41.これ以上できることはないよ。
「逆玉だな」
突然また背後から声がして、アリスは思わず身を固くした。
「……ジルさん」
振り返ると、ジル。その横にはオルフェもいる。
「茶化さないでください。相手は皇女殿下、それにまだ十一ですよ」
「キミだってガキだろ」
ジルより先に口を開いたのは、オルフェ。
「ガキじゃありません、十六になりました」
アリスはむっとした顔でオルフェを睨んだ。
「ガキじゃん」
オルフェは呆れた顔をする。
「……」
「どうしたアリス?無事任務を終えたのに、浮かない顔だな」
ジルがアリスの小さく華奢な方に手を置いた。
「……いくら街の外とは言え、同じ日に皇子殿下と皇女殿下が同時に襲撃を受けるなんて……偶然でしょうか」
「じゃあ何さ。キミは魔物の襲撃まで誰かの陰謀だって言いたいわけ?」
オルフェがアリスの顔をジロリと見た。
「いえ、まさか。……おれ、いえ私の考えすぎですかね」
「……さあね。どっちにしろ、ボクたちにこれ以上できることはないよ。あちらさんからはどうやらナディアは『危険な国』認定されたようだしね。逆に言えば、ローエンデールに戻ればきっと安全なんだろ」
オルフェはアリスから目を逸らし、門の向こう側で次々と列車に乗り込んでいくローエンデール勢を眺めた。
そのとき、
「アリスくーん!セシリアさまとルイジアナさんが窓から手振ってるよ!」
「ほらほら、そんなとこに突っ立ってないで。列車の前までお見送りに行くよ!」
リリィとローズの呼ぶ声がする。
「いやいや、おれたちは”出国許可”取ってないんだから列車の前はダメだろ。門の前までだからね!」
アリスは慌てて叫び返し、二人の少女のもとへ走っていく。
「ローエンデールに戻れば安全、か。……本当にそう思うか?」
二人だけ取り残されたところで、ジルがアリスの背を見送りながらオルフェに訊ねた。
「……まあ、皇王陛下の目の届く範囲なら、手を出しにくいんじゃないの?だからこそ、他人様の国で事を起こそうとしたんでしょ?それに、あの皇子殿下自身もかなりの切れ者だしさ」
——ローエンデール第三皇子は、命を狙われている。
しかも恐らく、協力者もしくは首謀者が今回の警護団の幹部の中にいる。
オルフェの中では、それはもう確信に近い。それはジルも同じだ。
そして自分の暗殺が企てられていることに、きっと皇子も感づいていた。
だから敢えて”破天荒でワガママな皇子”を演じて、片っ端から計画をひっくり返していたのだろう。
彼はまず、民衆に紛れての暗殺がしやすい街中をできるだけ離れた。
サザンクロス訪問時に比べて、サンダリアンでの滞在時間をできるだけ短くしようとしていたところを考えると、皇子は交易都市での暗殺計画に関する何かしらの情報を掴んでいたのかもしれない。
ただ、オルフェと同じように、ローレンスも誰が裏切者かまでは突き止められていないのだろう。
どこに敵がいるか分からないから、三番隊が常に傍で護衛しなくてはならない状況を作り、アリス達七番隊も呼び、さらには白金等級冒険者や白銀等級冒険者まで味方につけた訳だ。
「……ボクたちを良いように使うなんて、あの皇子も相当したたかだよね」
オルフェはやれやれ、と言った風に大袈裟に肩を竦めて見せた。
「お陰でテロリストたちも暗殺を断念せざるを得なかった、ということだな——しかし、魔物の襲撃はやはりただのアクシデントだと思うか?」
「そう思いたいね」
オルフェはウンザリした顔で、
「けど、流石の皇子殿下も、まさか皇女殿下までが単独で襲撃されるとは思っていなかったんだろうね」
「そう言う意味では、皇子殿下より黒幕のほうが一枚上手だったと言うことか」
「さあ?そこまでは知らないよ。……それにさっきも言ったけど、ボクたちにこれ以上できることはないでしょ」
「……ああ、そうだな。自国に戻ればうかつに手を出せないと期待しよう」
ジルが頷いた。
「——そんなことよりさ」
オルフェが隣に立つジルを見上げる。
オルフェは小人と人間のハーフ。ジルは一八〇を超える長身だ。
「見たこともない魔物だったよ。緑の怪物と、羽の生えた灰色のゴブリンみたいなやつ。ボクの敵ではなかったけど、並みの兵じゃ勝てないレベル。しかも片方は人間そっくりに化けたかと思えば、もう片方は何もないところから突然五十匹もの群れが出現したんだぜ?その上、どっちも人の言葉を話しやがった」
「ああ、報告は聞いているが……高位のアンデッドか何かか?」
ジルは腕を組んだ。
最上位に位置する不死者の中には、人に化けたり、時に探知魔法をも欺く種もいるとされる。それに元は人間なのだから、生前の知能が残っていれば言葉を話せても不思議ではない。
「さあね、分からない。でも、何か引っ掛かるんだよね」
オルフェは苛立たしげに爪を噛んだ。
「何故か知っているような気がするんだけど……どうしても思い出せないんだ」




