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42.そして敗者は粛清される

「おのれ、あの小僧めっ!」


 ガンッ、とテーブルを強く叩く音が、無機質で広大な屋内に反響した。


「お、〈(オウル)〉、落ち着いてください……」


 慌てた声で、もう一人の男が恐る恐るそれを窘める。


 彼らが自国に帰還してから、すでに一週間が経過していた。


 ここは皇都からは大分離れた、とある地方貴族の領内。

 貧しい村の外れにある、石造りの古い建物の中だ。


 大きな都市と違って、『闇の大地』との境界となる市壁のようなものもなく、村の周囲を取り囲む木々に申し訳程度には質の悪い聖石が括り付けられているものの、脆弱な結界の綻びを突いて魔物が村に侵入したことは、過去に一度や二度ではない。


 だが貧しいこの村に自力で結界を強化する資金はなく、投資に対するリターンが見込めないが故に、年に一人か二人程度の犠牲で済む”些細な事故”に領主も心を痛めることはない。


 かくして村人たちは、村の中心地で退魔香の篝火を焚いて聖石の守りの不足分を補い、夜はもちろん、用のないときはできるだけ香の近くに身を寄せ合うことで、自分たちの身を守っていくよりほかになかった。


 結果的に、村の敷地内と言えど、所有者はおろか、その使用人さえめったに訪れることのない打ち捨てられた建物などに近づく村人は皆無。


 だからこそ、彼等のように同じ志を持つ者たちで秘密裡に結成された組織が利用するにはうってつけだった。

 事実、彼等は似たような施設をローエンデール全土に複数所有していた。

 やむを得ず集まる必要があるときは、大抵の場合こうした秘密の基地に召集される。


 ——と言っても、今ここにいるのは、たったの二人のみ。


「そもそも他の奴等はどうしたのだ?」


「さ、さあ……」


 随分前は何かの倉庫にでも使っていたのか、無駄に広い割に仕切りも窓もないがらんどうの屋内には、縦二メートル、横五メートルほどの木製のテーブルがひとつと、その周りに同じく木製の古びた椅子が八つ並ぶのみ。


 だが今は、その八つしかない椅子でさえ、六つが空席だ。


「ふん、こんなところに呼び出しておいて遅刻とはな」


 〈(オウル)〉と呼ばれた男が、忌々し気に鼻を鳴らしてもう一度テーブルを叩いた、その時だ。


『やあ、すまない。待たせたね、二人とも』


 ブウゥゥン——という微かな起動音とともに、テーブルの中央に取り付けられた直径三十センチほどの巨大な魔水晶が一人の男の顔を映し出し、そしてその声を伝えた。


「……なんだ、貴方は魔水晶で参加か?」


 さも不満そうな表情で、〈(オウル)〉は水晶を睨みつけた。


『ああ、申し訳ないがちょっと野暮用でね。今こちらに〈(レイヴン)〉もいる』


「ふん……皇国騎士団は随分とお忙しいようですな」


 言葉とは裏腹に全く悪びれた様子の見えない男の顔に、〈(オウル)〉は嫌味たっぷりに言う。


「では〈(スワロー)〉はどちらです」


『実は、〈(スワロー)〉は呼んでいなくてね。〈幻霊(ファントム)〉もここにはいない。今日はこれで全部だ』


「……そう言う話は事前にしてもらわないと困りますな」


 〈(オウル)〉は苛立ちを隠すことなく魔法の水晶を睨みつけた。


「まさかお忘れではあるまいな?私は貴方の部下ではないのですぞ」


『もちろん、わかっているとも』


 それに対し、水晶に映る男の声は穏やかだ。


『……しかし〈(オウル)〉。普段は冷静な貴公が、今日はいつになく荒れているな?』


「当たり前でしょう!何もかもが失敗ではないか。貴方こそ、これで良く落ち着いていられますな」


 その様子が、却って〈(オウル)〉の癇に障ったようだった。


『……確かに、今回の失敗は実に残念だよ』


 それを受け止めてか、水晶の向こうの男がやや神妙な面持ちに改める。


『それどころか一人も死人が出なかったことで、外交問題に持ち込むこともできませんでしたな』


 水晶から、別の男の声がした。続いてその男の顔が映る。

 彼等が〈(レイヴン)〉の名で呼ぶ、同志の一人だ。


『ああ。そもそも我が国の皇子の我儘にあちらが付き合わされた形だからな。その上思わぬアクシデントにすら死者を一人も出さなかったのだから、ナディアの警護の不備を責めるのはいささか無理がある』


「ふん、大失態ですな。実に腹立たしい」


 〈(オウル)〉は、今度はテーブルをブーツでガンッと蹴った。

 向かいの男——〈(ピジョン)〉が「ひっ」と情けない声を上げる。


 〈(レイヴン)〉が魔水晶越しに〈(オウル)〉をジロリと睨んだ。


『……随分と他人事のように仰るのですな』


「なに」


 〈(オウル)〉のドスの利いた低い声。


『今回の作戦の指揮官は貴方でしょう』


「だからなんだ」


『確か、貴方の銃弾で皇子殿下の顔に風穴を開けると言っておられたが?』


「なにが言いたい」


『結局、貴方は何もできなかったではありませぬか』


 〈(オウル)〉はまたテーブルを拳で叩き、魔水晶に顔を近づけて怒鳴る。


「何を言っている!貴公もその場にいただろうが!星の三番隊と冒険者どもが邪魔をしおったのだ。妖魔どももまるで使い物にならなかったではないか!護衛どもを崩せなければ、暗殺などできようはずもないわ!」


『おや?確か貴方は、例え妖魔が期待外れであっても一向に構わぬと。そう申されていたと思ったが、私の記憶違いでしたかな』


「貴様も他の騎士どもも動かなかったではないか!」


 〈(オウル)〉が怒声を上げる度にびくびくと顔を引きつらせる〈(ピジョン)〉とは対照的に、魔水晶に映し出された〈(レイヴン)〉はあざ笑うように言った。


『貴方を待っていたのですよ。貴方が最初の一歩を踏み出すのを。……残念なことに、その時は最後まで訪れませんでしたがね』


「〈(レイヴン)〉、貴様……私に全ての責任を押し付ける気か」


 それまでとは打って変わって、〈(オウル)〉の声が冷静さを取り戻したかのように静かに、そして冷たくなった。


『押し付けるも何も——』


 魔水晶から聞こえた声は、〈(レイヴン)〉のものではない。


『——貴公がこの作戦の指揮官だったのではないかな』


「……貴方がそれを言うのか、コマンダー・スワン」


 〈(オウル)〉のその声は掠れている。


『正直、貴公には失望したよ、ロードリック卿。皇子殿下の首くらいは、持ち帰ってくれるものと期待していたのだがね』


 〈黒鳥(ブラックスワン)〉は、哀しそうな表情を作って見せた。


「ふん、なるほどな」


 〈(オウル)〉は吐き捨てるようにそう言うと、ゆっくりと立ち上がった。


「……こんな殺風景な場所に呼び出しておいて、貴様らが来ないのはそういう訳か。要は私とこの平民あがりの軍兵に全ての責任を押し付けて始末しようと言う魂胆だったのだな」


 向かいに座る〈(ピジョン)〉は青い顔をして、目を逸らす。


『惜しい……が、一つ誤解があるようですな』


 〈(レイヴン)〉が冷笑を浮かべて肩を竦めた。


「なに」


『ラーク卿に責任はありませんよ。彼はちゃんと使命を果たしましたからな。そもそも、皇子殿下の暗殺を失敗した時点で、姫だけを殺す意味はない。そのくらい、分かりませんかね』


「……この私を愚弄する気か、青二才が。あまり調子に乗るなよ」


 〈(オウル)〉は、恐ろしい程冷たい目で魔水晶を静かに見下ろした。


『——さらばだ、()()()()()()。まあ、案ずるな。キミの嫌いな皇子殿下は、いずれ消えていただく。安心して休むがいい』


 最後に〈黒鳥(ブラックスワン)〉の穏やかで残酷な声を伝えると、魔水晶は唐突に光を失い、そして沈黙した。


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