊がやる。〈烈火の組〉とジェイクは他の狼面鬼と黒妖犬の殲滅を頼む」
静かに告げるディートクリフの長槍が、瞬く間に光を纏っていく。
「冗談!私もボスをやるからね」
「お前と違って、オレたちの方が貴族種殺しの経験じゃ上だぜ?」
セラフィナとジェイクが即座に異を唱える。
「……好きにしろ」
ディートクリフは命令に従わない二人を特に咎めるでもなく、あっさりと承認した。
「奴らを倒せれば何でもいい。だが自分の身は自分で守れ。死んでも俺は知らん」
敵の数は七体、いや主がいなくてもなお『光に祝福されし子ら』に強い殺戮衝動を持つ黒妖犬も含めれば合計十四体。だが危険度は貴族種一体に比べれば、残りの十三体など脅威にもならない。
「ご心配なく。ディートくんに言われるまでもないよ」
「こちとらいつでも自分の命が最優先だぜ」
セラフィナとジェイクの声が重なった。




