23.【一番星】と【夜明けの聖女】
「邪魔しないでよ、三下!!」
セラフィナの火炎が生き物のように黒衣の怪物を薙いでいく。
「アハハ!強気の言葉の割には、大分苦戦しているみたいねえ!息が上がってるわよ?」
目のない女の嘲笑が耳朶を打つ。
「うるっさい、クソババア!」
黒い短杖を持った個体と、いつの間にか加わった、赤い剣を持つ個体。
迫りくる二体の黒衣の怪物を相手に、事実セラフィナは攻めあぐねていた。
茶色い本を抱えた鬼女は、少し離れた店のカウンターに腰かけ、すでに高みの見物を決め込んでいる。
「ジャア!!」
縫われた唇、その端の割れ目から不気味な呼気を吐き出しながら、赤い刃を繰り出してくる黒衣の怪物。
その連撃を左手に持つ銀色の短剣で受け流しながら、右手の短杖の先端を眼前のバケモノの顔面に突き付けるが、魔法を発動するより一瞬先に、怪物の背後からもう一体が放った《闇の弾丸》がセラフィナを襲う。
「ああ、もうっ!」
セラフィナはやむを得ず火炎魔法をキャンセル。
即座に魔法盾を発動して闇の魔法を弾いた。
だが間髪入れずに血色の剣の連撃がセラフィナを襲う。
疾い。
『剣持ち』の個体の方は、セラフィナの剣術とほぼ互角だ。
しかも彼女の短剣ではリーチの差で、分が悪い。
さらにタイミングを合わせるように、『杖持ち』の個体が再びどす黒い魔法の弾丸を放つ。
(やば……っ!)
両方同時には捌けない……!
咄嗟にセラフィナは魔法盾の展開を捨て、赤い斬撃のみに集中した。
常人なら一撃で即死必至の攻撃魔法だが、強い魔力のある自分なら、致命傷までには至らない筈だ。
なんとか怪物の広刃剣をはじき返したところで、《闇の弾丸》が眼前に迫る。
セラフィナは衝撃に備えた。
ガキィィィイイインッ!!!
だが、金属同士が激しくぶつかり合うような甲高い音が鳴り響いた。
闇色の凶悪な魔法弾はセラフィナの眼前で霧散、さらに驚愕するセラフィナに二撃目を見舞おうと振り下ろされたもう一体の紅い刃も彼女の頭蓋を捉えることなく、それどころか逆に怪物が光に弾かれて後方へ大きく吹き飛ぶ。
木製のテーブルに突っ込み、放置された酒や料理を派手にまき散らして倒れ込んだ。
——物理も魔法もお構いなしの堅牢強固な防護結界。
「!?」
「誰!?」
セラフィナの心の声を代弁したのは、一秒前までカウンターで脚を組んで薄ら笑いを浮かべていた目のない女だった。
「フィナちゃん、大丈夫―?」
場違いなくらい、のんびりとした穏やかな声。
背後からの聞き覚えのあるその声にセラフィナは振り返り、
「クリスティーナ隊長!」
そして目を見開いた。
「——なんて恰好してるんですか!」
入り口の前に立っていたのは、豊かな金髪に紅水晶の瞳をした二十歳前後の美しい女。
その手には白色の金属光沢を放つ細剣。
そしてその身に纏うのは同じく白色の鎧……ではなく、どう見ても寝巻だ。
「アイリスと私はねー、今日は第二兵舎に泊まる予定だったのー。明日早いから、お風呂に入ってもう寝ようとしてたらー、機動隊から本部に応援要請が届いてー、一番近い私たちに本部から直行命令が来たのよー」
「今日第二兵舎にいる〈星芒騎士〉は、私とクリスティーナ隊長だけだったからね。……本当は近くにベルトラン隊長もいたみたいだけど、まあ、あの人に連絡がつかないのはいつものことだから」
怪物の頭を串刺しにした投擲槍を一振りしてどす黒い血を払い落しながら、茶色のサイドテールの少女が無表情に付け加える。
「アイリスさん!」
セラフィナは彼女の名を口にする。
誰よりも先に、誰よりも明るく輝く星。
兄の同期の中で、恐らくもっとも有名な少女だ。
軍人であればその名を知らぬ者はいないだろう。
「……でも、さすがに隊長は着替えてから来てください」
そう言う彼女も、薄手の部屋着姿だ。
とても魔物と対峙するような格好ではないし、普通ならこの姿で街中を出歩くものでもない。
「だってー、アイリスがすぐに飛び出して行っちゃうんだものー」
「もし寝巻だったら、私だって着替えてから兵舎を出ますよ」
どこか拗ねたように言うクリスティーナと、無表情のままのアイリス。
(嘘でしょ?第二兵舎って……城下町からこんな短時間で!?)
第二兵舎とは、軍人用に設置された簡易の宿舎だ。
王宮に併設された兵舎と区別するためにそう呼ばれる。
広い城下町の中の最南端、城下町を取り囲む市壁に併設されているもので、全ての上級騎士に一人一室あてがわれる王宮の兵舎とは異なり、軍人なら部屋が空いていれば誰でも泊まれる質素な造りの仮の宿舎だ。
主に当日の任務が遅くなったり、翌日早朝から城下町の外での任務がある場合などに利用されている。
近いとは言え、城下町だ。
ここからは直線距離でも十キロ近くはある。
第三小隊隊長のサリフが本部に連絡を入れてから、まだ二十分も経っていない。
「……てか、仮の宿舎に泊まるときも、クリスティーナ隊長はパジャマ持参なんですね」
「私、パジャマじゃないと眠れないのー」
「相変わらず軍人らしさに欠けてますよ、隊長は」
エヘ、と笑うクリスティーナを、アイリスは呆れたように一瞥した。
クリスティーナは「ひどいわー」と頬を膨らませてから、「あ」と気づいたようにセラフィナに向き直り、
「と、いうわけだから、援護に来たのは私たち二人だけなのー……でも——」
と、その時だ。
相変わらずのんびりとした口調で話す六番隊隊長の背後に、二つの黒い影が迫るのをセラフィナの藍玉の瞳が捉えた。
「!クリス——!」
“——ティーナ隊長、後ろ!”
とフィナが叫ぶよりも先に、閃光と旋風が巻き起こり——
気付けば彼女の背後で、細切れになった肉片が飛び散る。
先刻までセラフィナを追い詰めていた二体だ、と辛うじて判別できたのは、床に黒い杖と赤い剣が転がっていたからだ。
(ノールックで二体を瞬殺!?どっちがバケモノか分かんないじゃん……)
「たぶん黒い杖を持った人たちは、魔法耐性が強いと思うのー」
輝く細剣を無造作に振って血糊を落とすと、クリスティーナはアイリスと機動隊員を見渡した。
「だから、アイリスはあの人たちをお願いね。魔導機動隊の皆さんは赤い剣を持った人たちの方をお願いしますー。フィナちゃんもねー。私はあの女の人をやるわ」
「こいつ等を“人”と呼ぶのはどうかと思いますが……了解です」
アイリスは無表情のまま答えた。
「……待ってくれ!いくら【一番星】とは言え、ひとりで三人やる気か?それに、あんたも……あの女型は間違いなく他とは格が違うぞ」
隊長のサリフが慌てたように問い返すが、
「問題ありません」
アイリスは表情を変えぬまま答えた。
「大丈夫ですよー。私たちの《光の剣》はちゃんと効くみたいですからー」
クリスティーナもそう言って、細剣に再び光を纏わせた。
「……分かった。ここはお前たちに任せる。行くぞ、お前たち!」
隊長のサリフは二人の女の瞳に確固たる自信を見て取ると、頷いた。
そして短い号令をとともに、魔導礼装を振りかざし、自ら先陣を切って『剣持ち』の黒装束に突撃する。
『了解!』
セラフィナを含む〈烈火の組〉の隊員たちが直ちにその後に続く。
「……へえ?貴方が私の相手をしてくれるのかしら?〈星芒騎士〉なんて、期待以上の収穫だわ」
カウンターに座っていた目のない鬼女が、組んでいた脚をといて、立ち上がる。
「貴方も随分と綺麗な顔してるのね。それに美味しそうだわぁ。そっちの子も顔は良かったんだけど、あの貧相な身体にはちょおっと色気が足りなかったのよねぇ」
「るっせえよ、クソババア!」
「フィナちゃーん、こっちはいいからー……」
振り返って激昂する亜麻色の髪の少女に、クリスティーナは苦笑して自分の持ち場に集中するよう促した。
「……でも私、自分より可愛くてスタイルのいい女って嫌いなの。嫉妬でちょっと意地悪になっちゃうかもしれないけど、許してねぇ」
妖艶に笑って、鬼女は左手の本を差し出した。
——まるで生き物のように、ページがパラパラとひとりでにめくれて行く。
そして開かれた本の中から、魔力を持たない常人でも視認できるほどに禍々しいオーラがあふれ出し始めた。
「——大丈夫。私もあなたみたいな悪い人には、優しくしてあげませんからー」
クリスティーナは細剣の切っ先を鬼女に向けた。
「……では、皆さん、参りましょう。お仕置きの時間ですー」




