27.進路を遮る者
「いやぁ、感動しました!」
隣国の第三皇子は興奮で赤らめた顔を馬車の窓から出し、隣を行く馬上の冒険者たちに声を掛けた。
「ふむ。確かに、なかなか見事でしたな」
「そうですな。鮮やかなお手並みでした」
警護長の騎士ハルドールと、銃士ロードリックも賛同する。
「お褒めに預かり光栄です、殿下、皆さま」
馬車に速度を合わせて馬を進めながら、金髪の青年は馬上で胸に手を当て、器用に畏まった。
ローエンデール第三皇子の一行は、一泊二日のモンスターハントツアーを無事終えてサンダリアンへの帰途についていた。
砂漠の只中に人の手によって造られた街道を、二頭の黒馬に引かれた重厚な馬車が進む。その周りを二十七騎の騎馬が陣形を組んで囲み、さらに騎兵に綱を引かれた荷運び用の馬が三頭、行軍に加わっている。
サンダリアンへはあと数キロ。小一時間もすれば彼の交易都市の巨大な市壁が見えてくるだろう。
この辺りまでくると、砂漠には変わりがないが申し訳程度には小さな森が所々に点在し始める。
どれも地下水が湧き出した泉の周りに形成されたものだ。
そのほとんどは人が近づかない手つかずの自然——要は魔物が巣食う『闇の大地』の一部だが、中には森や泉の恵を糧とした村落もある。
今回の”大捕り物”は、飢えた大型の恐竜種がエサを求めてこの辺りの村々に被害を及ぼすことを未然に防ぐクエストでもあった。
「それにしても、貴殿らはよく連携が取れていましたね」
大柄な騎士クラウディスも馬上から称賛を贈った。
「ええ、まあ私たちも、パーティを組んでそれなりに長いもので」
〈幸せの青い鳥〉のリーダーにしてパーティ唯一の黄金等級冒険者のカノンは、少し照れたように金髪の後頭部に手を当てて、爽やかに笑った。
他の四人の冒険者たちも、まんざらでもなさそうだ。
(……まあ、確かにね)
一団の殿で、他の三番隊隊員たちと陣形を維持しつつ会話を遠巻きに見守っていたオルフェも、内心では同意見だった。
彼の目から見ても〈幸せの青い鳥〉のメンバーの連携はかなりのものだ。お互いの長所と短所を熟知していて、戦術のバリエーションの幅も広い。
だがそれだけではない。
個人の戦闘力で見ても、それぞれがかなりのものだった。
特に黄金等級のカノンに至っては、恐らく平均的な〈星芒騎士〉と互角以上だろう。
(——ボクたちも《光の剣》一辺倒で無双できるほど甘くないってことは、肝に銘じておかないとね)
”ナディア最高戦力”と称される〈星芒騎士団〉も、実際のところはその圧倒的な破壊力と使い勝手の良さから、ともすると《光の剣》に頼りがちで、戦術パターンが限られている側面は否定できない。
オルフェの記憶では、ナディアの冒険者ギルドに登録されている黄金等級以上の冒険者の数は、確か三十名程度。
王国軍が長い年月と莫大な経費を費やして育ててきた〈星芒騎士〉が、団長と副団長を含めても総勢四十七名であることを考えると、手放しに感心してもいられない数だ。
魔物による大暴走などのいわゆる”魔物災害”発生時には政府が強制クエストを発出できるとは言え、冒険者たちは決して軍の人間ではない。
国家の敵にはならずとも、味方とも呼べない強大な軍事力。
流石に脅威と言わざるを得ない。
(ま、だからって、ボクたちにできることって言ったら、地道に自分たちの力量を高めていくことしかないんだけどね)
と言う訳だから、あいつ等をこれからもビシバシと虐めて……もとい、鍛えてあげるとしようか。
オルフェがそんなことを考えていた時だ。
ヒヒィィィィンッ——!!
キィィィッ!
唐突に先頭を行く軍兵の馬たちが激しく嘶き、呼応するように他の馬、馬車を引く馬までが次々と声を上げる。同時に馬車も急停車。車輪が不穏な悲鳴を上げる。
「何だ、どうした!?」
「一体何事だ!」
口々に警護団の怒号が飛び交う。
「た、助けてくださぃぃぃ!!」
「何者だ!」
次いで、中年の男の悲鳴と、詰問する声が響く。
「貴様ぁ、我らの進路をふさぐとは、切って捨てられたいか!?」
ローエンデールの騎士の一人が叫んでいる。
「ひ!?ひぃぃぃぃ!お、お助けを」
男の悲鳴が聞こえる。
——いやいや。流石に切って捨てられちゃ困るんですけど。
今はナディアの田舎貴族っていうテイでしょ?
少なくともこの国には、貴族の進路を妨害した平民は切っていい、なんて法律はないんだからさ……
「やれやれ、めんどくさ」と溜め息をつきながら、オルフェは馬の腹を蹴って先頭に向かう。
だがオルフェが止めるより先に「止さんか愚か者」と、その騎士を一喝する者がいた。
警護隊唯一の銃士、ロードリックだ。
「何事ですか、ハルドール卿」
馬車の中から第三皇子の声がする。
「殿下。商人のような身なりの男が一人、我々の進路を妨害して馬を止めたのです。すぐにどかせますので」
「待って。まずは理由を聞いてください」
馬車の中から、ローレンスがハルドールに指示をする。
「……畏まりました、殿下」
渋々、と言う感じで答えて、ハルドールが先頭に馬を巡らせる。
「そこの男。何用か?」
「ご、ご無礼を承知で申し上げます!由緒ある高貴なお方のお車とお見受けしますが、貴族の方でしょうか!」
「……答える義理はないな。聞いているのはこちらである。まず名を名乗りなさい。そして馬車を止めた理由を簡潔に説明せよ」
ハルドールは腰の広刃剣に手を掛けながら、街道の真ん中で膝をついて首を垂れる太った男を馬上からギロリと睨んだ。
背の低い、太った男だった。
身に着けている商人風の衣服もあまり上等とは言えない。
どこかに置いてきたのか、荷物もほとんどない。
ずっしりと重そうな皮袋を腰からぶら下げているのみだ。
そしてよほど恐ろしい思いをしたのか、それとも急いで走ってきたからなのか、とにかく顔色がひどく悪く、苦しそうに喘いでいる。
「ひ、ひぃぃ!わ、私はキートンと申します。見ての通りしがない商人でさぁ!」
そして頭を街道の地面に擦り付けながら叫ぶ。
「……あ、あの!仲間を助けていただきたいんです、どうか!どうか!!」
「なに」
「実は、仲間とそこの森で薬草を採取していたところを突然魔物に襲われて……仲間が、仲間がこのままじゃ殺されちまうんです!」
男は悲鳴のような声でまくし立てた。




