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17.砂漠の夜空に咲く花

「……あの、そもそも魔法とは、どうやって使えるようになるものなのでしょう?」


 やや間があってから、皇女が遠慮がちに尋ねる。

 そこでアリスはふと思い出した。


 隣国ローエンデールでは、『魔法』は特別な意味を持つ。


 『魔導具』はナディア以上に広く普及し国民の生活に深く浸透している一方で、一般市民が『魔法』を習得したり行使することは原則として禁止されていると聞く。


 そもそもローエンデールには魔法の素質を持って生まれる者が極端に少ないというのもあるようだが、それ以上に魔法を制限する一番の理由は、『魔法は皇族のもの』という価値観があるためだと聞いたことがある。


 確か、皇族だけは代々強い魔力と特殊な魔法を操る素質を持ち、それこそが皇族たる証でもあると言う話だったはずだ。

 だが、同時に皇室の秘伝の魔法を受け継ぐのは、男子のみとも聞いたことがある。


 アリスはちらっと侍女の顔を伺った。

 ルイジアナはその視線に気づくと、微かに微笑みを浮かべて「構いません」と言うように軽く頷いた。


「……そうですね、魔法の習得方法にはいくつかありますが」


 “知ること”自体が禁じられている訳ではなさそうだと分かったので、アリスは皇女の問いに答えることにした。


「まず最初に、その魔法を使える者が、魔法を習得させたい者に『魔導刻印(ルーン)』と呼ばれる(しるし)を刻みます。その魔法を使える者がいない場合には、代わりに魔導具を使って刻印することもあるのですが」


「か、身体に(しるし)を、“刻む”のですか……?」


 セシリアは怖ろし気にビクッと体を震わせた。

 ナディアでもローエンデールでも、重罪を犯した罪人の体に焼印をすることがある。

 幼い皇女はそれを想像したようだった。


「あ、いえいえ!“刻む”と言いましても、焼印や入れ墨のように体表にではありません。もっとずっと奥、体内のマナの核——『魂』そのもの、といいますか、そこに魔力の『印』を刻むのです。ただ、この工程が最初の関門で、対象者が魔法を習得する素養を持っているのはもちろんのこと、そもそも()()()()()()()を受け入れるための適性がないと、印を刻むことはできないんです」


「えーと……つまりその魔法との相性が良くないと、刻印ができないということですね?」


『焼印』でないと分かっても、『魂に刻む』という表現に、セシリアはかえって慄いている様子ではあったが、純粋に好奇心の方がわずかに勝っているようだ。


「その通りです。例えどれほど潜在的な魔力が高い者でも、魔導刻印(ルーン)をマナの核に刻めなければ、その魔法を習得することはできない訳です」


「では、逆に『魔導刻印(ルーン)』さえその魂に刻むことができれば、その魔法が使えるようになるのですね」


「いいえ。実は刻印だけでは魔法はまだ使えないのです。『魔導刻印(ルーン)』を受け入れることができたということは、将来的にその魔法を習得する可能性を手に入れた、というだけにすぎません。刻印を刻まれた者がその後鍛錬を重ね、心身がその魔法を操るのに足る器になったとき、はじめて魔法が『発現』し、『習得』に至るのです」


「『発現』と……『習得』……?そのふたつは、何か違うのですか?」


「ああ、そうですね。多くの魔法は『発現』と『習得』はほぼ同義なのですが、精霊魔法の場合は、魔法が『発現』した後で、精霊との間で”契約”を締結する必要があるのです」


「なるほど……つまり『心と体がその魔法を操るのに足る器になること』が、『第二の関門』であり、精霊魔法だけはその『関門』をクリアした後で、さらに精霊さまのお許しをもらってからでないと『習得』できない、ということですのね」


「ええ。その通りです、殿下」


 頷きながら、アリスは幼い皇女の聡明さに改めて感心していた。


「実のところ、刻印には成功していても生涯その魔法を『習得』できない、なんてこともざらにあるんです。特に高位の魔法ほど、その『習得』は困難を極めると言います」


 それを聞いて、セシリアは少しだけ誇らしげな表情(かお)をした。


「お兄様は何年も前から、とてもすごい魔法を使えますわ!」


「はい、私も皇子殿下から強大な魔力を感じておりました」


 アリスは頷いた。


 第三皇子に限らず、ローエンデールの皇族の男子たちは恐らく全員、赤子の頃に『魔導刻印(ルーン)』が刻まれていることだろう。

 その中で、何人がすでに魔法を発現しているかは分からないが、少なくともローレンス皇子はすでに強力な魔法を身に着けていることは間違いない。 


 どのような魔法かまではアリスに感知する力はないけれど、確かローエンデール皇室の魔法は『天空魔法』と呼ばれる、極めて強力で特殊な魔法であると聞く。


「……私も、一度で良いから魔法を使ってみたかったですわ」


 セシリアがぽつりと呟いた。

 可愛らしい笑顔のままではあったが、どこか寂し気でもある。


 そもそも、一般論で言えば女の方が魔法の素質を持って生まれる可能性は高い。

 ましてローエンデール皇室の正統な皇女であり、同時に魔法の扱いに長けた妖精族の血も引くとなれば、ほぼ間違いなくこの幼い少女にもその才能はあるだろう。


 だが、皇子たちと異なり女児である彼女のマナにはいかなる『魔導刻印(ルーン)』も刻まれていないだろうし、この先も刻まれることはないのだろう。


 掛ける言葉も思いつかないまま、アリスが少女の顔を見ると、


「……ふふ、冗談ですわ。どうかお気になさらないで」


 第六皇女はにっこりと笑った。


「皇女殿下……」


 アリスが思わず呟くと、セシリアは少しだけ目を伏せ、


「アリスさま。あの、ひとつお願いが……」


 もう一度その小さな口を開いた、その時。


 ——ドン、ドドドンッ——……!!!


 腹の底に響くような轟音。


 噴水の向こう、広く澄んだ夜空に、いくつもの光の矢が打ちあがり——そして一斉に輝く花が、紫紺の空に咲き乱れる。


「あれは……!?」


「……花火ですね」


「きれい!」


 夜空一面に咲き誇る花火に向かって駆け出す皇女。


(……グンゼルさんが言っていたのは、これだったんだ)


 群青の空を彩る七色の光の下で、年相応にはしゃぐ隣国の皇女の姿を見ながら、アリスはふと、昼に『砂漠渡り』の商人が言っていた言葉の意味に思いいたった。


「——アリス様」


 アリスの隣に、いつの間にかルイジアナがいた。


「今日は本当にありがとうございました。あんなに楽しそうなお(ひい)様を見たのは本当に久しぶりのことでした」


「いえ、こちらこそ身に余る光栄でした。また今度ナディアにお越しいただいたときには、是非ともまたお話をしたいです」


 だが、皇女の侍女はアリスの言葉を微笑みで受け止めてから、寂しげに首を振る。


「今回は皇王陛下の格別のご配慮がありましたが……おそらく、この先お(ひい)様が国を出ることは叶わないでしょう」


「え……?」


 アリスの怪訝な顔に、しかし侍女はそれ以上は答えなかった。




 ——ドン……ドドドォォン——………


 砂漠の夜空に、とめどなく光の華が咲き、そして轟音がいつまでも響いていた。


ここまでお読みいただきありがとうございました。

このお話で第二章は終わりです。

穏やかなお話はここまで。

第三章からは、だんだんと血生臭い展開になっていきます……!


もしよろしければ、感想や評価・ブクマ等いただけると、とても嬉しいです。

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