47.不良少年の強引な従軍
「おいおい、街道の見張りは何してたんだ……」
「仕事しねえ見張りなんてクビにしろよ」
兵士の誰かが呟く声が聞こえる。
「ディートくん、何あれ……妖魔?」
セラフィナは馬上から隣の白い鎧の騎士に声を掛けた。
〈星芒騎士〉にしては珍しいその艶やかな黒髪は、背中まであるストレート。
魔法行使を阻害しにくい魔導銀製とは言え、その身に纏う完全鎧に近い厚手の装甲は、これまた〈星芒騎士〉の中では珍しい。
アリスやシュカと同期のディートクリフだ。
「見ればわかるだろう。コボルドだ。上位種もいる」
黒髪の騎士が頷く。
どんよりと垂れ込める厚い雲の下、彼らの眼前には、王都の市壁まであと二キロ程度のところまで迫った妖魔の群れ。
一体一体はゴブリンよりは大きいが、人間よりは一回り小柄な体格に、犬のような頭——犬面鬼だ。「犬のような」と言っても、体毛は一切なく、むき出しの青黒い皮膚にはシミのようなものが所々にあり、血走った眼は狂気に満ちている。
おおよそ「犬」としての美しさや愛らしさは微塵もない。
「小鬼の次は犬面鬼の大群って……ほんと最近妖魔ばっかり、一体どうなってるの」
「知らん……が、確かにこの数は異常だな」
遠吠えのような奇声を上げながら、簡素な槍で武装した妖魔が、普段は美しい夏の大草原の外観を無惨に汚している。
その数、およそ五百体。
そのうち二百程度は犬型の魔物『黒妖犬』に騎乗している。
「犬もどきが犬もどきに乗るってどうなのよ?」
「……あいつ等を曲がりなりにも犬扱いするのは、犬に失礼だ」
割と真剣に、ディートクリフが言った。
「そう言えばディートくんって、犬好きだったね」
「普通だ」
無表情のままディートクリフが短く答えた、その直後。
「おーい、ディートクリフ、フィナ!……やーっと追いついたぜぇ……」
馬上から並んで妖魔の群れを見下ろす二人の後ろから、突然聞き覚えのある声がする。
「お前、ジェイクか?」
「あんた、こんなところに何しに来たのっ!?」
セラフィナが所属する魔導機動隊の騎馬たちの間を縫って、灰色の髪の少年がひょこっと顔を出していた。
セラフィナの左肩の上で、ロロが背を丸めて猫のように「シャー!」と威嚇している。
彼にとって、ジェイクは天敵のようだ。
「なんだ、なんだ、なんかすげえことになってるなあ……!」
ジェイクは肩で息をしながら、眼前に広がる光景に目を丸くする。
「ジェイク、どうしてお前がここにいる」
先ほどのセラフィナと同じ問いを、もう一度ディートクリフが繰り返した。
「よお、久しぶりじゃん、ディートの旦那。元気にしてたかよ」
「その気持ち悪い呼び方は止めろ。あと、俺の質問に答えろ」
ディートクリフは表情を変えずにジェイクをジロリと睨んだ。
「いや、どうしてって……警鐘が鳴って、振り返ったらお前らが大通りを突っ走ってくのが見えたからよ」
ジェイクは馬上のディートクリフを見上げながら、ポリポリと後頭部を掻いた。
「市壁周りの魔物退治なら、どさくさでオレも一枚噛ませてもらって報酬ガッポリせしめよう、とか思ってたんだけどよ……こっちもすげえ数だと思ってたけど、なぁんかあっちはもっととんでもねえ数だな、おい」
「ばか。”街道にちょっとした魔物が出現しました”とか、今回はそういうレベルじゃないの。あんたの出る幕なんかないよ。……ていうか、あんた、そもそもどうやって市壁の門を通ってきたのよ?封鎖されてたでしょ」
「んなもん、門を出てく傭兵どもに紛れこめば楽勝だったよ。正規兵と一緒じゃ目立っちまっただろうけどさ」
「あんたね……」
「——セラフィナ。この少年はお前の知り合いか?」
腰に手を当てて呆れるセラフィナに声を掛けたのは、彼女と同じ色の軍服を着た、第一分隊隊長のサリフだ。
「知りません、こんなヤツ」
フイ、と顔を背けるセラフィナ。
「おいおい、そりゃねえだろ」
慌てた顔でセラフィナを睨んでから、灰髪の少年は赤みがかった茶髪の中年の男を見上げてニッと笑顔を作った。
「なあ、あんた、偉い人だろ?俺を雇ってよ。そんじょそこらの兵隊よりよっぽど役に立つぜ?」
サリフは呆れたような顔をする。
「ダメに決まっているだろう。遊びじゃないんだ。死にたいのか?今すぐ帰りなさい」
「いやいや、ただのガキじゃないぜ!?ちゃんと冒険者登録だってしてんだ」
「そうだとしても、その様子じゃあギルドから正規に派遣された傭兵じゃないだろう」
「別にギルドを通さなくたって、直接雇ってくれればいいじゃん。そう言うのもあるだろ?」
「いや、素性の知れぬ者は雇えんよ」
「素性と言う意味では、こいつは住所不定の、地下街のただのチンピラだ」
「ディートクリフ、てめえコラ!」
涼しい顔で口を挟むディートクリフをジェイクは疎まし気に睨む。
実際のところ、ジェイクは一応冒険者ギルドには登録しているものの、ここ最近はほとんどクエストも受けていないし、登録証で有用な人材であると言う証明をするのも難しい。
「頼むよ、オッサン。腕っぷしにはかなり自信があるぜ」
「腕にそこそこ覚えがあるのは見れば分かる。……でもダメだ。というか、そもそもこの規模の作戦行動では、私ごときに傭兵を雇う権限などないさ。悪いな、少年」
サリフは困ったようにかぶりを振った。
その時だ。
「——おい〈烈火の組〉、何の騒ぎだ」
サリフ達の後ろから低い声が響いた。
黒馬を歩ませて、鋼色の重厚な鎧の騎士が彼らのもとに近づいてくる。
やや白い物が目立つ黒髪を後ろに撫でつけ、同じく黒い顎鬚が野性的な印象を与える、強面の男だった。
重そうな兜をわきに抱え、背には巨大な大剣を担いでいる。
「バーゼル副団長!」
サリフが振り返って声を上げた。
「え、誰あのオジサン?」
セラフィナが小声でディートクリフに尋ねる。
「……お前、それでも軍人か?〈王国騎士団〉の副団長だろう」
ディートクリフが呆れた声で答えた。
——〈王国騎士団〉。
〈星芒騎士団〉と並んでナディアを支える上級騎士たち。
二つの騎士団の身分は対等とされるが、所属する騎士の数は〈星芒騎士団〉の十倍を超える。
特命部隊として普段単独任務や少人数での作戦行動が多い〈星芒騎士〉と異なり、上級軍人として下級騎士や兵士たちの指揮を執ることが多いのが特徴だ。
王国兵団も組織上、〈王国騎士団〉の下部組織として配置されている。
つまりナディア軍の中枢という訳だ。
「お、なんかもっと偉そうなオッサン来た!」
ジェイクが歓喜の声を上げる。
副団長と呼ばれたその男はサリフの横に来ると、眼下の灰色の髪の少年を一瞥した。
「んん?なんだぁ、この目つきの悪い小僧は」
怪訝な表情の副団長に向かって、ジェイクは不敵にニッと笑った。




