13.夜祭
「エイリーク、様子はどう……ん?エーヴェル卿とラーク卿は一緒じゃないのか」
「あ、ジルさん。お疲れ様です。いや、それがですね……」
ジルに声を掛けられたエイリークは肩を竦めて答える。
「エーヴェル卿が、『大の男が寄ってたかって殿下のいらっしゃる建物をただ外から見張るだけなど時間の無駄だ!』と言い出しまして」
エイリークはプライドの高い銃士の声真似をする。
結構似ている。
「『見張りなど貴公一人いれば十分だろう。私は群衆に紛れて不審な輩がいないか見てくる。お前も付いてこい、ラーク』……って街中の警戒のほうに行ってしまいました。ラーク卿は、なんか無理矢理連れていかれたって感じですね。取り付く島もない感じで、僕には止められませんでした」
眼鏡の淵に手を掛けながら、やれやれ、と言った風に首を振る。
「そうか。ローエンデール勢も、結構好き勝手やっているな」
「ところがそう言う意味だと、ナディア勢もナディア勢で、やりたい放題なんですよ……ほら」
そう言って、エイリークは双眼鏡をジルに手渡した。
レンズの先には、洒落たレストランのテラス席。そこには見覚えのある面々の姿。
「……何やってるんだ、あいつら」
「酒盛り……に見えますよね」
「任務中にか」
「任務中にですよね」
「任務中に酒盛りとは……」
「ね?ありえないでしょ。もう、ローズ先輩はともかく、リリィさんまで何やってんだか……」
エイリークは呆れたように溜め息をつく。
対してジルは、
「ああ。……羨ましいな」
「ジルさーん……」
Ψ
(うーん、本当に良かったんだろうか……)
夜祭で賑わうオアシスの街を、隣国の幼い皇女とその侍女と連れ立って歩きながら、アリスは内心で呟いた。
広大な泉をぐるっと囲むこの道は、つい数時間前にも歩いたばかりなのに、まるで全く別の街のように、昼とはその姿をがらりと変えていた。
広い街道の両端を埋め尽くすように屋台が立ち並び、明るすぎない程度に光度を抑えられた陽光石が柔らかく明滅している。
売られている品物も実に様々だ。
酒やジュース、食べ歩きに適した串焼きの肉類や菓子、果物などの飲食系が多いが、その他にも雑貨屋や土産物屋、それからアクセサリー類や骨とう品。
服や帽子などの衣類を売っている店もあれば、陶器や食器、楽器や工芸品などを並べている店もある。
射的やボードゲーム、ガラス細工や陶芸作品の絵付けなどと言った、景品や商品とセットの体験型の出店も多い。
そして、そこかしこでアップテンポの演奏が為され、それに合わせて踊り子たちが情熱的な舞踏を披露していた。
本来護衛として常に行動を共にする予定だった銃士メーリックとローズ、リリィがいないことから、エーヴェルかラークあたりがすぐに合流してくるかと思ったが、アリスの予想に反して誰も接触はしてこなかった。
引き続き人混みに紛れて周辺を警戒しつつ遠巻きに監視することにしたようだ。
姿は見えないが、ジルとエイリークも近くで見守っているはず。
アリス達はオアシスの周りを一周する街道を歩きながら、菓子や果物をつまみ、屋台の棚に並ぶ品々を見て、そして音楽隊の演奏や踊り子たちの舞踏を見物した。
一般市民が興じる夜祭は、隣国の幼い皇女にはよほど新鮮だったようで、昼間と同じように、いやそれ以上に一つ一つに都度、目と心を奪われてはしきりに感動していた。
(……まあ、こんなに楽しんでいらっしゃるのなら、いいのかな)
半ばメーリックを嵌めるような形で抜け出してきたことから抱いていた小さな罪悪感も、セシリアの純粋な笑顔を見ているうちに、アリスの中から綺麗さっぱり消えて行った。
あの銃士がいたら、皇女もここまで心置きなく羽根を伸ばすことはできなかっただろうし。
「よぉ、姉ちゃんたち!二人とも凄い美人さんじゃねぇか!」
丁度オアシスを半周した頃。
若い女の陽気な声にセシリアが振り返り、アリスも足を止めた。
「姉ちゃんたち?」
アリスが固まった表情のまま顔だけを向けると、屋台の小さなカウンターの向こうに座った黒髪の女は「ありゃ?」と呟いた。
よく見ればセシリアとほとんど歳の変わらない、小さな少女だ。
小麦色の肌に、明るい灰色の瞳。
伸び放題の長い髪を赤いスカーフで一つにまとめている。
「マジでびっくりするくらい可愛い顔してっけど……その恰好、あんたまさか男かよ?」
「……そうですけど」
アリスは僅かに非難の意を込めて答えるが、少女は小さな掌を後頭部に当てて屈託のない笑顔を浮かべた。
「あちゃ~。そりゃ悪かったな、兄ちゃん。……じゃあ、あんたたちは兄妹かい?」
それを聞いたセシリアは何故か顔を赤くする。
「そ、そんな!滅相もないです……」
(それはこっちの台詞……!)
「なんだ、じゃあカップルかよ。オレとそんなに歳も違わねえのに羨ましい!……まあ、保護者同伴ってのは微妙だけど」
黒髪の少女は皇女の少し後ろに立つルイジアナをちらっと見てからまた視線を戻し、
「それにしてもエライ美男美女のカップルだな。なんか妬けちまうぜ」
「いや、あのな」
軽いノリで話す少女の言葉にアリスは焦り、
「そ、それはもっと……め、滅相もないです!わ、私は……」
セシリアはさらに顔を赤くする。
「——おれはお嬢様の家の使用人だよ。詳しい話はできないけどね」
褐色の肌の少女の発言は、ルイジアナはギリギリ目を瞑ってくれるかもしれない。
けれどもしもエーヴェル卿あたりが近くで聞いていたら、誤解と分かっていても銃口を向けられかねない。
内心ヒヤヒヤしながら、アリスは屋台の少女に「これ以上聞いてくれるな」という目を向けて答えた。
今のアリスの回答は、三人だけで夜の街に繰り出すにあたり、予め決めておいた設定だ。
裕福な家であれば、使用人の一人や二人は当たり前。
だが、黒髪の少女は何かを勘ぐったようで、
「ふうん、訳ありって感じだな。まあ、オレはあんまり詮索しねえからよ。代わりにちょっと見ていきなよ」
器用にウインクしてから、両手を広げて棚に並んだアクセサリーを示した。
セシリアは素直に陳列された品物に目を向け、そしてその瞳を輝かせる。
その様子を見た屋台の少女は、アリスの顔を見てニヤッと笑う。
そしてその大きな灰色の瞳を細めて言った。
「……詮索はしねえって言ったけどさ、兄ちゃん。こーんなに可愛いお嬢さんを祭りの日にエスコートしてんだぜ。何かプレゼントしてやるのが男ってもんだろ?」




