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28.行商の救援要請

「魔物だと!?」


 その言葉を聞いて、途端に警護団が色めきだつ。


「お主は仲間を置いて逃げて来たのか」


 ハルドールが冷たい目で中年の男を見る。


「……!……そ、そうです。ええ、その通りです、旦那ぁ!私ぁ戦えません。もう駄目だと思った時に、馬の鳴き声が聞こえたんで、助けを呼びに来たんでさぁ!」


 男はすがるように言った。


「ハルドール卿。戦士でもない者をそれ以上責めても、詮無きことではありませんかな」


 銃士ロードリックが穏やかに言うと、警護長の騎士ハルドールも頷いた。


「うむ、そうだな。……しかし気の毒だが我々は助けには行けぬ。他をあたることだな」


「え!?……ま、待ってください!お願いです……!」


「悪いが無理だ。それに『闇の大地』の森で薬草採取など、命の保証がないのはそれこそ子供でも分かること。欲に目がくらんだあなたたちに責任がある。それなりの覚悟はしていた筈であろう」


 すでに蒼白の顔をさらに青くして懇願する憐れな男に、騎士クラウディスが静かに首を振る。


 死と隣り合わせの『闇の大地』は、一方で人間にとっては貴重な資源の宝庫でもある。

 本来なら相応の実力を身に着けた冒険者にクエストを発注して採取を依頼するのがセオリーだが、その人件費は馬鹿にならない。


 旅の商人がついつい欲に目がくらみ、聖石灯に守られた街道を少しだけ外れて『闇の大地』に足を踏み入れると言うのは、実はそう珍しいことでもない。

 そして採取に夢中になっているところを魔物に襲われ命を落とすこともまた、決して珍しいことではなかった。


「そ、そんなぁ!ど、どうか!お願いです!どうか仲間を助けてやってください!これだけ強そうな人がいるんだ、頼みますよ!このままじゃあ仲間が喰い殺されちまう……!」


 商人の男は苦しそうに喘ぎながら、ハルドールの馬の足にすがろうとする。


「愚かな......!やめなさい。怪我をするぞ」


 ハルドールが困ったように言う。


「ハルドール様!」


 その様子を見かねた〈幸せの青い鳥(ブルーバード)〉のカノンが警護長へ馬を寄せてきた。

 すぐ後ろに、他の四人のメンバーもいる。


「私たちはこの度ご同行の栄誉に預かりましたが、警護の者ではございません。我ら〈幸せの青い鳥(ブルーバード)〉だけでも、隊を離れて彼らの救援に向かうことをお許し願えませんか」


「むう、しかしな……」


 ハルドールは少しだけ悩むような表情を浮かべるが、


「貴殿らの気持ちも分かるが、勝手な行動は許されませんぞ」


 騎士クラウディスが静かな声で却下する。


「……ハルドール卿、ロードリック卿、クラウディス卿。報告を」


 その時、彼らの背後、馬車の方から再び凛と響く声がした。

 彼らが一斉に振り返ると、そこには馬車の小窓から顔を出したローエンデールの第三皇子。


「なっ、殿下!?」

「お顔を出してはなりませぬ!」

「車の中へお入りください!」


「報告が先です」


 慌てるローエンデール警護団幹部たちを他所に、ローレンスはピシャリと言った。

 穏やかだが、”安易な誤魔化しは一切許さない”。

 そんな響きが含まれている。


 ハルドールが馬車の真横まで速やかに移動し、状況を報告する。


「なるほど、分かりました。では、みんなで助けに行きましょう」


 話を聞き終えると、ローレンスは少しの躊躇もなく高らかに宣言した。


「殿下!なりませぬぞ」

「自ら魔物の元へ向かうなど!」

「この男の素性も知れませぬ。どうかお考え直しを!」


 もはや幹部たちは明らかに狼狽している。

 だが第三皇子はきっぱりと言い放った。


「何を言うのです。我らには彼とそのご友人を救うだけの武力がある。にも拘わらずここで見て見ぬふりをするのは、誇りを捨てるのと同じことです」


「なっ」

「むう」


「……やむを得ませんな」


 やがて深いため息をついてから、ハルドールが渋々と言った顔で言う。

 皇子と警護長の言葉を聞いた〈幸せの青い鳥(ブルーバード)〉たちの表情が明るくなった。


 その様子を見ていたオルフェは、やや呆れ顔だ。


(ローエンデールの連中は”誇り”だとかそう言うワードに極端に弱いし、〈幸せの青い鳥(ブルーバード)〉はそこそこ腕の立つ冒険者のクセして、無駄にお人好しだな)


 それはこの短い道中で、オルフェが彼等に抱いた感想だ。

 小人妖精(レプラコーン)のハーフの青年は「ああ、めんどくさ」と小さくため息をつくと、馬の背から飛び降りた。


「……ねえ、オジサン。アンタの仲間、助けてやるから状況を説明してよ」


 そしてうずくまる男の前に立つ。


「あ、ああ!ああ!!ありがとうございますぅ、このご恩は一生……」


「そういうのいいから。早くしてくれる?さもないとオジサンの仲間死ぬよね?」


「は!はいぃぃ!」


「魔物の種類と数は?」


「お、狼……いや犬!犬です!真っ黒ででっかい犬のバケモノでさぁ!数は五匹、いや六匹……?」


「はいはい、黒妖犬(ブラックドッグ)ね。てかオジサン、『闇の大地』の森に入るのに、黒妖犬(ブラックドッグ)も知らないの?……まあいいや。で、場所は?」


 オルフェは呆れた顔で商人を見る。


「そ、そこの森の中に入って直ぐでさぁ!」


 男が指す方向に視線を送った。

 街道から数百メートルと言ったところか。確かに小さな森が見えた。


 オルフェは神経を研ぎ澄ませ、視線の先に精神を集中させる。

 いくらこちらが大所帯とは言え、魔物の襲撃中に馬の(いなな)きが聞こえたのであれば、森の中と言ってもほんの手前あたりだろう。


(……さすがに森の中だと、黒妖犬(ザコ)が五、六匹程度じゃボクにもわからないか)


 森全体が『闇の大地』特有の瘴気をぼんやりと漂わせていて、オルフェの歴戦の戦士の勘をもってしても、数十メートル先の魔物の小さな群れまでは補足できなかった。


「馬鹿な!『闇の大地』の森だぞ!?危険な魔物がいてもおかしくない!そんなところに殿下をお連れするつもりか!」


 警護団の誰かが叫ぶ。

 その声を皮切りに、警護団の中で一気に動揺が波及した。

 不安と懸念の声が次々に上がる。


「已むを得んな」


 騎士クラウディスが溜め息とともに皆の前に進み出た。


「……魔導具を使う。危険な魔物がいれば確実に探知できる。それでいいだろう、諸君」


 大柄な騎士は警護団を見回してそう言うと、荷運び馬の背に乗せていた荷物の中から何かを取り出し、それを皆が見えるように高々と掲げた。



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