44.『呪い』のエキスパートたち
「これは……やっぱり『呪い』で間違いなさそうね」
青髪の麗人の美しい声は、血生臭いその場所ではあまりに異質だった。
「ああ。しかもバカでかい『呪い』じゃ。……もっとも、この術式はすでに役目を終えておるがな」
【呪われし女王】モニカと【吊るされし大魔導】ガンドル。
〈血塗られた聖者たち〉の二人は、一月ほど前に一掃された豚頭鬼の根城跡にいた。
〈聖者たち〉の中でも『魔法系担当』の彼女たちがこの悪臭漂う古代遺跡に足を運んだのは、実はこれが初めてではない。
王国の〈星芒騎士団〉一番隊隊長【黄昏の魔女】のルシアとその部下たちがこの城に巣食う妖魔を殲滅したまさに翌日——つまりモニカとガンドルが七番隊とサンダリアンの円形闘技場で試合をしていた翌日でもある——、冒険者ギルドのギルドマスターから報告を受けた二人は、一度ここを訪れていた。
しかしその時は何も見つけられなかった。
今以上に酷い悪臭に、ふたりして顔を顰めただけだった。
だが持ち合わせの魔導具では何の手掛かりも得られなかったにも関わらず、モニカもガンドルも何か引っかかるものを感じ取っていた。
二人は一度サンダリアンに戻るも大枚をはたいて準備を整え、別の魔導具をかき集めて再び臨んだのは、ひとえに彼らの『呪い』に対する並々ならぬ執念と言ってもいい。
「どんな『呪い』か、わかる?」
「恐らくじゃが……『魂贄の呪詛』という、まあ、一応、”解呪”の『呪い』の一種のようじゃ」
とんがり帽子のドワーフは、古びた分厚い本に目を落としたまま続けた。
「コイツによれば、もともと解除方法などない完璧な封印に、無理矢理『扉』と『鍵』の概念を付与した上で強引にこじ開けるっちゅう、ちょっと変わったタイプの『呪い』じゃな」
「”解呪”なのに、『呪い』なの?」
明らかに矛盾を孕んでいるその説明に、モニカは怪訝な顔をする。
「ああ、まごうこと無き『呪い』じゃよ」
しかし、ドワーフの大魔導は迷いなく頷いて見せた。
「それも一等、性質の悪い類のな。なにせ、”光の力で施された封印だけを呪って穢すことでその力を掻き消す”——とある」
「……なんだかとっても物騒ね」
モニカは眼鏡の縁を細い指でつまんで目を凝らし、その祭壇らしきものの上に薄っすらと浮かんだ怪しい光に目を凝らす。
その姿も仕草も洒落て見えるが、もちろんこの金縁の眼鏡もただのファッションではない。
れっきとした魔導具だ。
地下街の闇市でも滅多に出回らない、いわくつきのこのアイテム自体、目玉が飛び出るほど高価な代物である。
「でも”解呪”の一種ってことは、ミレイユの『呪い』には……?」
すでに大方予想はついているものの、一縷の望みを懸けて青髪の麗人はドワーフの大魔導に尋ねた。
もとより彼女たちの関心はその一点のみだ。
だがやはり、ガンドルは首を横に振った。
「止めておいたほうが良い。広い意味で“解呪”には変わりないが、おそらく“封印破り”限定じゃろう。しかも明らかに光にあだなす目的で生み出されたモノじゃ。どんな『呪い』が新たに降りかかるか分からん」
「そう、残念ね……ミレイユに掛けられている『呪い』とも関連はなさそうだし」
一つで家が建ちそうな程高価な魔導具を湯水のごとく消費したが、今回も収穫はゼロ。
彼らの進む道は長く険しい。
「私たちの目当てのものではなかったけれど……だからって放置はできないわね」
自分たちがやっているのは、雲をつかむようなものだ。この程度の落胆は一度や二度ではないし、もう慣れたもの。
モニカはすぐに気を取り直してガンドルに尋ねる。
「ねえ、ガンドル。もう少し詳しい内容はわかるかしら?今までたくさん見てきた中でも一、二を争うくらい、強くていやーな感じがするのだけど」
「ふむ、ちょっと待て」
ドワーフは分厚い本のページをめくり、彼しか読めない文字を目で追っていく。
しばらくして顔を上げ、そして溜め息をついた。
「概要はさっき言った通りじゃな。本来隙も綻びも無い封印に、無理矢理『扉』と『鍵』の概念を上書きする。そんでもってその『鍵』で『扉』を開ければ封印が解けるという訳じゃ」
「いかにも“封印破り”ってカンジね」
「ちなみに『扉』も『鍵』も人間じゃ。いや、人間とは限らんかもしれんが、とりあえず生き物じゃな」
モニカが微かに眉を顰めた。
ガンドルはその顔をちらっと伺ってから、さらに先を続ける。
「……それから、まず『扉』の作り方じゃが、封印された対象と所縁のある者を三人選んで、『扉』にするんじゃと。ちなみにこの『扉』としての資格を得るには面倒な儀式が必要で、その儀式にもまた何人もの生娘を贄にするようじゃ」
モニカのその美貌に、今度は明らかな嫌悪の色が浮かぶ。
「……さも当たり前のように人の命を糧にするところも、いかにも『呪い』らしいわね。しかも若い女の子ばっかり……」
「さらに『扉』を開ける『鍵』となれるのは、今度は”封印を施した側”の血縁者であり、かつこの呪いをかけた呪術師が”最も忌み嫌う者”でなくてはならんそうじゃ。……まあ、他にもいろいろ細かい条件があるようじゃがの」
「そういう、物の理も魔法の理も超えた”条件”とか”制約”があるところも、『呪い』の典型って感じ」
「オマケにその内容がすこぶる陰険でガキっぽいところもな。じゃがまあ、『呪い』とは元来そう言うモンじゃろう」
ガンドルがその小さい肩を竦めて答える。
「呪術師の魔力の大小そのものも重要には違いないが、同時に『呪い』の『代償』——要は贄の量と質、さらにはどれだけ達成困難な”条件”を付与するかで『呪い』の強さが決まるからの」
モニカは「そうね」と頷いてから、
「ちなみに“扉の鍵を開ける”って、具体的に何するの?」
「『鍵』が『扉』をぶち殺せば、開くらしいのう」
「……何それ、強引」
呆れた顔でドワーフの旧友を見る。
「それってもう鍵を開けるって言うより、扉ごと破壊してるじゃない」
「その通りじゃが、吾輩に言われてもな。……まあ要するに、『扉』も“贄”の一部ということじゃろ」
「でも、封印を解くためには”封印された人の血縁者”を”封印した人の血縁者”に殺してもらわないといけない……なんて言うのは、すごく難しい“条件”じゃないかしら?逆なら分かるのだけど」
「確かに難しいじゃろうな。普通に考えれば、”封印した側の血縁者”がわざわざ封印を解こうなどとは考えもせん——もっともそれは、本人が知っていればの話じゃがな」
「!自分が『鍵』だと知らなければ……」
「そうじゃ。しかもそれだけじゃない。この『呪い』は、術者が死んでから何十年も何百年もかけて少しずつ呪力を高めていくんだそうじゃ。そうして『呪い』の力が最大限まで高まった時に初めて、『扉』を作る儀式——『授魂の儀』というそうじゃが——ができるようになる、とある」
「なるほど。ここ十年……いえ、十五年くらい前からかしら?確かに今までにないくらい瘴気が濃くなっているから、この時代に時が満ちちゃったと言うことね——とはいえ、気の遠くなるような話だけど……やっぱりそれも……?」
「うむ。この途方もない”条件”もまた、『呪い』の力を強める『代償』という訳じゃ」
「……」
そこでふと、モニカは何かに思い至ったように、小柄な旧友を真剣な眼差しで見つめた。
そして尋ねる。
「……ところでガンドル。あなたさっき“三つ”って言ったかしら?」
「ああ。ヤバいのう」
ドワーフの大魔導もまた、神妙な面持ちで頷いた。
「国はまだ公表しておらんが、ギルドの話ではこれは二つ目じゃ」
「王国の魔女さんは、この『呪い』の正体に気づいていると思う?」
「無茶を言ってやるな。これはとっくの昔に闇から生まれて闇に葬られた禁呪じゃ。その上、ご丁寧に残滓の隠蔽と解析阻害まで掛けられておった。いくら現代の魔女とて、初見で解析など不可能じゃ。魔女どころか、王宮の【賢者】でさえ、な」
ガンドルは本から目を話し、
「吾輩たちだって、これを見つけるまでに一体どれだけ魔導具を使い潰したと思ってるんじゃ」
と付け加えてから、少しずれたとんがり帽子を被り直して皮肉たっぷりに笑った。
「それに、そもそも『呪い』の研究自体、この大陸じゃご法度じゃからな。国に仕えるヤツらが大々的に手を出せば、それこそ『教会』のエセ聖人どもが黙っとらんわい。吾輩たちのような酔狂な変態アウトローなら別じゃろうがな」
「私たちに他所の聖者さまをどうこう言う資格はないと思うのだけれど……まあ、私たちはある意味『呪い』をライフワークにしているわけだから、専門家みたいなものだものね。……と言ってもほとんどがお金で手に入れた魔導具のお陰だけど」
「持ってるだけで捕まりそうなものばかりじゃがな」
「そんなことより……」
モニカはもう一度眼鏡のレンズを通して、祭壇の上の暗い光に視線を戻す。
ガンドルはその美しい横顔に鼻の下を伸ばしつつ、
「……別に義理はないんじゃが、一応、王宮に知らせてやるかの?」
「当たり前でしょ、放っておけるわけないわ。何が封印されているにしても、碌なものではないでしょうし」
「じゃが……吾輩たちの違法アイテムの所持と使用がバレかねんぞ」
「今さら何を言っているの。私たちは“アウトロー”、なんでしょ?」
モニカは祭壇から視線を外し、ガンドルに向かって不敵に微笑んだ。
「……それにもし知ってて教えてあげなかったら、後できっとローズちゃんとリリィちゃんが悲しむわよ?——もしかしたら私たち、嫌われちゃうかも」
「な、何じゃとっ!?そ、そ、それはダメじゃああ!今すぐ報告してくるわい!!モニカ、ちょっとここで待っておれ!」
小さな大魔導は踵を返すと、出口に向かって猛スピードで走っていく。
「あ、ちょっと待ってガンドル、あなたどうやって——」
どこかに報告をするなんてことを想定していなかった二人は、王都はもちろん、サンダリアンとも通信できるようなサイズの魔水晶は持参していない。
「……うーん。ま、いっか」
だが、そこはナディアの冒険者の最高峰〈血塗られた聖者たち〉が誇る大魔導。
きっと何かしらの手段で王都に報告し、彼らを動かしてくれるはずだ。
本当はいざとなれば、自分の名前を出せば王宮の【賢者】は無碍にできないのだが——今回はそこまでする必要もないだろう。
「じゃあ、お願いね」
あっという間に小さくなっていくドワーフの後ろ姿に、モニカはそっと声を掛けた。
「……あと、変態はあなただけだからね」
このエピソードに出てくるモニカが登場する別のお話もあります。
もしよろしければ、ちょっとでも見ていただけると嬉しいです。
『魔王の娘のセレナーデ』 https://ncode.syosetu.com/n4890ly/




