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16.アリスと皇女と兄と妹

 

 アリスにしてみれば、隣国の皇女に妹のことを聞きたいとせがまれればもちろん断れないし、別段断る理由もない。


「えーと、そうですね……さっきのマキナって子をもっと生意気にした感じというか、もっと可愛げをなくした感じというか、自信過剰にした感じというか……」


 けれど改めて真剣に考えてみると、まったく誉めるところが思い浮かばない。

 その様子を見て、皇女はくすっと小さく笑った。


「……セラフィナと言うんですが、とにかく、男勝りなやつでして。学生時代は、男にも喧嘩で敗けたことないとか、豪語してましたし」


 アリスは苦笑する。

 しかし、それを聞いたセシリアは目を輝かせた。


「まあ、そうなんですの?それはとてもカッコいいですわ!」


「え、カッコいい……ですか?」


「ええ、セシリアはそう思いますわ。女性でいらっしゃるのに——その上、妖精の血が混ざっているというのに」


 そして皇女は少しだけ目を伏せる。

 その様子だけでも、エルフの血を引く者が隣国でどう見られているかが垣間見える気がした。


 妖精に概ね好意的なナディアであっても、好奇の目で見られるのは日常茶飯事だし、一部にはローエンデールと同様に妖精の血を毛嫌いしている者——たとえば、『星の民』至上主義者たちなどだ——もいる。


「そうかもしれませんね……でも、その男勝りが高じて軍にまで入ってしまったんですよ。推薦状ももらってたんだし、魔法が好きなら、賢者学院に進学すればよかったのに」


 アリスは溜め息交じりにそう言った。


「それは……もしかしたら、お兄様に憧れて軍に入隊なさったのかもしれませんよ」


「いやいや、まさか。それはないです」


 セシリアは真顔だが、アリスは笑って否定する。


「あら、私は、お兄様たちをとても敬愛しておりますわ。……お姉様たちとは、あまりお会いする機会もないのですが……」


「殿下はそうでしょうが、ウチの妹にはそんな可愛いところはありませんよ」


 アリスはきっぱりと言い切った。


「ふふ、では、今はそう言うことにしておきましょう」


 第六皇女は、何故か意味深に笑う。

 それからふと、話題を変えた。


「ところで先ほどのお話ですけれども……やっぱりセラフィナさまも、アリスさまと同じように魔法が使えるのですね」


「ああ、ええ。その通りです。……と言いますか、実は妹は炎の『精霊使い』ですから、私なんかよりはるかに優れた使い手ですよ」


「まあ、『精霊使い』!私も名前だけは聞いたことがありますわ。その……妖精には『精霊使い』が多いとか」


「ええ、そのように言われていますね。ですからもしかすると、私たちに流れるエルフの血がいくらか影響しているのかもしれません。……と言っても『精霊使い』は妹だけで、残念ながら私には精霊と『盟約』を結べるまでの素養はなかったのですが……」


 精霊と契約し、彼等の力を借りて行使する魔法を『精霊魔法』と言うが、普通、『精霊魔法』を使えるだけでは『精霊使い』とは呼ばない。

 聖霊とより強く、より深い縁を結んだ特別な魔法使い(ルーンマスター)にのみ与えられる称号だからだ。


「エルフ……」


 エルフという種族は、生まれながらに強い魔力を持っているとされるが、特に精霊との繋がりが深く、『精霊使い』が多いと言われている。——そう言われているが、現代では人と関わりを持つエルフ自体が極僅かなので、実際のところ真偽は不明だ。


「エルフと言えば、私、昨日はレンさまやモニカさまにお会いできてとても感激でしたわ。まさか、直接妖精にお会いできるなんて夢にも思っておりませんでしたもの……!」


 セシリアは独り言のように呟いた。

 けれどその感動は、実はアリスも同じだった。


 ナディアの王都でさえ、エルフを見かけることは非常に珍しい。

 言葉を交わすのは彼にとっても初めての経験だった。

 もっとも、レンはともかく、モニカがエルフなのかどうか、結局確認できず終いではあったけれど。


「……ええ、二人とも、とてつもない魔力の持ち主でした」


 少なくとも、それだけは間違いない。


 【賢者】の称号をもつ宮廷魔術師長や、【魔女】と恐れられる一番隊隊長に匹敵するのではと思えるほどの、底知れぬあの魔力。


「アリスさまよりも、ですか?」


「いやいやいや、私など足元にも及びませんよ……」


 皇女の純粋な眼差しにアリスは苦笑で応えた。

 謙遜でも何でもない。本心からあのふたりにはまるで勝てる気がしなかった。


「でも、アリスさまがお使いになったのも凄い魔法でしたわ!」


 昨日の円形闘技場(コロッセオ)での出来事を思い出し、セシリアはどこか興奮気味だ。


「星の騎士さまと言えば《光の剣》がとても有名ですけれども、他にもいろいろな魔法が使えるのですね。アリスさまだけではなくて、ローズさまもリリィさまも!」


「ああ」


 アリスは頷いた。


「そうですね。例えば私は火の精霊魔法の他にも、光の精霊の治癒魔法を少しだけ使えます。ご覧になった通り、ローズは風、リリィは水の精霊魔法が使えますし、他にも、土や氷、雷と言った六大元素精霊の力を借りた魔法を使える者は少なくありません。一番隊のルシア隊長などは、稲妻の魔法が得意ですが、それ以外にも様々な魔法を使えるんですよ」


 幼い皇女は「凄いわ!」と目を輝かせたあとで、少しだけ不思議そうに首を傾げた。


「……でも、同じ〈星芒騎士〉さまでいらっしゃるのに、お一人おひとり使える魔法が違うのですね?」


「ええ、魔法と言うのは訓練だけで身に着くと言うよりは、生まれ持っての『適性』による個人差がとても大きいものですから」


「生まれ持っての……」


 アリスの説明を興味深げに聞いていた皇女だったが、何か思い当たる節があるのか、少し考えるように目を伏せた。

 その表情はアリスには何故か少し哀しげに見えた。


 アリスが皇女の様子を窺うようにその顔を見つめていると、その視線に気づいたのかセシリアはふと顔を上げ、そして「何でもありません」と言うように小さく微笑んだ。


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