22.橄欖石の瞳の少女
「や、やったか……?」
「さすがに、俺達四人の総攻撃だぜ」
「ほら、だから言ったでしょ、骨も残らねえって」
怪訝そうな薄茶の青年の背を緑の髪の青年がパンパンとはたき、黒髪の少年が肩を竦めた。
「——まだだ!気を抜くな!」
ザンッ!!
隊長の警告の叫びが上がったのと同時。
「があっ!?」
緑の髪の青年の左腕がざっくりと切り裂かれ、鮮血が迸る。
彼の背後にはいつの間にか黒衣の怪物の一体が、まるで四足獣のように床に張り付いていた。
その右手には血のように赤い片手剣。
「……バケモノ風情が、《魔法盾》の四重結界だと!?」
黒髪の少年が驚愕の表情を浮かべる。
光の雨が収まった爆心地には、黒い短杖を持った四体の怪物が魔法の障壁を展開していた。
その背後に隠れるように、赤い剣を手にした三体の黒衣の男。
その姿がユラリと揺れる。
「いや、うろたえるな。多重結界は偶然だ!総員第二射用——」
「ジャアアアアアッ!!!」
「ちっ、躱せ!!」
「うぐぁあっ!?」
ブシャアアアアァァァァァ————ッ!!
黒髪の少年の左腿から血しぶきが上がる。
(——疾いっ!)
サリフと呼ばれた隊長が、倒れ込む黒髪の少年の身体を支える。
「……すんません、隊長」
「大丈夫か、セティー」
「ええ、なんとか……にしても何なんスかこいつ等」
手際よくポーチから回復薬をとり出すと、サリフは親指で小瓶の蓋を開け中身を黒髪の少年の傷口に振りかけた。
「分からん……アンデッドかどうかすらな」
そもそも瘴気を纏う魔物が、王都の市壁に張り巡らされた聖石の結界を超えて侵入するなどと言う芸当はまず不可能だ。
普通なら市壁内で発生した不死者と考えるのが最も妥当なところ。
多くの人間が暮らす大都市では、何かの拍子にアンデッドが自然発生することも少なくないからだ。
——だがこいつらは、屍人とは違うし、もちろん骸骨や幽霊の類でもない。
上位の吸血鬼に血を吸われてアンデッド化したレッサーヴァンパイアに似ていなくもないが、それもどこか違う。
二十年近く魔導機動隊に所属しているサリフも、こんな不死者は見たことがなかった。
「シャアッ!!」
赤い刃が、サリフの首を掠める。
「——!今は呑気に考えている場合ではなかったな」
ギィィンッ!!
斬撃を弾く金属音が響く。
第三小隊の隊長サリフの右手には、いつの間にか一・五メートルを超える長大なロッドが握られていた。
魔導礼装『トリニティロッド』。
これ一つで『攻・防・魔』の三役をこなす、ナディアの魔法工学の粋を集めて設計された戦闘用魔導具だ。
魔導銀で造られたそれは、平常時は三十センチほどだが、僅かな魔力を注入するだけでその長さを最大一・五メートルまで自在にコントロールできる。
魔導士でありながら、魔物との近接の白兵戦も厭わない魔導機動隊の標準装備である。
ブンッと魔導戦棍を鮮やかに回転させると、サリフはその先端を眼前の怪物に向け《石弾》を放った。
「ジュオォ!!」
割けた口の隙間から悲鳴を漏らし、黒衣の怪物が吹き飛ぶ。
「見たか?『剣持ち』の方は魔法の耐性も弱い!恐れるな、総員各個撃破だ!」
「《石弾》!」
「《石弾》!!」
「ス、スト―ン———!!?」
黒髪の少年と緑の髪の青年が放った石の弾丸が、紅い剣を持った二体のそれぞれ腕と胴を打つ。
だが薄茶の青年の魔法が発動するより先に、もう一体の紅い刃が彼の魔導戦棍を弾き飛ばした。
「しまっ——」
反射的に距離を取ろうと跳び退ったところで、ドンッ、と背に鈍い衝撃が奔る。
高い天井を支えるべく、広い店内に一定間隔で配置された太い木製の柱。
薄茶の髪の青年は事態を把握すると、自分の不運を呪った。
いや単に不運ではなく、この場に追い込まれたのかも知れない。
いずれにせよ、絶対絶命には変わりなかった。
黒衣の怪物は丸腰となった獲物に肉薄すると、凶悪な眼を見開いて血のように赤い剣を振りかぶる。
「コレット!」
「ちぃっ!」
「躱せぇ!」
仲間と隊長の悲鳴が耳朶を打つ。
いや、無理だ。敵はあまりに疾すぎる。完全に相手の間合いだ。
(し、死ぬのか、俺は——!)
薄茶の髪の青年は思わず目を瞑った。今の彼にできるのはそれだけだった。
Ψ
——ゴッ!!
刃が頭部を貫く、鈍い音が響いた。
「コレット!!」
あれ、仲間の声が聞こえる?
思ったより……いや、全然痛くない。脳内麻薬のせいだろうか?いや、もう、痛みを感じることもできないだけだな。
「おい、コレット!大丈夫か!」
いや、大丈夫なわけないだろ。頭割られたんだからさ。ほぼ即死だろ。
——けれど、仲間たちの声が、意外にもいつまでも聞こえ続けている。
「——大丈夫ですか?大きな傷は見当たらないけど」
終いには聞きなれない若い女の声がして、彼はようやく固く閉ざしていた目を恐る恐る開いた。
「ひっ!」
思わず、情けない声がその口から漏れる。
見れば自分に覆いかぶさるようにして、怪物が目の前にいる。
しかしその両腕はダラリと力なく垂れ下がり、血のように赤い片手剣もいつの間にか床に転がっていた。
いや、腕だけではない、全身から力が完全に抜けていた。
その状態にもかかわらず立っているのは、いや、立っているように見えるのは、頭部を柱に固定されているからだ。
「……六番隊クリスティーナ隊長とアイリス、現着しました。ただいまより戦闘開始します」
若い女の声が、動かなかくなった怪物の背後から、再び彼の耳に届いた。
その後「立てますか?」ともう一度声を掛けられ、彼は声の方へ視線を移す。
彼の目が捉えたのは、艶やかな茶色の長い髪を側頭部でサイドテールにした、橄欖石の瞳を持つ少女。
人形のように整ったその美貌が、ほとんど表情を変えずに淡々と問いを重ねるその様子は、どこか冷たく近寄りがたい雰囲気を醸し出していた。
「あ、あんたは……【一番星】!?」
少女はそれには答えず、怪物を柱に縫いつけていた、眩い光を放つそれを引き抜く。
投擲も可能な短槍、ジャベリンだ。
支えを失った怪物の死体は、崩れるように床に伏した。
「……〈星芒騎士団〉の”鬼姫”じゃん!けど鎧はどうした!?」
黒髪の少年が目を見開くと、隣にいた緑髪の青年が驚愕の声を上げて入り口の扉の方を指し示す。
「待てよ、あそこにいるのは……まさか【聖女】じゃないか!?」
「……いや、もっとすげぇ恰好っすね……」




