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33. オルフェとブルーバード

「グォッ!……て、てめえ!!何をしたっ!」


 悲鳴を上げたのは、灰色の怪物だった。


「なんで暴発しやがらねえ!?」


 魔物は撃ち抜かれた脇腹を押さえながら、血走った目で叫んだ。


 オルフェの手には変わらずに銀色の拳銃(リボルバー)

 その銃全体が眩い光に包まれている。


「キミが何をしたのか知らないけど、ボクの魔力で強引に抑え込んだだけだよ」


 オルフェはこともなげに言う。


「ちぃっ、クソガキがぁあ!!」


 怒り狂う魔物は叫び声を上げながら、巨大な蝙蝠の翼をうならせてオルフェに飛びかかる。


(疾い……!)


 予想を上回る敏捷性に加えて、変則的な動き。


(それにあの爪……毒か)


 黒く長い爪から、紫色の液体が滴り落ちる。


「……ま、関係ないけど」


 パン、パン、パン!!


「が、がああっ!!」


 光を放つ銃から放たれた三発の銃弾が、目にも止まらぬ速度で空中を移動する灰色の怪物の右腕を、右の脛を、そして左の腿を正確に撃ち抜いた。


「……さてと」


 たまらずに地面に落下したその魔物の前に歩み寄り、オルフェは銃口を向ける。


「知ってることは全部話してくれる?今さら喋れないフリなんてしないでね?言っておくけど、ボクはお人好しでもないし、気も長くないからさ」


「痛ぇぇぇええ!!クソがぁぁあ!てめぇぇぇ!許さねえぞ」


「うるさいよ」


 わめきながら地面を転がる灰色の魔物に、オルフェは冷たい声で言い放った。


「舐めやがって……だがどいつもこいつもがテメェみてえな怪物じゃねえみてえだぜ」


 地面を這い、呻き声を上げながらも、魔物はグヒヒ、といやらしく笑った。


「!」


「グォォォォオオオオオオオオアアアアアアアッ!!!!」


 オルフェが引き金を引くよりも早く、地面に伏したままの魔物が凄まじい形相で咆哮を上げた。


「ちっ、めんどくさいな」


 魔物の叫びに呼応して、五十を超える蝙蝠の怪物たちが、一斉に馬車を襲う。


「殿下をお守りする盾となれ!」


 ローエンデール警護団の騎士クラウディスの号令のもと、四人の騎士たちが馬車の四方に配置され、それを取り囲むように軍兵が守りに着く。


 すでに全ての銃剣は銃としての性能を失ったようで、軍兵たちは槍か軍刀(サーベル)を構えている。唯一の銃士、ロードリックも愛用の拳銃の代わりに軍刀(サーベル)を手にしていた。


 〈幸せの青い鳥(ブルーバード)〉の五人と〈星芒騎士団(スターナイツ)〉三番隊の四人は軍兵のさらに外円で、飛来する魔物を迎え撃つ姿勢だ。


(体格はゴブリン並みでも、あの疾さにあの毒……厄介だな)


 加えて飛行能力という敵側の反則的なアドバンテージと、何故か銃器が機能しないという味方側の圧倒的なディスアドバンテージ。

 この不利な状況下、オルフェの見立てでは一対一でも軍兵より魔物の方が総合的な戦闘力が高い。


 しかも相手の数は——五十以上。


(ま、それでも敗けることはないはずだけどね……このままなら)


 白銀等級の〈幸せの青い鳥(ブルーバード)〉に、〈星芒騎士〉がいる。


 ローエンデールの騎士たちも軍兵に比べてかなり腕の立つ者ばかりのようだ。

 それに幹部の三人は間違いなく相当な手練れ。


 しかし……


「狼狽えるな!!ローエンデールのためにその身を捧げろ!」

「行け、行け!突撃だ!!」

「う、うおおおおおおおお」


 ローエンデールの騎士たちが叫ぶ。

 その声に合わせて、軍兵が槍や軍刀(サーベル)を振りかざして突撃を開始した。


「ちょ、ちょっと、出過ぎないで!」

「おい、何してるんだ!危ないぞ!?」

「相手は毒持ちです!闇雲に突っ込むと死にますよ!」


 〈幸せの青い鳥(ブルーバード)〉の魔導士アンリと重戦士のローダンが慌てた声を上げ、リーダーのカノンが止めようとするが、同時に駆け出した九人の軍兵全員を止められない。


「ちっ、アホが何人か焚きつけてやがるな。ビビりやがって。腕はそこそこかと思ったけど、所詮はどいつもこいつも温室育ちのボンボンってか?」


「ちょっと、ジャン……聞こえたら大変ですよ!」


 吐き捨てるように言うレンジャーのジャンを、治癒士のレティシアが睨む。


(……まずいな。このままじゃ、死人が出る)


 オルフェは足下で呻く魔物から視線を外し、素早く馬車の周囲を観察する。

 そして叫んだ。


「〈幸せの青い鳥(ブルーバード)〉のアンリとジャンは、ボクと一緒にとにかくあいつ等を片っ端から射ち落としてくれる?カノンとローダンは馬車に近づく奴等を各個撃破。レティシアは傷の手当てより毒の治療を最優先。良いかい?」


「了解です!オルフェさん」


 カノンがすぐに叫び返す。


「みんな、言われた通りに!」


「わかったわ」

「おう」

「了解しました!」

「しゃーねえな」


 アンリ、ローダン、レティシア、ジャンが口々に反応し、そして直ちに行動に移った。


「三番隊は《光弾(エナジーボルト)》で敵を削りつつ、軍兵たちを守れ!一人も死人を出すなよ!」


 テキパキと命令を下しながら、オルフェは続けざまに三発の銃弾を放ち、三体の空飛ぶ魔物の眉間を正確に撃ち抜いた。


「おい、お前!勝手な指示をするな!軍兵などはいい!それよりお前たちも殿下をお守りしろ」


 ローエンデールの騎士の一人が、オルフェの肩を強引に掴んだ。


「はあ?」


 オルフェは振り向き、そしてその騎士を見据えた。

 凍り付くような、冷たい眼。


「ひっ!」


 騎士は思わず悲鳴を上げる。


「……殿下はローエンデールの精鋭の皆さんがいらっしゃるから大丈夫でしょう?ナディア側の警護団の指揮はボクにお任せください」


 オルフェはふっと表情を緩め、そして愛嬌たっぷりににっこりと微笑んだ。

 だが、その子供のような笑顔にローエンデールの騎士は却って気圧されたらしい。 


「……ちっ、す、好きにしろ」


 忌々し気に舌打ちをしつつも、オルフェの肩に置いた手を恐ろし気にどけると、その騎士は逃げるようにその視線をオルフェから上空の魔物たちへと移した。


「《光弾(エナジーボルト)》!」

「《光弾(エナジーボルト)》!」

「《光弾(エナジーボルト)》!」

「《光弾(エナジーボルト)》!」

「……俺の弓の腕を舐めんなよ!」

「《大炎球(ファイアボール)》!!」



 三番隊の光の弾丸とジャンの射る矢が、狙い過たずに次々と蝙蝠の翼を持つ怪物たちを射ち落としていく。

 アンリの火炎魔法に至っては、一撃で同時に三体を焼き尽くした。


「やるね」


 オルフェは称賛を贈りつつ、続けざまに銀色の銃を発砲。

 三体の魔物が悲鳴とともに落下するのには目もくれず、愛用のリボルバーに新たな銃弾を六発装填した。

 その間一秒と掛かってはいない。


「あなたこそ!」


 アンリが不敵に笑った。


「な、なんなんだコイツら……」


 その光景を見た先ほどのローエンデールの騎士が呻くように呟いた。

 蝙蝠の魔物たちが、瞬く間にその数を減らしていく。


 だが三十を超える躯が地面に転がった辺りで、怪物たちの動きにも変化が現れた。

 もはや上空に圧倒的優位はないと判断したのか、地面スレスレを飛び、不規則な動きで警護団を翻弄しながら馬車を狙う。


「化け物の分際で戦術を変えて来やがった!」


「どうする?無闇に撃つと、仲間を巻き込みかねないわよ」


 忌々しそうなジャンと困惑の表情を浮かべるアンリ。


「いや、問題ない」


「奴らが下りて来たってことは——」


 一方、ローダンとカノンは待ってましたとばかりに重槍と広刃剣(ブロードソード)を振りかざし、灰色の魔物の群れに突っ込んでいく。


「——おれたちの武器も届くってことだよ!」


 ザシュッ!!ズバアッ!!


 どちらも得物の一振りで魔物の命を狩りとった。

 同様に、〈星芒騎士団(スターナイツ)〉三番隊も攻撃手段を魔法から十八番の《光の剣(レイブレード)》に切り替え、蝙蝠のバケモノを切り裂いていく。


「ちっ……雑魚が!」


 銃士ロードリックが、警護団をすり抜けて馬車に接近した一体を、手首を捻っただけの軍刀(サーベル)の横薙ぎ一閃で両断した。

 騎士ハルドールも騎士クラウディスもすでに何体かの魔物を危なげなく葬っている。


 魔物たちの我が身を顧みない特攻に、軍兵の数名が毒爪の斬撃を受けていたが、レティシアが素早く解毒の魔法で癒していく。


 蝙蝠の魔物がいよいよ残り四体となった時だ。


「グウォォォォォオオオオオオアアアアッ!!!」


 馬車から少し離れた森の入り口付近で、また咆哮が上がった。

 そう。

 オルフェの銃弾を四発受け、地面に転がったままのあの大柄な個体だ。


「あいつ……!」


 その意図に気づいたオルフェの呟きには、始めて焦燥の響きが混ざっていた。


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