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35.皇女襲撃

 広大な砂砂漠(すなさばく)に敷かれた一本の街道。


 それは巨大交易都市サンダリアンとオアシスの街ファウンティナを結ぶ唯一の生命線だ。

 全長はたったの六キロ。


 第六皇女とその侍女を乗せた馬車と二十六の騎馬、それに三頭の荷運び用の馬がゆっくりと進んでも、二時間とかからない。


 ——だが、彼らはファウンティナを出て小一時間、街道のちょうど中央付近で立ち往生を余儀なくされていた。


 馬車の右側面、つまり北側を中心に警護団が周りを固めている。

 彼らが対峙するのは、およそ四十の黒装束の騎馬。

 その手には銃や弓、そして曲刀(カトラス)


「……おい、貴様。この辺りには野盗はいないと言わなかったか」


 銃士メーリックが強い非難を込めた目でアリスを睨む。


「今までそのような報告は一切なかったのは事実です。……言ったのは私じゃないですけどね」


 アリスが答えると、


「ふん、所詮蛮族どもの国だ。何があっても驚かん」


 銃士エーヴェルはこれ見よがしに高らかと嫌味を言う。

 流石に度を越えた暴言だが、反論している時と場合ではない。


「か、数が多い……」


 軍兵ラークが馬上で小さな悲鳴を漏らす。


「小銃が一八、弓が二三、総勢四一。全員が腰に曲刀(カトラス)を差しています」


 エイリークが素早く敵の規模を報告し、


「盗賊団?いや、地下街(アンダーグラウンド)のごろつきか?」


 ジルが素早く視線を走らせた。


「ただのナンパじゃないのは間違いなさそうだね」


「当たり前だよ、ローズ……」


 場違いな冗談を言うローズにリリィが律儀にツッコミを入れたところで、黒装束の集団の中から一騎だけ前に進み出てくる。


「よお、状況は分かってるな?男は武器を捨てて立ち去りな。女と荷物を置いて大人しく消えるなら、命だけは助けてやる。少しでもおかしな動きをすれば殺す」


 フードとマスクで顔はほとんど分からないが、声からすると三十半ばといったところか。


「貴様らは盗賊か!」


 エーヴェルが凄まじい形相で叫ぶ。


「見ればわかるだろう。……次、勝手にしゃべったら連帯責任で皆殺しだ」


 フードの男が冷たい声で答えた。

 この男がリーダーのようだ。


「調子に乗るなよ、クズめが!貴様ごとき蛆虫の指図など受けん」


 エーヴェルが拳銃を抜く。


「……死にたいようだな、いいだろう」


 フードの男はそれだけ言うと振り返って後ろの仲間たちに向かって声を張り上げた。


「野郎ども!男は全員殺せ!女は商品だ、殺すなよ……だが、壊さない程度に好きなだけ味見していいぞ!!」


 うぉぉぉぉオオオオオッ!!


 四十の黒装束たちが下卑た歓声を上げる。


「ひっどいナンパ。あいつ絶対モテないわ」


「ローズ、ふざけてる場合じゃないよ。怒られるよ……」


「——貴様らあああああああああっ!!!!」


 突然狂気に満ちた怒声が耳元から発せられ、リリィは思わず「ひっ、ご、ごめんなさい!」と身を竦めた。


 絶叫の主は、憤怒の形相をした銃士メーリックだ。


「誰に対して無礼を働いているか、分かっていないようだなぁぁぁああっ!!?」


 あまりの音量に耳を塞ぎつつ、怒りの矛先が自分たちでないことを知ってリリィはひとり、こっそり胸を撫でおろした。


「あぁ?馬鹿か、お前。どこの誰かなんてハナから俺達には関係ねえんだよ。そりゃその馬車を見ただけで大層ご立派な身分の貴族様だってことは分かるさ。男爵か、子爵か?それとも王都の伯爵か?ハッ、どうでも良いんだよ、クソが。身代金の要求なんてリスク高え真似は馬鹿のやることだ。——男なら殺す。女なら俺達の慰みものにして、最後は売り飛ばす。それだけだ」


「こっ!!このぉ無礼者がぁっ!!こんな蛮族の国の田舎貴族ではないわっ!!!」


「め、メーリック卿、それ以上は……!」


 軍兵ラークがおずおずと口を挟もうとするが、メーリックは気に留めた様子もない。

 いや、と言うより聞こえてすらいまい。


「こちらにおわすのはなァ——」


 パアンッ——!


 メーリックが顔を真っ赤にして口を開いた、その瞬間。

 乾いた銃声が砂漠に木霊した。


 盗賊の首魁だった。

 硝煙の立ち上る小銃の銃口を真っすぐ曇天に向けている。


「……うるせえんだよ、クズが。そんなことはどうでもいいって言ってんだろ」


「このっ——」


「メーリック卿」


 尚も怒りの収まらない銃士メーリックに、ジルが静かに声を掛ける。


「ここで殿下のお名前は出さない方がよろしいでしょう」


「この私に指図するな!!」


 メーリックはキッとジルを睨むが、ジルは落ち着いた表情で正面からそれを受け止める。


「……ふん」


 やがてメーリックは鼻を鳴らして目を逸らし、そしてローエンデールの警護団に命じた。


「全員殺せ!地獄で後悔させてやる」


 ウォォォオオオオッ!!


 不穏な号令を受けて、五名の銃士と十名の軍兵が突撃する。


「野郎ども!殺して殺して殺しまくれぇええ!!男どもは皆殺しだぁぁぁあ!!」


 同時に黒いフードの男も高らかに叫び、四十の騎馬が雪崩のように押し寄せる。


「どっちも悪党みたいな台詞だね」


 ローズが肩を竦める。


「あまり悠長なことは言っていられませんよ!囲まれて銃弾と矢の雨を浴びせられたら、僕たちはともかく馬車を守り切るのは難しくなる!」


 エイリークが緊迫した表情でジルの顔を見る。

 ジルはその視線を受けて、そのままアリスに顔を向け「どうする?」と問うた。


「……とにかく、殿下の守りを固めないと」


「ああ、当然だな。それで?」


 アリスの言葉に、ジルが頷いた。


「でも、守るだけでは対応が後手に回る。馬たちは無防備だから、そこを狙われたら馬車も危険です。よって敵を馬車に近づかせさせないことが最優先。銃弾や矢が届かないところで戦線を維持したまま、短時間で一気に制圧します」


「その通りだ。だからローエンデール勢も一気に突撃(チャージ)を仕掛けている訳だが……いかんせん、数の優位は向こうにあるぞ」


「……はい。つまり殿下の守りと、前線の加勢の両方が必要です」


「了解だ。他に何かあるか」


「あります」


 頷いたジルが最後に訊くと、アリスは短く答えた。


「殿下はもちろん、警護団の誰一人、死なせるわけには行きません」


「ああ。それも当然だな。了解だ、隊長」


 ジルはニッと笑った。


「……国内で盗賊に襲われた挙句死人が出たら、それだけでも外交問題に発展しかねませんしね」


 眼鏡に指を添えて、エイリークも頷く。


「では、二手に分かれよう」


 ジルの提案にアリスは「ええ」と頷いてから、七番隊の面々を見て続けた。


「おれとジルさん、エイリークの三人は先行するローエンデール勢に混ざって敵の制圧に行く。ローズとリリィは馬車の護衛に回って。殿下とルイジアナさんを頼む」


「あたしたちも制圧に加わるよ」


「いや、万々が一にも流れ弾がいかないとも限らん。それにもしもの時は殿下の精神面のフォローも必要だ。殿下もいかつい男より、女のお前たちの方がいいだろう。……あちらさんの幹部は、ちょっとそのあたりの配慮は得意じゃなさそうだしな」


 アリスの代わりにローズに答えたのはジルだ。


「それなら、別にアリスでもいいじゃん。だって、見た目女の子じゃん」


 ローズがアリスを指差して言うと、


「ん?ああ……確かにまあ、見た目で言うならアリスも女の子ってことでもいいけどな」


「良くねえよっ!……です」


 すっとぼけた顔で肩を竦めるジルに、アリスは反射的にを荒げてから、ちょっとだけ気まずくなって小声で無理やり敬語を付け足した。


「えー、なになに?今なんて言ったの?」


 ローズがアリスの腕の当たりを引っ張って、にやにやと笑う。


「……うるさいな、早く行けよ」


 アリスはジトっとローズを睨んだ。


 ローズは笑ったまま「じゃあ、そっちは任せたよ」とアリスの背中をパンと叩いて、馬車に向かう。


 その背中を追ってリリィも馬車の方へと馬を進め——すれ違いざまアリスの肩にそっと手を触れる。

 真剣な顔でアリスを見つめ、


「大丈夫。アリスくんは、男の子」


「今それ、真顔で言う必要あった!?」


 えへっ、と笑ってローズの元へ駆けていく。


「いいか、ふたりとも。殿下の髪一本傷つけさせないのは当然として、血の一滴も殿下の視界に入れるな」


「それはアリスの頑張り次第だね~」


 ジルが二人の背中に声を掛けると、ローズがひらひらと手を振って答えた。



「よし、おれたちも行きましょう」


 アリス、ジル、そしてエイリークは馬の踵を返し、そしてその腹を蹴った。

 三頭の馬が戦場に向かって一斉に駆け出す。


 ローズとリリィは振り返って、黒い波に向かっていく男たちの背中を見送った。



     Ψ


「あの黒い人たちも、人間なんだよね……」


 遠ざかっていく仲間たちの後ろ姿を見つめながら、ふいに、消え入りそうな声で呟くリリィ。


「……敵だよ、リリィ」


 ローズは前を見たままそう答えた。

 その表情からは、つい先ほどまでのおどけた色は完全に消え失せている。


「あたしたちは、殿下を守る。今はそれ以外、余計なことは考えちゃダメ」


 それは、リリィに言っているようであり、自分自身に言い聞かせている様でもあった。


「……うん」


 リリィは小さく頷いた。


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