50.コボルドの総大将
「——おい、気ぃ抜くのはちょっとばかし早いぜ!こっちにもまた来やがる!」
ジェイクの鋭い声が飛んだ。
クリスティーナたちとの合流直前というところで、新たな敵勢力の一団が、南の小さな丘隆を越えて一気にセラフィナたちに迫ってきていた。
数はおよそ五十。
いずれも黒妖犬に騎乗している大柄な個体ばかりだ。
中でも一体、明らかに異彩を放っている者がいる。その体躯は二メートル近い。
「まだこんなに残ってやがったのか!」
「ほとんどが狼面鬼だ!し、しかもアレは……!」
〈王国騎士団〉の誰かが叫ぶ。
「やっとお出ましか。必ずいるとは思っていたが……」
総大将のバーゼルが肩に担いだ大剣をゆっくりと下ろす。
「会いたかったぞ、貴族種」
〈王国騎士団〉率いる本隊は後続との合流を一時中断し、ただちに迎撃態勢に入る。
「副団長、あちらにも貴族種と思われる個体がいます!」
騎士の一人が指す先では、こちらに向かっていた筈のクリスティーナと魔導士たちが、同じく二メートル級の個体と対峙していた。
さらに——
「報告します!」
魔水晶を手にした伝令兵が駆け寄ってくる。
「東に貴族種が出現!現在〈星芒騎士〉の【一番星】と六番隊が追跡中とのことです!」
「き、貴族種がそんなに沢山……!」
「狼狽えるな!これだけの数だ。貴族種が数匹いたところで何もおかしくはない。追い詰められていよいよ姿を現したというだけのことだろう!」
続けざまの大物の出現に及び腰になる若い兵を一喝し、バーゼルは吠えた。
「要はそろそろクライマックスってことだ!あっちと東の貴族種は、【聖女】と【鬼姫】に任せておけ!俺達はまずは目の前のこいつらをぶちのめす!——総員、気張れよ!!」
〈王国騎士団〉副団長の号令に、本体の構成員はもちろん、セラフィナたち三人も、〈星芒騎士団〉の二番隊も、そして〈烈火の組〉も、各々の得物を構え直す。
「おおおおおおっ!!!」
「ガアアアアアアッ!!!」
鬨の声が交錯する。
十秒と経たずに戦闘が再開し、そして瞬く間に敵味方入り乱れた乱戦へと突入した。
鉄と鉄、肉と肉がぶつかり合う。
「ん?」
その混戦の最中、セラフィナの視界の端に映る影があった。
「ジェイク!ちょっとあれ見て……!」
彼女の指差す先ははるか南方。
ちょうど眼前の一団がほんの数分前に姿を現した丘隆の頂に、ひと際大柄な黒妖犬に騎乗した妖魔がいた。
恐らく今まさに交戦中の貴族種よりなお、一回りほど大きい。
肩に担いだ巨大な広刃剣。
明らかに自軍が劣勢であるにもかかわらず、戦場から少し離れた所で悠然とこちらを見下ろしていた。
——そして何より奇妙なことに、その体から、ゆらゆらと暗く禍々しい何かが陽炎のように立ち上っているのが、この距離からでもはっきり視認できる。
「うげ……あのいやーな光、見覚えあるな」
ジェイクがかすれた声で言う。
「何の話をしている!」
ディートクリフが狼面鬼の巨大な片刃剣をはじき返しながら、怪訝そうな顔をする。
「あの光、この前私たちがやっつけたゴブリンのボスとおんなじなの!」
セラフィナが答える。
「……言っている意味が分からん!」
ディートクリフの長槍が、妖魔の大腿部を貫く。
狼面鬼はたまらず片膝を地についた。
「分からんが……アレは確かにデカいな」
「間違いなくあいつが総大将だよ!」
セラフィナも声を張り上げた。
「なあ、おい、もしかしてあの野郎、こっち見てないか!?」
ここからの距離およそ数百メートル。
本来なら視線など分かるはずもないのだが、何故だか分かる。
間違いなくこちらを見ている。
ジェイクだけでなくセラフィナも同じ確信を共有していた。
「あっ!」
セラフィナとたっぷり三秒ほど目が合った後で、唐突に妖魔は踵を返す。
「野郎、逃げる気だぜ!?」
ジェイクが叫ぶ。
「ちいッ!」
長槍を片手で軽々と一振りし、眼前の狼面鬼の頭部を真っ二つに薙いでから、ディートクリフは、
「バーゼル副団長!」
すでに乱戦でやや距離の離れてしまった自軍の総大将に向かって声を張り上げた。
「なんだ!今、ちいとばかり取り込み中なんだが!」
一人で三体の狼面鬼を同時に相手取りつつ、一体の広刃剣の刃を大剣で叩き折りながら、振り返ることなくバーゼルが叫び返す。
「敵将らしき個体を見つけた!」
「目の前にいるだろう!」
「ちがう!あの丘の上にこいつより大柄な貴族種がいた」
「なんだと!?どこだ!」
目の前の妖魔に馬上から前蹴りを見舞い、体勢を崩したところを上段の斬撃で頭部を叩き割ってから、バーゼルも視線を高台の方へ走らせる。
「たった今逃げた!」
「なに……間違いないのか!?」
「ゴブリン討伐の際に、奴らの親玉が似たような瘴気を放っていました!」
ディートクリフより先に、セラフィナが答える。
「何の話だ!」
「俺も良く分からんが、ここにいる個体より群れの中で格上であることは間違いなさそうだ!」
新たな妖魔と剣戟を交わしながら問うバーゼルに、ディートクリフも声を張り上げた。
「我々二番隊と〈烈火の組〉で後を追う!許可をくれ」
「……」
バーゼルの大剣が、狼面鬼の心臓を貫く。
だが、なおも三体の犬面鬼たちが追いすがってくる。
さらに新たな一団が、彼等の周囲を取り囲み始めていた。
「ちっ、次から次へと……!」
バーゼルは舌打ちすると、一瞬だけディートクリフたちを振り返った。
「いいだろう、ディートクリフ!お前らの指揮官もあっちで貴族種に足止めをくらってやがるしな。お前が二番隊と〈烈火〉の魔導士を連れてそのトンズラ野郎の息の根を止めてこい!……その小僧もついでだ、使えるなら連れていけ!」
「了解」
「このオレが使えない訳ないだろ!」
ディートクリフとジェイクの声が重なる。
「いいか野郎ども!俺達本隊はこのままこいつらの”おもてなし”だ!貴族種もひっくるめてさっさと片付けるぞ!」
バーゼルの怒号が戦場に鳴り響いた。




