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46.王都に鳴り響く警鐘

 ちょうど同じ頃。


 ここは王都レグルス最南端の地区。

 王都と外界を隔てる巨大な市壁が、圧倒的な存在感を放っている。


 王城アークトゥルスから城下町を抜け、さらには広大な王都をも一直線に横断する大通りが、市壁の一角に設けられた、巨人も優に通れるほど巨大な南門に繋がっていた。


 幅十メートルを超える巨大な道の両端には、露店が所狭しと並んでいる。

 その露店の一つの前で、灰色の髪のちょっと目つきの鋭い少年が、店主と押し問答をしていた。


「はあ?この魔法石が金貨十枚ぃ!?ざっけんなオヤジ、ぼったくりも大概にしろよ!四枚が精々だろうが」


 灰色の髪の少年が店主にかみつきそうな勢いでまくし立てる。


「馬鹿言え、ジェイク!金貨四枚なんて原価割れも良いところだ。高位魔法だぞ?十枚だって良心的なほうだ」


「足下見やがって。よく見ろ、ここちょっと(ひび)入ってるじゃねえか。性能も保証できねえかもしれねえなあ!最大限譲歩して六だな」


「だから原価割れだっつうの。こんな細かいかすり傷で、魔法石の効果に影響あるわけねえだろ!当てつけもほどほどにしやがれ。……てかお前、この間ゴブリン退治で報酬たんまりもらったんじゃなかったのか」


 ジェイクの剣幕にも、店主は全く動じない。


「そんなもん、とっくに使っちまったよ」


「お前、どういう金の使い方しとるんだ!」


「……ちょっとうまいもん食って、チビどもにもうまいもん食わせただけだよ、うるせえな」


「ジェイク、お前まだ地下街(アンダーグラウンド)の不良どものガキ大将気取っとるのか?悪いことは言わん。ガキどもはいい加減、孤児院にでも預けろ。この街の孤児院なら十分に人間らしい暮らしをさせてやれるだろ」


 店主の話し方が、心なしか少しだけ優しくなる。


「才能がありゃあ、孤児院出でも騎士にまでなれるのがこの国だ。お前の下でいつまでもチンピラやってるより、よほどましな生き方ができるだろうよ」


「……わかってるんだよ、そんなこと。つーか、孤児院でまっとうにやっていけるようなやつらは、もうとっくに行ってるわ。わかんだろ?今さら行けねーやつらもいんだよ。……てか、今俺の話はどうでも良いんだよ!」


 ジェイクは話題を強引に切り上げると、手に持った魔法石をクルクルと指で回しながら、


「んなことより、おいオヤジ。こいつよく見たら色がちょっとくすんでんじゃねえか。こんな安っぽい色じゃあ、俺以外、誰も買ってくんねーぞ。俺なら特別に五で買ってやるよ」


「魔法石に色がくすんでるとか関係ねえだろ!アクセサリーにでもする気か、クソガキぁ!しかも何ドサクサで値段下げてんだ、てめえ!商人舐めとんのか!?」


 店主は唾を飛ばしながらそう言うと、ジェイクの手から魔法石を強引に奪い取った。


「おい、ちょっとま……」


 その時だ。


 ——カーン、カーン、カーン、カーン……!!


 けたたましく鐘を鳴らす音が、大通り中に響き渡る。


「ああ?なんだあ?」


「馬鹿お前。これは警鐘だろ、ジェイク」


 ジェイクの間の抜けた声に、店主が低い声で答えた。


 その直後、


 ドドドドドドドドドド……ッ!!


 と王宮側から地鳴りのような音が近づいてくる。

 一呼吸の後、重厚な鋼の全身鎧(スーツメイル)に身を包んだ騎兵が猛スピードで大通りを駆け抜けていく。


「……こいつぁどうやら、魔物が王都周辺に出たようだな」


 三十騎の重武装の騎士たちの後に純白の部分鎧(ハーフプレートメイル)を身に着け、同じく白い毛並みの馬の背に跨った騎士たちが続く。


「おいおい、天下の〈星芒騎士団(スターナイツ)〉も出動じゃねえか……ん?」


 白い鎧を身に纏った騎士はまず五騎。全員が槍を手にしている。

 その中に、ジェイクは見知った顔を見つけていた。


 そして彼らが通り過ぎた、少し後。


「——おおっ!」 


 騎士たちに道を譲り、大通りの両端に移動していた市民たちが、その姿を捉えて歓声を上げた。


 五騎の〈星芒騎士〉の後に、少し間をおいてもう五騎が大通りを駆けてくる。

 その全員が女だった。


「武闘派の二番隊と……あれは五番隊じゃねえか!」


 群衆の誰かが口笛を鳴らす。


 先頭は豊かな黄金の髪を揺らした、紅水晶(ローズクォーツ)の瞳の麗人。

 そして殿(しんがり)には、この五人の中ではひとりだけ短槍を手にした、ブラウンのサイドテールの少女。整った美貌だが、前を見据えるその橄欖石(ペリドット)の瞳が放つ眼光は、冷たく鋭い。


「【聖女】に【一番星(イヴニングスター)】!?『号持ち(ネームド)』が二人も拝めるたぁ、こいつぁ僥倖だ!……にしても、二人ともすげえ良い女だなあ。俺も癒されてぇ」


 店主も明らかに興奮している様子だった。


「【一番星(イヴニングスター)】?最後に通ったクソ美人がそれか?……じゃあ、このすげえ人気も、要は顔ってことかよ」


 市民たちの熱い歓声の中で、真横を駆け抜けていくその凛然とした姿を目で追ってジェイクが呟く。


 先頭の女は、この国で知らぬ者はいない。

 だが一番後ろの少女は、地下街で暮らすジェイクには見覚えがなかった。


「何言ってんだ、ジェイク。お前、知らねえのか」


 だが店主は星の騎士たちの後ろ姿を見送りながら言う。


「騎士になって最初の武術大会で、隊長クラスに勝ち星をあげたぶっちぎりの新人王だろ。スターばかりの〈星芒騎士〉の中にあってなお、一等明るく輝くってとこから与えられた称号(タイトル)が、あの【一番星(イヴニングスター)】だろうがよ」


「ん?……ああ、なるほど!じゃあアレが、()()()がボッコボコにやられた同期の首席ってやつね」


 店主は「()()()って誰だよ」と、怪訝な顔をしつつも、話を続ける。


「それに、いざ討伐任務となれば、容赦なく魔物の屍の山を築くって話だぜ。だから裏じゃ、一部の兵隊たちからは【鬼姫】なんて二つ名で呼ばれてるんだってよ」


「……顔の割に、おっかねえ通り名だな」


「まあな。でも〈星芒騎士〉なんて、どれだけ顔が綺麗でも中身はみんなバケモンだろ」


「ははっ、ひでえ言い様だな」


「いやいや、彼らには頭の下がる思いだがよ。何せ三十になる前に七割が死ぬって話だぜ?実際、普通の神経じゃあ、やってられねえだろ?あんなのになりたがるのは、命より名誉が大事な貴族の次男坊あたりか、そうでなけりゃ親も兄弟も魔物に喰われて、魔物に復讐するしか生き甲斐を見出せないような可哀想な連中ばかりって聞くぜ」


「でも有名人になれるだろ?それに給金ガッポガッポじゃねえか」


「馬鹿だな、お前。金も名声も、命あっての物種だろうがよ」


「んーまあ……確かに。いくら金があっても使う暇がない程働かされるブラック職場だしな」


 あっという間に駆け抜けた騎士たちの後に、騎士ではないが軍馬への騎乗を認められた『騎兵隊』が続いている。

 それを見るとはなしに見ながら、ジェイクがふと呟く。


「なあ、オヤジ。んなことよりこれ……」


 店主もその異常さに気づいたようだ。


「……オイオイ、嘘だろ。どうなってんだ、こりゃ」


 大通りを駆ける『騎兵隊』の列はまだ途切れない。

 その数は——百を超えそうな勢いだ。


「なんだこの数……!戦争でもおっ始めるのかよ……?」


 露店の店主が延々と続く騎馬の列に戦慄の表情を浮かべて目を見開いた。

 ジェイクもその整然と続く軍人たちの行軍を眺める。


 しばらくしてようやく長い列の最後尾が見えてきた。

 ——総勢二百はいそうだ。


 一番後ろには、騎乗しない歩兵たちに紛れて、正規の軍人ではない臨時の雇われ傭兵たちの姿も見える。恐らくはその多くが王都のギルドに登録している冒険者たちだろう。


 ジェイクはもう一度、騎馬隊の後方に視線を戻す。

 騎馬の殿は、黒色の軍服を着た一団。


 先頭を行く重装甲の〈王国騎士団(アークナイツ)〉はもちろん、部分板金鎧(ハーフプレートメイル)の〈星芒騎士団(スターナイツ)〉やその他の騎兵・歩兵と比較すると明らかに軽装に見える彼らは、ナディアが誇る魔法戦闘部隊『魔導機動隊』だ。

 黒い軍服の一団に紛れて、数名だけ、紅色と緑色の衣装を纏った者もいる。


 半ば無意識に目の端で追っていたジェイクだったが、


「あれ、あいつじゃん」


 紅の衣を着た魔導機動隊の最前列に、本日二人目となる見知った顔を目ざとく見つける。

 あっという間に眼前を通過していった機動隊の背を見送りながら、腕を組み顎に手を当てて僅かに思案した後、


「……上手くいきゃあ、また金になるかな」


 誰にともなく呟くやいなや、ジェイクは唐突に駆け出した。


「お、おいこら、ジェイク!お前、どこ行く気だよ!?」


 店主が慌てた声で呼び止めようとする。


「わるい、オヤジ!その魔法石、取り置きで!」


 ジェイクは一瞬だけ足を止め、振り返って叫ぶ。


「馬鹿言ってんじゃねえ!五とか六とか言ってやがるやつのためにいつまでも取っておいてやるわけねえだろ、コラ!」


 叫び返す店主を無視して、ジェイクは踵を返すとまた走り出した。

 騎馬兵の後に続く歩兵隊の一団に紛れ、あっという間にその姿が見えなくなる。


「……おいおい、あれだけの数の軍隊が出動してるっつーのに、アイツひとりがついていって何する気だよ……ていうか、あの馬鹿、もしかして走って騎馬隊に追いつく気か?」


 店主は呆れた顔で呟いて、手元の赤い魔法石に目を落とす。


 そして溜め息をついた。



「……ま、一応こいつは取っておいてやるかね」


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