51.【慟哭の悪魔】
「二番隊と〈烈火の組〉は逃げた貴族種の討伐に向かう!総員続け!」
ディートクリフの号令に応じ、交戦中だった〈星芒騎士団〉二番隊と魔導機動隊〈烈火の組〉が即座に戦線から離脱する。
「よーし、オレの足の速さの見せ所だな」
ジェイクが屈伸をしながら言う。
だが、そのジェイクの襟を、おもむろにディートクリフが馬上から掴んだ。
「阿呆が。時間がないんだ、しっかりつかまっていろ。落ちても放っておくからな」
ディートクリフは片手だけでジェイクをひょいと持ち上げると、そのまま自分の後ろに座らせた。
そして馬の腹に蹴りを入れる。
「え、乗せてもらえんの?ラッキー!」
一瞬で器用にバランスを取りディートクリフの背にしっかり捕まると、ジェイクははしゃいだ声を出した。
「こいつ、本気で走ってついてくる気だったの……」
呆れながらセラフィナもディートクリフの後を追って馬を走らせる。
二番隊の四名と〈烈火の組〉の魔導士四名もそれに続く。
混戦地帯を迂回して逃げた貴族種を追う傍ら、別の貴族種と対峙していたクリスティーナとセラフィナの目が合った。
「クリスティーナ隊長!私たち、なんかボスっぽいの見つけたから仕留めてきますね!光ってるやつ!」
遥か先のクリスティーナに向かって、セラフィナが叫ぶ。
「あ、フィナちゃん!……え、光?ちょっと待って、嫌な感じが——!」
クリスティーナが呼び止めようとするが、その声は二人の視線を遮るように乱入した貴族種の唸り声にかき消された。
クリスティーナと彼女が率いる魔導機動隊を取り囲む妖魔はおよそ二十。
貴族種一、あとは全てが狼面鬼だ。
「私、ちょっと急いでるのだけどー……」
小さくため息をついて、マリアンナは細剣を鞘から引き抜く。
「あなたたちじゃ、私の相手にはならないわよー?」
黒い軍服を纏った魔導士たちも武器を構える。
周りにいた兵たちも同様に得物を握り直し、臨戦態勢を取った。
「——クリスティーナ隊長!あれ!」
唐突に魔導機動隊の一人が叫ぶ。
クリスティーナの前方およそ百メートル。
それは何の前触れもなく、突然出現した。
妖魔と兵が入り乱れる凄惨な戦場においてなお、圧倒的な存在感を放つ巨大な黒い影。
「ま、魔族っ!!上位魔族だあっ!」
兵士の悲鳴が平野に木霊する。
それは全長五メートルはあろうかという巨体だが、一見するとその姿はまるで人間の赤ん坊のようだった。
が、どす黒い肌はぶよぶよと醜く爛れ、肥大した巨大な顔面は明らかに半分腐っている。そのずんぐりとした身体からは耐えがたい臭気を放っていた。
本来なら目があるべき場所は暗い空洞になっていて、代わりに全身の至る所に人間の口のようなものがある。
そしてそのどれもが、汚らしい液体を垂らしていた。
「【慟哭の悪魔】……!」
クリスティーナが悍ましい異形の怪物を見据えて呟く。
「ありゃあ、”三大悪魔”の一柱じゃねえか!最高位の魔族が、なんだって今こんなところに……一体、何がどうなってやがる!」
執拗に襲い来る貴族種や狼面鬼たちに行く手を阻まれ、クリスティーナ達と合流できないまま、バーゼルは忌々しそうに吐き捨てた。
『——あああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああっ!!!』
悪魔の全ての口から身の毛もよだつ絶叫が発せられる。
思わず耳を覆いたくなるような、痛ましく悍ましい不協和音だ。
直後、悪魔の巨大な口から暗く輝く魔弾が、兵たちに向かって凄まじい速度で放たれる。
「うわああああっ!!?」
兵たちの悲鳴が重なる。
——キイィィィン!!
直径二メートルはあろうかという強大な魔力の塊が兵たちを飲み込む直前、光が一閃した。
爆音とともに邪悪な魔力が一瞬で霧散する。
「せ、【聖女】……!!」
死を覚悟した兵たちが驚愕の表情を浮かべるその前には、いつの間にかクリスティーナが立っていた。彼女が手にする抜き身の細剣の刀身は強烈な輝きを放っている。
「皆さんは貴族種と狼面鬼をお願いしますー。大丈夫、そっちの援護もちゃんとしますからー」
振り返って魔導士たち、兵たちに指示をしてから、クリスティーナは眼前の醜悪な魔族に視線を戻した。
その紅水晶の瞳には微かな焦りの色が滲んでいる。
「ルシアちゃんの話だと、これで三体目……!大人しく道を開けてくれる訳は……ないわよねー……」
クリスティーナは小さなため息をついた。




