48.王都防衛隊の布陣
「あらあらー、王都にここまで接近されたのなんて、『血の七日間』以来じゃないかしらー……」
黄金色の豊かな髪を風に靡かせた美しい女が、白馬の上で誰にともなく呟いた。
その紅水晶の瞳には、醜悪な妖魔の軍勢が映っている。
「クリスティーナ隊長!」
一人の〈星芒騎士〉の女が、馬を走らせて彼女のもとへ来る。
「ご苦労様ですー。こちらの今日の構成は?」
クリスティーナは彼女に尋ねた。
「はっ、〈王国騎士団〉が三十、〈星芒騎士団〉は二番隊と我々六番隊。それから魔導機動隊は第三小隊の〈烈火〉と〈疾風〉、および第十一から第十五小隊です。その他の兵は騎馬が五十、歩兵が百、それから傭兵が五十。総数はおよそ三百です」
問われた騎士は、淀みなく口早に報告する。
「こちらの総大将はどなたですか?」
「はい。今日は〈王国騎士団〉のバーゼル・ヴィンランド副団長が全軍の指揮を執られます。正規兵及び傭兵たちも〈王国騎士団〉の指揮下に入ります」
「では、うちは……」
「は……〈星芒騎士〉は総勢十名、指揮官は……クリスティーナ隊長です」
それまでてきぱきと報告をしていた女性騎士が少しだけ言い淀む。
「つまり、あの人はまたサボりなのねー」
クリスティーナは苦笑した。
「はい。今日も御姿が見えず……」
女性騎士は歯切れ悪くそう答えてから、言葉を続けた。
「……なお、バーゼル副団長よりご伝言です。魔導機動隊の総勢六十名の指揮もクリスティーナ隊長にお願いしたいと」
報告を終えると、騎士はクリスティーナに直径五センチほどの水晶を手渡した。
「はーい、分かりましたー。ありがとうー」
軽やかに微笑んで礼を言うと、クリスティーナは受け取った魔水晶を起動する。
『よう、【聖女】様。元気にやっとるか』
呪文を唱えると、ほどなく魔水晶に黒髪に黒髭の野性的な男の顔が映る。
「やめてくださいよー、バーゼルさん。妖魔の群れに囲まれて元気でなんかいられませんよー。なーんでこんなことになってるんでしょうかー」
『はっは。確かにな。すまんが、これだけの数が一体どこから湧いて出たのかは、今のところさっぱりわからん。前代未聞の忌々しき事態ってやつだ。……だが実際に来てしまったものは仕方ない。こうなった以上、たっぷりもてなしてやらんとな』
魔水晶の向こうで、バーゼルは肩をすくめる。
『今日の防衛組の中で〈星芒騎士団〉の指揮官はお前だ。ついでに魔導士たちの指揮も任せるから、よろしく頼むぞ。今日もあの男はサボりみたいだしな』
「はーい、了解ですー。……それで、作戦は?」
『策と呼ぶほどのものは特にないな』
防衛隊の総大将は、しれっと答える。
『とりあえず、今日は俺も突っ込むぞ。いつもお前たち〈星芒騎士団〉ばかり目立っているからな。今回くらいは活躍しておかんと、国民に〈王国騎士団〉もいるってことを忘れられそうだからな。……という訳で、お前たちはほどほどでいいぞ』
「出動命令に従ってきたのにひどい扱いな気もするのだけれどー……まあ、それならお言葉に甘えますー。私たちはほどほどに補佐に徹しますねー」
『ところで、【魔女】は王宮の留守番か?今日はあいつも防衛組のリストにいたと思ったがな』
「そぉだったんですけどー。何かルシアちゃん、急用ができちゃったみたいで。今朝の会議が終わってからすぐランフィス様に呼び出されたっきり、帰ってきていないんですよー」
『そうか。相変わらず忙しいな、お前らは。とはいえ、最近何故だかやたら小鬼やら豚頭鬼やらにこだわっていたのは、あいつだった気がするんだがな』
「そぉなんですよー……でも、妖魔の襲撃はすでに王宮からルシアちゃんたちにも伝わっている筈だから、何かあったら連絡があるか、飛んで帰ってくると思うのでー」
魔水晶の向こうで総大将が『はっはっは、あいつの場合、文字通りな』と豪快に笑う。
『まあ、心配せんでも【魔女】の出番なんかないさ。俺達が犬面鬼ごときに後れを取るものか。それに我々にはすでに【聖女】と【鬼姫】までついているしなぁ』
「もう、【鬼姫】じゃなくて【一番星】ですよー、バーゼルさん」
クリスティーナが睨む真似をすると、バーゼルはおどけたような仕草だけで答えてから、ふと真顔になった。
『話は以上だ。あちらさん、焦れてきたようだな。そろそろ来るぞ。何かあれば魔水晶から連絡するが……基本は各隊に任せるぞ』
「了解です―」
『……ああ、それから』
通信を切ろうとしたクリスティーナを、バーゼルが呼び止める。
『相手はたかが五百だ。一時間で殲滅して三時間以内に街道の封鎖を解く。妖魔ごときにそれ以上かかったらナディアの恥だと思え』
バーゼルがニッと笑みを浮かべたかと思うと、魔水晶の光が消える。
「バーゼルさん、張り切ってるわねー……足を引っ張ったら私も怒られちゃうかなー……」
光を失った水晶に向かって、クリスティーナは苦笑した。
「……そもそもいくら数が多いと言ったところで、妖魔ごときにこんな大人数で対応する必要あるんですか?」
クリスティーナとバーゼルの会話を隣で黙って訊いていた茶色のサイドテールの少女が、僅かに不満げな響きの籠った声で尋ねて来る。
「うーんそれもそうなんだけど……そもそもこんなところまであの数の進軍を許しちゃっただけで大問題でしょー?出し惜しみしても仕方ないし、こちらの被害を最小限にした上で一刻も早く正常な状態に戻すためには、少し過剰なくらいでちょうど良いんじゃないかしらー」
「……まあ、それもそうですね。それで犠牲を減らせるなら、ですが」
サイドテールの少女——アイリスは素直に頷いた。
「それにしても……なんだか胸騒ぎがするのよねー……何もなければよいのだけれど」
「?」
「アイリスは何か感じない?」
「え?いえ、特に何も。どういう意味ですか?」
「……うーん、ごめんねぇ。自分でもわかんないのー」
部下の問いに、クリスティーナは苦笑で応えた。
「でも、アイリスももし何か違和感を見つけたら、私に教えてねー」
「はあ?……まあ、はい。分かりました」
少女は怪訝な表情をしながらも頷いた。
「ありがとー」と微笑んでから、クリスティーナは振り返り、指示を待つ騎士たち、魔導士たちに向かう。
「それではみなさーん!今から隊を三方向に分けますー。私以外の〈星芒騎士〉六番隊は東へ。魔導機動隊第三小隊〈疾風の組〉もそれに続いてくださいー。アイリス、お願いねー。西組は〈星芒騎士〉の二番隊と〈烈火の組〉。指揮は二番隊副隊長のディートクリフくん。その他のみなさんは私と一緒に中央を担当ですー」
金色の髪が風に靡く。
「いいですかー、みなさーん!蛮勇は絶対に許しませーん。私が望むのは一人の犠牲もない完全勝利のみですー」
ゆっくりと光輝く細剣を引き抜く。
そしてその切っ先を天に向けた。
「では、参りましょう——しゅつげーき―!」
【夜明けの聖女】の、ちょっと間の抜けた号令の下——騎士たち、魔導士たちの鬨の声が広大な草原に木霊した。




