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20.『アフカル』

「——至急本部へ連絡。民間人を厨房の裏口から避難させろ!」


「計測完了。魔素、瘴気ともに基準値を超えています。人間ではありません」


「そんなことは見ればわかる。現時刻を持って目標を排除対象と認定。直ちに掃討を開始する。衛兵は手を出すな。第一分隊、総員戦闘用意」


「敵影九。片手剣が四、短杖が四。それから……本、のような物を装備した個体が一。この個体のみ、女型です」


 魔導機動隊の怒号が飛び交う。


 指揮官と思しき年長の男の指示に従い、衛兵たちが店内の客たちの避難誘導にあたっている。


「なんだコイツらは……?人型の魔物だと?」

「一体どこから湧いて出たんだよ……」

「奴らはなにをしている……!?」


 頭部を失った二つの死体に群がる八つの影。

 よく見ると腹部ばかりを執拗に爪で切り裂き、そこに仲間を押し退けながら我先にと自分の顔を埋めている。

 身の毛もよだつような光景だ。


「ち、血を……飲んでいるのか?」


「いや、内臓を喰ってやがる……?」


 セラフィナは仲間たちの声を聴きながら、しかし眼前の鬼女から目を離せない。


 腰を抜かして立ち上がれないウェイトレスの娘を衛兵に託し、セラフィナは改めて一足飛びで十メートル近く離れた黒衣の女を見据える。


 嫌な汗が背中を伝うのを感じた。

 油断できない。今ので終わりではない。


 案の定、女はゆっくりと立ち上がる。


 薄手のドレスには、汚れ一つない。

 女の身体を包むように、薄っすらと光の幕が見える。


(シールド!……にしても、私の魔法で無傷……!?)


 それに手にしているあの禍々しい茶色い“本”は一体何だ。

 羊皮紙だろうか?いずれにせよ相当古いものなのか、酷く汚れているように見える。


(ただの日記帳……なわけないよね。魔導具……ていうか、魔導書?)


「……酷いわ、びっくりしたじゃないの。それに人の食事の邪魔をするなんて、お行儀の悪い子ね」


 ゆらりと立ち上がった女が、髪をかき上げて、その瞳のない(ただ)れた顔をセラフィナに向けた。


(うげっ。何コイツ!?キモッ……!)


 そこでようやく鬼女の素顔を視認したセラフィナは、思わずビクッと体を震わせ、口を手で覆った。


「……オバサン、あんたたち何者なの?その目はどこやっちゃったわけ?」


 強気を装ってセラフィナは声を張り上げるが、自分でも思った以上に掠れていた。


「失礼な子……でもあなたすごく美味しそうね。食事を邪魔したことは、あなたが代わりってことで、許してあげるわ。特別に質問にも答えてあげちゃう」


 鬼女は茶色の本を大事そうに抱えたまま、無造作に足を踏み出した。

 思わず後退りしたくなる気持ちを抑え、セラフィナは女を見据えたままなんとか仁王立ちの姿勢をキープする。


「私はまだ固有の名前をいただいていないのだけど……私たちは『アフカル』——かつて、貴方達にはそう呼ばれていたわ。覚えてないかしら?」


「……生憎だけど、あんたみたいな気持ち悪いお知り合いは、私の思い出の中にいないわね」


「そう?寂しいわね。私たちはあなたたち『人間』の、進化した種なのに」


「はあ、”進化”?どうみても人間辞めたようにしか見えないんですけど。……百歩譲って”退化”の間違いでしょ」


「——()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それだけでも、どちらが進んでいるか明白じゃないかしら?」


「狂人の作り話なんか、誰もいちいち覚えてらんないわよ」


「アハハ。酷いこと言うのね、傷つくわ」


 言葉とは裏腹に、鬼女は薄ら笑いで口元を歪めながら「まあ、そのうち思い出すわ、嫌でもね」と続けた。


「それから二つ目の質問。私の目は……そうね。心からお慕いする方に差し上げたのよ。代わりに私はこの美しいまま永遠に老いない姿をいただいたわ……」


 鬼女は恍惚とした声で歌うように言う。


「……どこが美しい姿よ、鏡見たら?あ、目ないから意味ないかー」


「あらやだ、貴方もしかしてこのカラダに嫉妬してる?……まあ、貴方の貧相なソレじゃあ、無理もないわね。同じ女として、ちょっと同情しちゃうわ」


「ブチ殺す」


「アハハ、傷ついちゃったぁ?」といやらしく嗤ってから、黒衣の鬼女はゆっくりとした歩みを止めぬまま、空洞の眼窩をセラフィナに向けた。


「さて……これで、質問には全部答えたわよね?他に聞きたいことがなければ、そろそろ貴方のお腹を見せてもらってもいいかしら」


「良い訳ないでしょ、クソババア!全っ然、聞く価値のない与太話だったし!……でもまあ、もういいよ。私もあんたのそのキモイ顔を見るのはそろそろ限界だからさ」


 セラフィナは吐き捨てるように言うと、短杖(ワンド)に魔力を込め、詠唱を始めた。


 が、杖の先端に灯った紅蓮の炎を鬼女に放つより先に、


「ジャアアアアアアッツ!!!」


 どす黒い光の弾丸がセラフィナの真横から飛来する。


「——っ!!」


 セラフィナが身を捻って間一髪躱すと、標的を失った《闇の弾丸(ダークブレッド)》は客のいなくなったテーブルに衝突し、激しい爆裂音とともに机上の料理や酒や近くの椅子も巻き込んで一気に粉砕した。


「こんの!——《火蜥蜴の息吹(サラマンダーブレス)》!!」


 やむを得ずセラフィナは急遽標的を変更。

 詠唱を終え集束された魔力を、自分を狙う黒衣の男に叩きつける。


 燃え盛る紅炎が、周囲の空気とともに男を飲み込み、渦を巻きながら高い天井まで吹き上がった。


「あら、こんなところで火遊びなんかして、お行儀の悪い子ね。お店が火事になっちゃうわよ?」


「お生憎様。私は『精霊使い』だよ。私のいるところで火事なんか絶対に起こらない。……まあ、周りのモノがちょこっと焦げちゃうのは、さすがに全部は防げないけど。そのくらいはご愛嬌よ!」


 不敵な笑みを浮かべながら、セラフィナは短杖の先端を再び鬼女に向ける。


 彼女の言う通り、吹き上がる炎の柱に巻き込まれた木製の什器は、あっという間に黒炭と化したが、一方で不自然なほど、それ以上に炎が延焼する様子はない。


「まずは一匹。……この中じゃあんたが親玉でしょ、オバサン?殺された人たちの仇は取らせてもらうよ」


「へえ、精霊使い!炎を自在にコントロールできるのね、素敵。……でもその程度の火で、その人を斃したと思わないほうが良いと思うけど」


「——!?」


 鬼女の言葉とほぼ同時だった。

 未だ燃え上がる炎の中から放たれた、暗く輝く《闇の弾丸(ダークブレッド)》。

 またしても間一髪、セラフィナは辛うじて《魔法盾(シールド)》を展開して難を逃れた。


 収まりゆく炎の中で、黒い短杖(ワンド)を構える黒衣の男。

 その体を包むように大気の揺らめきのような、淡い光が見える。


(うざっ。コイツも《魔法盾(シールド)》持ちかよ)


 セラフィナは思わず内心で悪態をついた。


 黒いローブが所々焼け焦げ破れているし、そこから除く青白い肌も焼けただれているが、その佇まいからは瀕死の重傷を負っているようには見えない。


「……上等。めんどくさいけど、まずはあんたから相手してあげるよ」


 セラフィナは短杖(ワンド)の先端を、体から煙を立ち上らせている黒衣の男に向ける。


 強気の発言とは裏腹に、亜麻色の髪の少女の額には汗が浮かんでいた。


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