38.殺すのが怖いなら代わってやる
——最後の断末魔が鳴りやんだ。
戦いの喧騒も、いつの間にか消えている。
見渡せば、すでに三十三の野盗の死体が砂地を汚していた。
「歩け」
アリスたちは細剣の切っ先を突きつけ、拘束した八人の野盗を馬車の前へと誘導した。
中にはリーダー格の、あのフードの男もいる。
「……何の真似だ」
銃士メーリックが冷たい目で見る相手は、野盗ではなくアリス。
「サンダリアンへ連行します」
「連れて行くだと!?ふざけるな、さっさと殺せ」
アリスはキッとメーリックを見据えた。
「……いずれにせよ、人を襲った盗賊は極刑を免れません」
「だったら今やればいいだろう!殿下の旅路に盗賊どもを引き連れていくつもりか!」
「では、サンダリアンに連絡を入れ兵団から人を寄越させます。それまで、うちの隊員を一人ここに残します」
「血迷ったか!たった今貴様らの国で殿下が襲われたのだぞ?そんなくだらないことのために一人でも護衛を減らせるか!」
「ですが、我々には投降した者を裁く権限はありません。然るべき刑を執行するのは……」
「どうせ極刑なら同じことではないか」
「いいえ、違います。彼らは法の定めに従って裁かれなければなりません」
「……貴様、さっきから御託を並べ立てているが、要するに人を殺すのが怖いのか」
メーリックはアリスを見下ろして嘲笑した。
「……」
アリスは馬上の男を正面から見据えるのみで、答えない。
メーリックはそれを肯定と受け取ったようだった。
「ハッ、とんだ臆病者だな。それで”隊長”とは」
銃士の侮蔑にアリスが口を開こうとした、その時だった。
「ククク……ハハハハハハッ!!!こいつはウケるぜ!小僧、てめえはそれで善人気取りかぁ?」
突然声を張り上げたのは、後ろ手に縛られ街道に座り込んだ黒装束の一人——野盗たちの首魁の男だ。
その嘲笑の対象は、自分たちを殺そうとしたメーリックではなく、それを拒んだアリスだった。
「一体いつまでやってんだ、オイ?俺達の“おもてなし”の方針はいつになったら決めてくれるんだ?ああ?日が暮れちまうぜぇ?」
「……勝手な発言は慎め。サンダリアンに帰還したのち、お前たちの身柄は兵団に引き渡す。それまで大人しくしてるんだ」
アリスは首魁の男を睨みつけると、精一杯、感情を押し殺した声で言う。
「ハッ!どうせ死刑だろうがよ!だったらそいつの言う通り、さっさと殺せよ!この臆病者の偽善者野郎が!」
「……」
「お前たちは兵団に引き渡された後、そこで取り調べを受けてもらう。いろいろと聞きたいこともあるしな。刑の執行はその後だ」
アリスに代わって、ジルが静かな声でそう告げた。
「ハッ!拷問でもする気かよ!?」
「そんなことはしない」
アリスは眉を顰めて首を振るが、
「どうせ魔法でも使うんだろうが!くだらねえ!」
男は嫌悪感の籠った眼差しをアリスに向ける。
アリスはその表情が少し引っかかった。
その瞳に微かな焦りの色が見えた気がしたからだ。
「しょうもねえ人生だったけどな、そんな最期はまっぴらごめんだ!」
フードの男は狂喜に満ちた目を見開いた。
「あばよ、小便臭え臆病者ぉ!テメエらの思い通りにはならねぇぜ!!」
そして凄まじい形相で笑う。
それはまるで、勝者の笑みだ。
「!」
「よせ!」
カリッ
奥歯で何かを噛み砕くような小さな音がした。
「ぐぼぉっ……」
次の瞬間、口から血の泡を吐き散らかし、そして壮絶な笑みを貼り付けたまま、男は街道に突っ伏した。
そのままピクリとも動かない。
「くたばれ、偽善者どもぉ」
「死んだ後も呪ってやるぜえ」
「ナディアに災いあれ!」
「待て!やめろ!」
アリスの制止もむなしく、連行した野盗の内、三人が次々に口から血を吐き、街道に転がっていく。
「ふ、ふざけんな!話がちげぇじゃねえか!」
野盗の一人が真横に転がった四つの死体に目を見開き、次いで後ろ手に縛られたまま勢いよく立ち上がった。そして街道の外へ走り出す。
「待て!」
一瞬反応が遅れたものの、ただちにアリスがそれを追う。
身体能力の差は歴然。
両手が不自由でなくとも、ただの野盗に追いつくなど、アリスには造作もない。
瞬く間に間合いを詰め男の黒い外套に手を伸ばし——
パアンッ!
乾いた音とともに、アリスの目の前で野盗の頭部が弾けた。
「なっ!?」
糸の切れた人形のように、ぱたりと砂地に倒れる。
その肩がぴくぴくと小さく痙攣していたが、それもやがて消え、そしてその男も動かなくなった。
「臆病者はもう黙れ。そんなに殺すのが怖いなら私が代わってやる」
「何をするんです!」
振り返ったアリスは、拳銃を構えるメーリックに怒りを湛えた目を向けるが、銃士はそれを超える憤怒の形相で睨み返した。
「こっちの台詞だ!貴様こそ、そんなやつを生かしておいて、万が一殿下にあったらどうするつもりだ!!」
「そんなことはさせ……」
パン、パン、パン!
アリスの言葉は、三つの銃声にかき消された。
「……なんてことするのよ」
両手で口を覆うリリィの隣で、ローズが震える声で言った。
彼女にしては珍しく、その声には強い憤りの響きが含まれていた。
残った三人の盗賊は後ろ手に縛られた姿勢のまま、エーヴェルによって後頭部を打ち抜かれて地面に転がっていた。
無抵抗の盗賊を続けざまに撃ち殺した銃士は、それでもなお苛立たし気に憎悪の籠った目で躯を睨みつけている。
「……少しでも分かり合えるかも……なんて思ったあたしが間違ってたよ」
ローズが哀しい顔で呟いた。
——第六皇女の警護団は軽傷者三名、重傷者・死者ともにゼロ。
対して黒装束を纏った四十一人の盗賊は、全員が『闇の大地』にその躯を晒すこととなった。




