34.【銀弾】のオルフェ
「——しまった!」
〈幸せの青い鳥〉のリーダー、カノンは思わず声を上げていた。
敵将個体の耳障りな咆哮に呼応して、残った四体の魔物が突然同時に方向転換、馬車から一番離れたところにいた一人の軍兵に一斉に襲い掛かかったからだ。
「クソッ!そりゃ魔物にしてみりゃ、別に狙いは皇子じゃねえよな!?」
ジャンが苛立たし気に叫ぶ。
「馬車を襲っているように見えたのは、単にその周りに人が集まっていたからだったのですね……!」
レティシアも悔しそうに唇を噛んだ。
(本当にそうか……?)
だが、オルフェには疑念が残る。
いずれにせよ、馬車の守りに集中していた〈幸せの青い鳥〉は間に合わない。
狙われた軍兵が「ひぃぃっ!」と悲鳴を上げた。
彼に四体の魔物を同時に相手にできる戦闘技能があるとはとても思えない。
「くっ」
今彼を助けられるのはオルフェだけだ。
オルフェが銀の銃口を四体の魔物に向け——
「後ろがガラ空きだぜぇえ!クソガキャアアアアアアッ!!」
そのオルフェに絶叫とともに迫りくる黒色の毒爪。
先ほどまで地面に転がっていた筈の、ひと回り大柄な敵将の個体だ。
その大きな翼をはためかせて、いつの間にか音もなくオルフェの背後に迫っていた。
「——!」
瞬時にその黒爪を躱したオルフェの首を、蝙蝠の翼に生えたもう一つの爪が襲う。
(こっちも毒って訳ね!)
ガキィィンッ!
オルフェは身を翻してその翼爪を右手の拳銃で打ち払う。
「クソッタレがああああっ!!だがあいつの肉くらいはもらっていくぜぇえ!!ぐちゃぐちゃにして生きたまま喰ってやらぁぁあ!!!」
猛毒を纏う黒爪は半小人妖精の肌を掠ることもなく空振りとなるが、超高速の翼撃を捌いたオルフェの拳銃も、大きく弾かれて宙を舞う。
「ああ!【銀弾】さんの武器がっ!」
レティシアの悲痛な叫びがオルフェの耳朶を打つ。
「うわぁぁぁぁあああっ!!!」
頭を抱えて蹲った軍兵に、四体の魔物の毒爪が迫る。
「……ああ、ホント、めんどくさ」
ぽつりと呟くオルフェ。
そして——
パン、パン、パン、パンッ!!
四発の乾いた銃声が木霊する。
一瞬の後、軍兵に襲い掛かる四つの灰色の影から、どす黒い液体が噴き出した。
瞬く間に肉塊と化した飛翔物は、頭を抱えて蹲る軍兵の上を高速で通り過ぎ、地面に激突して土ぼこりを上げた。
「はあ。こっちまでローエンデールの連中に披露する気はなかったんだけどね」
溜め息をつくオルフェの左手には、もう一振りの拳銃が握られていた。
弾き飛ばされた銀色の銃とは違ってその銃身は、漆黒。
「おのれぇぇぇえええええっ!テメェ、覚えてろよ!!」
曇天の上空に舞い上がった大柄な個体が顔中に血管を浮き上がらせて絶叫する。
「次会った時がテメエの最後だ!!必ず惨い殺し方をしてやるからなぁぁぁああ!せいぜい、後悔に震えて待ってろォオッ!!」
そして黒い蝙蝠の翼をはためかせて身を翻し、森の方へと凄まじい速度で飛んでいく。
「はあ?覚えてる必要なんかないね」
オルフェはさも鬱陶しそうに呟いた。
「……次なんか、あるわけないだろ」
そして左手の拳銃に素早く新しい弾を込め、両手で構える。
漆黒の拳銃が瞬く間に眩い輝きを放ち始めた。
「いやいや。いくらなんでも、さすがに遠すぎるでしょ……」
アンリが呆れたような表情を浮かべる。
ただ一体生き残った飛行型の魔物は、すでにオルフェから三百メートル以上離れている。
しかもその距離は凄まじい速度をもって、現在進行形で広がっていく。
「ボクを誰だと思ってるのさ」
しかしオルフェは不敵に笑い。
——そして引き金を引いた。
ズドンッ!!
とても拳銃の発砲音とは思えない、爆音が轟いた。
同時に一筋の銀色に煌めく光条が曇天を貫く!
「!!」
一条の銀閃が、もはや空に浮かぶ小さな灰色の点と化した魔物の後頭部を貫通した。
否、頭部そのものを跡形もなく吹き飛ばした。
「うそ……」
「すげぇ……!」
アンリが目を見開き、ジャンも我知らず呟きを漏らしていた。
首から上を失った魔物の死骸が、森の奥深くへと落ちていくのが見える。
オオオオオオオオッ——!!!
たっぷり数秒の間を置いたのち、警護団から歓声が上がった。
(とりあえず、どこぞの誰かさんがおかしなことをする前に片付けられた……かな?)
背後の歓喜の声を尻目に、オルフェは内心で自問する。
(……にしても、結局何だったんだよ、コイツら)
足下を見下ろせば、地面に転がった灰色の怪物たちの死骸から、ゆらゆらとどす黒い霧のようなものが立ち上り始めていた。
見開かれた黄色く濁った眼、死してすぐに始まる『風化』。
見たことのある、オルフェもよく知っている筈の光景だ……なのに、何故か思い出せない。
それに人間に化けるあの緑色のバケモノ。
そして何もないところから突然湧いて出たような灰色の魔物の群れ……分らないことがあまりに多すぎる。
オルフェが当初から感じていたきな臭さとは、全く別の何かが蠢いている。
(——ああ、もう!なんかイライラする)
そんなオルフェの苛立ちは露知らず、〈幸せの青い鳥〉の面々が、三番隊の隊員たちが、そしてローエンデールの軍兵たちが駆け寄ってくる。
「さすが【銀弾】のオルフェさん!」
「隊長、お見事です」
「あんた、その小さな体で、すげえなあ!」
その様子を馬車の小窓から顔を出して見ていた第三皇子のローレンスは、ほっとしたように笑った。
「——あれが音に聞く〈星芒騎士団〉の三番隊隊長、【銀弾】のオルフェ……しかし、これほどとは。あれを見せられてしまっては、どんな悪者も彼の前では迂闊なことはできないでしょうね」
「?ええ。左様ですな、殿下」
首を傾げつつ、警護長ハルドールは頷いた。
馬車から数歩離れたところで、銃士ロードリックは人知れず小さく舌打ちをした。
「チッ……何一つ碌に果たせんとは、口ほどにもない……!」
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ここまでで、『第四章【銀弾】のオルフェ』は終わりです!
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