3.破天荒は止まらない
「——今度は皇女殿下まで“お忍び”ですと!?何を考えておられるのか!」
「いやはや、さすがにお戯れが過ぎませぬか……」
「いや、だって。ただ私の帰りを待つだけと言うのもかわいそうでしょう?だから、ちょうど良いかなと思ったんです。この街の東に、それはそれは、綺麗なオアシスがあるんですって!」
「ちょ、“ちょうど良いかな”って……」
銃士メーリックがテーブルを叩いて声を荒げ、騎士ハルドールが困ったように言う。
軍兵のラークは目に見えて狼狽えていた。
明らかな非難の目が集中する中でも、全く動じることなく穏やかに答えたのはローエンデール皇国第三皇子、ローレンス。
昨晩、コロッセオでの試合を終えてホテルに帰り、夕食を終えた直後のことだ。
「そんな思い付きで!?どうかお立場をお考えください!」
「左様ですな。できればホテルで滞在していただきたいものですが……せめてサンダリアン市内の観光ではだめなのですか?」
銃士エーヴェルも騎士クラウディスも、反対の意を露わにする。
「二日間もそれだけじゃつまらないでしょ。市内の観光は私が帰ってきてからでも一緒にできるし」
「ただホテルの中で大人しくしていただいていればよいのです!見たい店があれば、店の者をこちらへ呼び立てれば良いだけのこと」
「だからレナード、それじゃつまらないんだってば。それに珍しく本人が行きたいって言うんだよ?兄としては叶えてやりたいじゃないですか」
「つまる、つまらぬ、の話ではありませぬ!」
相変わらず穏やかな自国の皇子の態度に、却ってメーリックはヒートアップしていく。
「レナード、少し落ち着け」
銃士ロードリックが静かに窘めた。
「ううむ……しかしなんでわざわざ別の街へ?そもそも、そのような街のことなど、どうして姫殿下がご存じだったのでしょうかな?」
ハルドールが怪訝な顔で尋ねると、ローレンスは笑顔で答えた。
「ああ、星の七番隊の、ローズさんとリリィさんが教えてくれたそうだよ」
その瞬間、その場にいない本人たちの代わりに、ローエンデールの幹部たちの非難の眼差しが一斉に皇子からアリスに移る。
「あ、あはは……」
アリスは刺すような視線の中で、引きつった笑いを浮かべた。
「ちっ、あの女ども、余計なことを」
「迷惑この上ないな。だから女は嫌なのだ」
メーリックとエーヴェル、二人の銃士がほぼ同時に吐き捨てるように言うと、
「さすがに口が過ぎますぞ、お二人とも」
見かねた騎士クラウディスが首を振った。
「し、しかし殿下!そんなに急に決められましても。……ひ、姫殿下の護衛はどうするのです」
「左様。聖石を埋め込んだ列車も使わず、魔物が蔓延るこの砂漠を馬で移動するなど……万一のことがあったらどうなさるおつもりか!」
軍兵団の中で唯一幹部会議に出席しているラークが珍しく意見すると、エーヴェルもそれに賛同した。
「何言ってるんです」
しかし、ローレンスはしれっと言ってのけた。
「そのために君達がいるのでしょう。それに聖石灯が整備された街道を道なりに行くだけです。滅多に魔物に遭遇することもない。ですよね、オルフェ隊長?」
そして、それまで沈黙を守っていたオルフェに視線を向ける。
「……『闇の大地』である以上、“絶対”は保証はできませんが……まあ、確かに街道を逸れない限り、魔物の襲撃はあまり考えられないですね」
「ふん、魔物は出ずとも、野盗が出たらどうするつもりだ」
オルフェの答えが不満だったのか、メーリックが今度はオルフェに嚙みついた。
「残念ながらそう言う輩もいないとは言えないけどさ。ここ最近サンダリアン周辺では特に出没報告もないし、そもそも“お忍び”って言ったって、それなりの護衛を配置していけば狙われることもまずないと思うね。魔物と違って野盗どもは自分の命が惜しいはずだからさ」
オルフェは肩を竦めてから、メーリックに向き直って答える。
それを待ってから、ローレンスは満面の笑みを浮かべて、
「——というわけですから。妹は“お忍び”でオアシスの街ファウンティナに行かせますので。あとはよろしく頼みます」
穏やかに、しかし強い意志を持ってそう言い切った。
「いや、そんな……」
それでも、珍しくラークが食い下がろうとするが、
「賛同は致しかねますが……そこまでおっしゃるなら、已むを得ませんな。まあ二日程度なら、なんとかなりましょう。二十万の人間がいる大都市の街中より、田舎町のほうが却ってお守りしやすい面もありますしな。何より、もうこうなっては何を言ってもお聞きにならないでしょう?」
ロードリックがラークを遮って皇子に問う。
「ふふ。その通りです。私の性格を良く分かっているじゃないですか」
ローレンスは人懐っこい笑顔を浮かべて頷いた。
メーリックとエーヴェルは苛立ちを露わにし、ラークは困惑した表情のまま肩を落とす。
ハルドールとロードリックも呆れた様子を隠そうとはしなかったが、それ以上反論する者はなかった。
「——貴公にはすまないな。すでにお分かりの通り、我々も殿下には手を焼いておってね」
昨日の回想に意識が離れていたアリスの肩に、中年の銃士がポンと手を置いた。
いつの間にか、ハルドールの隣に来ていたらしい。
銃士ロードリック。
オルフェがローエンデールの警護団の中で最も強いと——アリスより遥かに強いと、そう評価した男だ。
「あ、いえ……」
「皇女殿下をくれぐれも頼む。……まあ、なに、気の毒だとは思っているが、たった二日だ。滅多なことは起こらぬと思うよ」
(……気の毒?)
アリスは、そこまで言うほどか?とは思ったものの、
「おっと」
アリスが口を開く前に、ロードリックとハルドールは少しだけ慌てたように、アリスのもとをそそくさと離れていく。
その理由はすぐに分かった。
「アリスさん」
背後から声を掛けられ振り返ると、そこには隣国の第三皇子が笑顔で立っていた。




