32. 翼持つ灰色の怪人たち
キーン、キーン、キーン、キーン——……
「そ、空飛ぶ妖魔だぁ!」
「何だあの数は!おい、軍兵!!さっきから魔導具はどうなってる!!」
「レ、魔素探知機には直前まで何の反応もありませんでした……!突然湧いて出たとしか……」
「今はそんなことはどうでも良い!命に代えても殿下をお守りしろ!」
鳴り響く魔導具の警報音と、飛び交う警護団の怒号。
闇の森を目前にした岩石砂漠の一角で、ローエンデールの警護団十七名と、オルフェ達〈星芒騎士団〉三番隊五名、そして〈幸せの青い鳥〉の冒険者五名の総勢二十七名が、およそ二倍を数える魔物の群れに囲まれていた。
「見たことねえ魔物だな」
「何アレ……コウモリ?」
「うーん、フォルム的には蝙蝠の翼を生やした灰色のゴブリン……って感じだね」
レンジャーのジャンと魔導士のアンリが首を傾げ、リーダーのカノンは広刃剣を肩に担いで、率直な感想を口にした。
「地下迷宮に巣食う小悪魔のような姿ですね……生理的に受け付けません」
治癒士のレティシアはその整った眉を顰めた。
「ところで、”空飛ぶ妖魔”なんていたっけか?」
巨漢の戦士、ローダンが不思議そうな顔をすると、
「何を今さら……いるわけないでしょう、ローダン。妖魔はゴブリン、コボルド、オーク。それからオーガーとトロールの五種類だけです。あなた、『教会』で何を習ったんですか」
元修道女のレティシアは細い腰に両手を当てて、隣に立つ大男の顔を見上げた。
「いや、そうなんだけどさ。じゃあ、何でローエンデールの人たちは、あいつ等を『妖魔』って言うのかな、と思ってな」
ローダンが肩を竦める。
「そんなの、人型の魔物をとりあえず全部『妖魔』って呼んでるだけじゃないの?さっきの緑色の怪物のことも、誰かが『妖魔』って言ってたし」
アンリが興味なさそうにそう言うと、
「まあ、確かに。ローエンデールのみんながみんな、魔物に詳しいわけでもなさそうだしな」
ローダンも納得したように頷いた。
「俺達だって、そもそも妖魔と魔物の違いも良く分かんねえしな」
「それはあなたがちゃんと勉強をしていないからです。良いですか、ジャン。『教会』では……」
「はい、ストーップ。レティシア、ジャンへの説教は終わった後でいくらでもやっていいから」
レンジャーに詰め寄るヒーラーを遮ると、「良くねえよ」と不満を口にするジャンを無視してカノンは続けた。
「みんな、おしゃべりはここまでにしよう。——来るよ!」
カノンの言葉の通り、空中で旋回していた灰色の魔物の群れが一斉に急降下する。
「一匹残らず撃ち落とせ!!」
警護長ハルドールの怒号が響く。
パン、パン、パン、パン!!
けたたましい警告音を奏で続ける魔導具を抱えた一人を除き、九名の軍兵全員が手にした小銃から一斉に銃弾を発射した。
乾いた音が木霊する。
だが、まさしく蝙蝠のように変則的な動きで空を舞う魔物にはほとんど当たらない。
「しっかり狙え!」
軍兵たちが二射目を構え——その時だ。
ボンッ、ボンッ!!
「うわっ!!」
「ひっ!?」
「痛ぇ!」
小さな炸裂音と共にそこかしこで軍兵たちの悲鳴が上がった。
「!?」
オルフェの視線の先で、銃を取り落として手を押さえる軍兵たち。
中にはうずくまっている者もいる。
地面に投げ出された銃剣はどれも細い煙を立ち上らせていた。
「どうした!?何をやっている、お前たち!」
騎士クラウディスが叫ぶ声が聞こえる。
「じゅ、銃が突然”暴発”して……っ!」
軍兵の一人が悲鳴じみた声で答えた。
(同時に暴発?どうなってるのさ……?)
幸い、重傷を負った者はいないようだが、オルフェの見立てでは地面に転がる銃剣の半数ほどは、もう使い物にはなるまい。
(状況は全く掴めないけど、今ボクたちがやるべきことは……)
オルフェは振り返り、傍に控える四人の部下たちの顔を見渡す。
「三番隊は馬車から離れるな!殿下の守りを最優先!それから——」
「——チッ。森の中まで誘い込めてねえじゃねえかよ。あの野郎、雑な仕事しやがって。こっちは馬鹿みてぇに窮屈なところでじっと我慢してたって言うのによ」
振り返った小人妖精のハーフの青年の背後で、甲高いダミ声が響く。
頭を振って視線を戻すと、オルフェの瞳は黒い蝙蝠の翼をせわしなく羽ばたかせながら中空に浮かぶ、一体の魔物をその視界に捉えた。
人型のソレは、おおよそ身長一五〇センチ。
小人と人間のハーフであるオルフェとちょうど同じくらいのその体格は、宙を舞う他の個体と比べると一回り大柄に見える。
わずかに茶色掛かったダークグレーのその身体には体毛はなく、細長い両手の先には黒く長い爪。
背から伸びる一対の翼も他の同族より巨大だ。
濁った黄色の瞳が、曇天の下で怪しく輝いている。
魔物はオルフェの姿を捉えると目を細め、そしてニヤリと笑った。
「よう、兄弟」
「……はあ?気色悪いこと言わないでくれる?お前みたいなバケモノの家族になった覚えはないんだけど」
オルフェは嫌悪感を露わに、眼前で滞空する魔物を睨みつけた。
「オルフェ隊長!」
三番隊の隊員が、オルフェに声を掛ける。
「キミ達は予定通り殿下を守れ。ボクもコイツを始末してからすぐに行く」
「「「「了解!」」」」
対象の指示に応じ、三番隊の四人は新たに出現した魔物には目もくれず、馬車へと向かう。
「オイオイ、部下に守ってもらわなくていいのかよ、坊や」
「……キミがこの群れのボス?」
下卑た嘲笑を浮かべる魔物の言葉を無視して、オルフェは冷たい声で訊く。
「ハッ、良く分かったな!」
「この中じゃあ、キミが一番強そうだからね」
「さすが同朋!土臭えドワーフやブラウニーとは一味も二味もちがうねえ!」
魔物は濁った目を見開いていやらしく嗤う。
「だから、ふざけないでよね。そもそもキミらは何者なわけ?さっきの緑色のバケモノもさ。それにさっきから銃器が次々に暴発してるのも、もしかしてキミ達の仕業?——人の言葉が喋れるなら説明できるよね?」
オルフェは細剣の切っ先を魔物の顔に向ける。
「グへへ。そんなに一度にたくさん聞かれても答えられねえなあ。……まあ、銃の類はオレ達には効かねえってのだけは教えておいてやる」
「……へえ?じゃあ、試してみようか」
そう言うと、オルフェはおもむろに細剣を鞘にしまう。
そして代わりに、腰から何かを引き抜いた。
右手に握られた銀色に輝くそれは——六連式のリボルバー。
五〇口径の大型拳銃だ。
その銃口を魔物の頭部にピタリと向けた。
「ケッ、バーカ。人の忠告は聞くもんだぜ」
「——さえない遺言だったね。バイバイ」
言うが早いか、オルフェは引き金を引き——
瞬間、銃身に何か熱源が発生し瞬く間に膨れ上がるのを感じる。
「——!!」
同時にオルフェの全身が強い光に包まれた。
「グへへ、その言葉そっくり返すぜ。あばよ、兄弟」
——パアアンッ!!
乾いた音が、戦場に木霊した。




