43.造られた魔人
「あの顔をもう見ないで済むと思うとせいせいしますな。銃士どもはどいつもこいつもプライドばかり高くてかないませぬ」
魔水晶の通信を切ると、〈鴉〉はやれやれと溜め息をついた。
「ところで、〈燕〉のほうはどうなさいますか」
「あれはまだ、もう少し使い道があるだろう」
〈黒鳥〉は立ち上がると、ゆっくりと扉に向かって歩き出す。〈鴉〉もその後に従った。
「しかし閣下。皇子を亡き者にできなかったのは、少し痛手でしたな」
「いや、そうでもないさ。【銀弾】が護衛に着いた時点で暗殺の失敗はある程度想定していたし、皇子がサンダリアンでの滞在を拒んだ時点で、それはほぼ確定となった」
「その時点ですでに方針を切り替えていらしたと?」
「ああ、皇子殿下も中々手強い。だが、猛犬を殺すのが難しいなら、鎖に繋いで大人しくさせておけば良いだけさ。下手な動きは妹の命と引き換えになると、今回の一件で身に染みたことだろう」
「なるほど。姫殿下を人質にすることで、敢えて殺さずに首輪をつけたという訳ですな」
その問いに、〈黒鳥〉は口の端を僅かに吊り上げるだけで答えた。
「……それに別の収穫もあった。いろいろとな」
「ナディアの軍事レベルですね」
「ああ。一つはそうだな」
「確かに星芒騎士隊長クラスの“上限”と“下限”が大体把握できましたな」
「うむ。大陸中に名を馳せる天下の〈星芒騎士〉。中でも最強の一角とされる【銀弾】の手の内が知れたのは大きい。——それに、人も殺せないような子どもが混じっていると言うこともな」
「“一つは”と言うことは、他にも収穫が?」
〈鴉〉の問いに、〈黒鳥〉は振り返って頷いた。
「ああ。二つ目は、使えそうな“駒”を見つけたことだ。それに妖魔も使いようによっては都合の良い武器になるかもしれん。これを三つ目と言っても良いかもな。——だが、一番は彼らの力を試せたことだ」
「あの、”黒い石”のことでしょうか」
「それだけではないがな」
〈黒鳥〉は不敵な笑みを浮かべた。
「……閣下は恐ろしいお人だ」
〈鴉〉の畏敬の籠った言葉には答えず、〈黒鳥〉は廊下を進む。
〈鴉〉はその背に、もう一度声を掛けた。
「ところで、閣下。一つお聞きしても?」
「それで?どうやって私を始末するつもりだ?この無駄に広い部屋の中に、またあの怪しい”石”を使って蝙蝠鬼の群れでもぶち込む気かね?」
無機質でだだっ広い倉庫のような建物の中では、銃士ロードリックの先ほどまでとは打って変わって冷たく静かな声もはっきりと響く。
向かいに座っていた軍兵ラークが、ユラリと立ち上がる。
先ほどまでの震えは完全に消えている。
「……ふむ。確かに貴様は軍兵どもの中で最も腕の立つ男だったな」
僅かに驚いた表情を浮かべるも、ロードリックすぐに鋭い眼光を軍兵に向け、
「だが、思い上がるなよ?貴様とて、この私に勝てると思っているのか」
百選錬磨の壮年の銃士の右手には、大口径のリボルバー。
そして左手には銀色に光る片刃の軍刀。
Ψ
「ところで、閣下。一つお聞きしても?」
「なんだね?」
〈鴉〉の問いに、〈黒鳥〉が先を促す。
「……ロードリックは確かに愚かで頭の悪い男ですが、それでも銃士隊の序列第四位であり、第三皇子の筆頭銃士。腕だけは確かです。軍兵随一とは言え、ラークひとりでは荷が重いのでは?」
「……」
〈黒鳥〉は何故か微かに笑った。
「閣下?」
「なあ、クラウディス」
〈黒鳥〉は振り返らないまま、背後の部下の名を呼んだ。
「君は『魔人』と言うのを知っているかね?」
「は?……『魔神』ではなく、『魔人』ですか?」
〈鴉〉こと、騎士クラウディスは、唐突な問いかけに間の抜けた声で訊き返す。
〈黒鳥〉は背を向けたまま「そうだ」と短く答えた。
「……どこかの地方伝承でしたかな?一応、名前くらいは。……確か見た目は人間とほとんど変わらないが、血の色が青い怪物だとか」
「その通り。通称『ブルーブラッド』。私はこの手のお伽話が好きでね」
「はあ……」
「太古の昔、地上に九体の強大な悪魔が召喚されたんだ」
怪訝な顔をする部下を気に留めた様子もなく、〈黒鳥〉は話し始めた。
「やがて大きな戦いの果てに彼等はその力のほとんどを失い、死の淵を彷徨った。人間に憑依してその体を乗っ取る力すら残っていいなかった悪魔たちは、最後の力を振り絞って妊娠していた女たちに憑りつき、そしてその胎児に魂ごと融合したと言う。そうして生まれた子らが成長して交わり、繁栄した種族が『魔人』なのだそうだ」
「はあ……御詳しいですね、閣下」
「まあ、人から聞いた話なんだがね」
〈黒鳥〉はおどけたように少しだけ肩を竦めた。
「しかし閣下には失礼ながら、童話の域を出ませんな。とても実在するとは思えませんが」
——古い倉庫の中で、軍兵の影がゆらりと不自然に揺れた。
「そうだな。だが浪漫じゃないか」
「は?」
「貴様、一体……!?」
軍兵と対峙する歴戦の銃士の表情が、驚愕に歪んでいく。
「——悪魔でも人間でもない。仮初の依り代とは違う、生身の人間の肉体を持ちつつ同時に悪魔の魂を持つ存在……まあもっとも、悪魔たちが最初に憑りついた妊婦の中には、人間以外もいたと言う話だがね」
「閣下、何が仰りたいので……?」
——グォォォォオオオオオオオオッ!!!
咆哮が、倉庫内に荒れ狂った。
石畳の床が振動するほどの轟音だった。
「『魔人』を我が軍勢に加えられたら、面白いとは思わんかね。……とは言え実在するかも定かでないホンモノを探すのは、さすがに骨が折れるからな」
歴戦の銃士の前に立つのは、すでに平民上がりの臆病な軍兵ではない。
暗褐色の肌をした、二メートルを優に超える怪人だ。
その目には人間で言うところの『白目』がなく、眼球全てが真紅。
本来あるべき鼻がなく、代わりに裂けた大きな口。
両肩にはニ十センチほどもあろうかという長い角が生えている。
そして腹部には——もう一つの、顔——いや、口がある。
左の脇腹から右の脇腹まで腹を横に割いたような巨大な口には、黄色く汚れた乱杭歯が並んでいた。
「ほう、ラーク。貴様、魔族だったか!悪魔かそれとも魔神か!?フン、いいだろう!このウォーレン・ロードリック、例え上位魔族であろうが、相手にとって不足なし!いざ尋常に——」
「……だから作ってみたのだよ。彼らの力を借りてね」
「——あっ。」
それが銃士隊序列第四位の男の、最期の言葉となった。
パシュッ、という間の抜けた音とともに、かつてラークだったそれの腹から「口」だけが飛び出すと、ロードリックの胸から上を一瞬で噛みちぎり、そしてグチュグチュと咀嚼してからゴクリと音を立てて飲み込んだ。
お読みいただきありがとうございました。
このエピソードで「第五章」は終わりです。
次回からは「第六章 最後の『扉』」スタートします。
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