49.合流
「死ね!」
——ザンッ!!
長槍の横薙ぎ一閃で、犬面鬼の首が同時に二つ、宙を舞った。
だが、力なく倒れる二体の首のない死骸を文字通り踏み越えて、身長一八〇センチを超える狼面鬼が、長槍を振り抜いた直後のディートクリフに山刀のような広刃剣で踊りかかる。
ガキンッ!
ディートクリフは二メートルを超える長槍を手首の返しだけで引き戻し、狼面鬼の斬撃を真正面から受け止めた。
「——《火蜥蜴の息吹》!!」
爆音、そして熱風。
ディートクリフの正面にいる狼面鬼の背後から、紅炎がまるで生き物のように襲い掛かり、一瞬で妖魔を包み込む。
数秒の後には、断末魔の絶叫を残して立ったまま黒炭と化し、煙を上げながら狼面鬼は崩れるように倒れ伏した。
「ディートくん、大丈夫?」
「問題ない」
馬上からのセラフィナの問いに、ディートクリフは同じく馬上から軽く頷いて答えた。
「……この辺りは今のであらかた片付いたね」
周囲を見渡しながら、セラフィナが言う。
ディートクリフが所属する二番隊は、魔導機動隊〈烈火の組〉とともにクリスティーナの指示通り西側に広がる妖魔の群れの中へ突入していた。
二番隊は本日隊長が不在なので、副隊長の彼が指揮を執っている。
もっとも、二番隊はもともと六人構成だから、ひとり欠いても五人態勢で他の隊と人数的には変わらない。
妖魔の軍勢は南から王都を攻める形となったが、その主力を中央と東に割いて展開していたため、西側はやや手薄だった。
「……それにしても、アイリスさんって、やっぱすっごいんだね」
セラフィナの視線のはるか先には、東側に展開された戦線。
その戦場を怒涛の勢いで駆け巡る白い鎧を着た茶色のサイドテールの少女。
恐ろしい勢いで妖魔の群れをまるで紙屑のように蹴散らしていく。
手には眩い光を放つ短槍。
彼女はその光り輝く短槍を連続で投擲しているが、不思議なことに投げた直後から、いつの間にか彼女の右手にはもう新しい短槍が握られている。
まるで無限に武器が生み出されているようだ。
「お兄ちゃんとシュカとディートくんがコテンパンにされるのも頷けるわ」
「コテンパンにはされてない。……勝てないだけだ」
開戦の幕が切って落とされた直後、真正面から突撃を仕掛けた〈王国騎士団〉の猛攻で敵軍勢は大きく出鼻を挫かれた格好となった。
そして、二の足を踏んでいたところに、西と東からのダメ押しの追撃。
ナディア軍は圧倒的な戦力差で、僅か三十分も経たぬうちに犬面鬼たちを片っ端から蹴散らしていた。
妖魔の軍勢はすでに指揮系統が全く機能していない。
五百の大群が、あっという間に蹂躙されていく。
「アイリスさんはいろいろ規格外にしても」
セラフィナがサイドテールの女騎士とは真逆の方に顔を向けて、可憐な眉を顰めた。
「……あっちもあっちで、いろいろぶっ飛んでるわ」
彼女の示す方へディートクリフも視線を向ける。
彼らが今しがた馬で駆けてきたところに、煙が立ち込めていた。
混乱する犬面鬼たちの悲鳴じみた声がそこかしこから上がっている。
と、その煙を抜けて、一人の少年がこちらに向かってくるのが見えた。
灰色の髪、急所のみを防護する軽装の革鎧。
「……あいつ、馬もなしにここまで追いついたのか」
ディートクリフが僅かに感嘆の響きの籠った声を漏らす。
「せっかく副団長の温情で傭兵隊に入れてもらったっていうのに、もう集団行動できてないじゃん!マジで引くわー……」
セラフィナが呆れたように呟いた。
彼女の冷たい目線を他所に、ジェイクはふたりを見つけると、そのままの勢いで彼らの馬の前まで駆け寄ってくる。
「はあ、はあ......やーっと、追いついた、ぜ……!」
肩で息をする灰色髪の少年に、
「集団戦で一人飛び出すのは、どうしようもない阿呆か、救いようのない阿呆がすることだ」
「あんたマジでホント馬鹿でしょ。死にたいの?」
ディートクリフとセラフィナがそれぞれ棘のある言葉でジェイクの無謀を非難する。
〈烈火の組〉隊長のサリフも呆れた顔で、「また君か、少年」と溜め息をついた。
だが当の本人は、
「大丈夫だって。オレは自分の身はちゃんと守れるし、引き際ってゆーの?そう言うのちゃんと見極められる男だからな」
全く悪びれた様子もない。
「ばか。そう言うこと言ってるやつほど早死にするんだからね。ってか今日死ぬかもよ。……ていうか、むしろ一回死ね」
反省の色のない少年の言葉に、セラフィナの口調がさらに厳しくなる。
ジェイクは「うるせえな、ちゃんと気を付けるって……」と言いつつも、
「それに、大将の近くで活躍しねえと、せっかく大物をブッ倒しても報酬をはずんでもらえないじゃんか」
と付け加えた。
「やっぱりあんた馬鹿だったわね。残念でした。副団長はこっちじゃないよ。中央組だもん」
「いや、どうかな。西の妖魔どもはあらかた片付いてるし、このままいけばそろそろ真ん中の本隊に合流すんだろ」
呆れた顔のセラフィナに対し、ジェイクはニヤリと笑った。
その視線の先には、確かに彼の言う通り、先陣を切った〈王国騎士団〉の本隊の姿があった。
しかも彼等も妖魔たちを蹴散らしながらこちらに向かってくる。
「ほう……くだらんところだけは勘の良い阿呆だったな」
「なあ、そろそろバカとかアホ呼ばわりはやめても良いんじゃねえかよ?オイ」
ディートクリフの感心したような呟きに、しかしジェイクは不満そうな顔をする。
混戦の中で、いつの間にか中央本隊とディートクリフたちは大分近くまで来ていたようだった。
逆に先ほどまで微かに見えていた東側のアイリスたちの姿は見えなくなっていた。
妖魔の残党を追って、さらに東へ戦線を移したのだろう。
「よう、ガキども。西側の掃除は終わったようだな!」
本隊の先頭にいたバーゼルがディートクリフたちに気づき、羽虫を振り払うような軽い手の返しだけで眼前の犬面鬼の頭を大剣で撥ね飛ばしながら声を掛けてきた。
「あ?さっきの小僧までいるのか?まさか走ってついてきたのか」
そして灰色の髪の少年に気づき、彼をギロリと睨んだ。
「おうよ!大将に活躍をアピールしねぇといけねえからな!」
ジェイクは動じず、馬上のバーゼルを見上げてふんぞり返る。
「はっはっは。小僧、無謀だがまあ、その根性だけは認めてやる」
どうやら、副団長は彼を気に入ったらしい。
ひとしきり腹を抱えて豪快に笑ってから、
「だが戦場での蛮勇は死に直結する。覚えておけ。……その上で、今日はこの俺に活躍しているところを見せてみな」
「ああ、期待以上の働きをしてやんよ。ちゃんと見ててくれよ」
不遜な笑みで答えるジェイクに、バーゼルは最後に「死ぬんじゃねえぞ」と付け加えると、
踵を返して馬を進めた。
彼のはるか後ろからは、白い鎧を着たブロンドの髪の女を先頭に、黒い軍服を纏った魔導士たちの姿が近づいてくるのが見える。
〈王国騎士団〉に続いて中央から敵軍に突入したクリスティーナと魔導機動隊の隊員たちだ。
「敵の数も大分減った。本当に一時間以内に殲滅できそうだな」
ディートクリフが辺りを見渡してから、長槍をブンと振って、こびりついた妖魔の血糊を振り払った。
「まあ、今回はほとんどアイリスさんと〈王国騎士団〉の独壇場だったって感じもするけどね」
セラフィナが、今はもう視界に映らないサイドテールの少女がいた方角に目を向けながら呟いた——その時だった。




