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14.妖精のリボン

「あ、い、いえ私は……」


 しかし、それを聞いた皇女はとたんに遠慮した様子だ。

 戸惑ったような顔で無意識に一歩後退る。


 アリスは背後に控えるルイジアナの顔をちらっと伺った。


 セシリアは昼も夜も、何を見ても感動する割に、欲しいとは言わなかった。

 夜祭でも、アリスやルイジアナに進められて、せいぜい菓子や果物をつまんだくらいだ。


 アリスの視線に気づいた侍女は、首を傾げるような仕草で小さく頷いた。


 どうやら、買ってはいけない、という決まりがあるわけでもなさそうだ。

 もっとも、どんな品物でもメーリックやエーヴェルあたりには酷いケチを付けられるだろうが。


 改めて棚に並んだ商品に目を移す。

 それなりに小洒落てはいるが、たいして詳しくないアリスの目で見ても、やはりどれも安物だ。


 そもそも、屋台で買った一般市民向けのアクセサリーなど、失礼に当たらないだろうか。


 まあ、たとえ王都の城下町やサンダリアンの中心街であっても、千年王国の皇女に相応しいものなど見つけるのは極めて難しいだろうけれど。


「アリス様。大事なのは品そのものより、思い出です。それに普段触れることのない、ああいったものの方が、お姫さまには珍しいようですから」


 アリスが迷っていると、ルイジアナが後ろから顔を近づけて、彼にだけ聞こえるくらいの小声で囁いた。


「なるほど、そういうことでしたら」


 アリスは侍女に向かって頷くと、幼い皇女に向き直る。


「でん……お嬢様。宜しければ、私から何かプレゼントさせていただけませんか」


「え、よ、宜しいのですか……?」


 皇女は最初驚いたような表情を浮かべ、その後で、嬉しそうに顔を輝かせた。


「ええ、もちろんです。何か、お気に召したものはありますか?」


 どの品物にも値段が付いていないが、一番価格帯の高いと思われる棚の上には、一応磨かれた宝石やそれなりに丁寧な細工がされた純金の品もある。


 だがそれ以外の多くがガラス細工や、ほとんど加工もされていない宝石の原石。

 中にはちょっとキレイな色をしたのただの石や、そもそも宝石や貴金属が使われていない装飾品もある。


「で、では、もしよろしければ、こちらを……」


 セシリアが上目遣いにアリスを見ながら指差したのは、壁に掛けられた小さな藍色のリボン。

 澄んだ青空のようなその布地に、金色の糸で文字のようなものが刺繍されている。


「え?それで良いのですか」


 アリスは思わず驚いた声を漏らす。


「ありゃ、お嬢さん、せっかく兄ちゃんがプレゼントしてくれるって言うのに謙虚だねえ。宝石でも金でもなく、リボンとはよ」


 黒髪の少女も、少しだけ意外そうな顔をするが、


「……でもな、お嬢さん。あんた中々見る目があるぜ?」


 ニッと白い歯を見せてからリボンを壁板から外し、セシリアの顔の前に差し出した。


「——素材は丈夫で美しい光沢が自慢のスカイシルク。しかも嘘かホントか、妖精が編み上げたっていう代物だ。金の刺繍は妖精の文字で、作ったやつの祈りが込められてるんだとか。まあ、オレには読めねえけど。身に着けていると、災いから身を守ってくれたり、大切な人の一大事を知らせてくれたりする……かもしれないって話だ。保証はできねえけどな」


「妖精!素敵なお話ですわ!」


 黒髪の少女の調子の良い話に、セシリアは目を輝かせてうれしそうな顔をする。


(スカイシルクってとこだけは本当かな)


 アリスはしたたかな少女の顔を見るが、野暮なことは言わない。

 この程度なら詐欺でもなんでもない、ただのセールストークだ。


 それに、セシリアが喜んでいるのは、ナディアでは『妖精』が市民たちにも好意的に受け入れられているという事実のほうだろう。


「じゃあそれをもらうよ」


「毎度あり!じゃあ、兄ちゃん。これはあんたからお嬢さんに渡してやりなよ」


 そう言って黒髪の少女はアリスに藍色のリボンを手渡した。


(あれ?)


 受け取ったアリスはふと気付いた。

 極々微量だが、リボンから魔力の残滓が感じられたのだ。


 リボンそのものが魔力を持っていると言うよりは、強い魔力を持った者が、以前このリボンを所持していたか、もしくはこれを作ったか。


(エルフが作ったと言うのも、あながち嘘じゃないかも)


 この程度では残念ながらこの子が言っているような効力はないだろうけど。


 もっとも何かしらの効力があったとして、アリスには魔力の余韻が辛うじて分かる程度で、込められた魔法がどんなものかまでは分からない。


 ——それは亡き母から贈られた、彼自身が持つ群青色の髪紐とて同じことだ。


「いくら?」


 アリスが尋ねると、黒髪の少女はニカっと笑った。


「銀貨二枚。先に言っとくけど、大して負けらんねえぁからな」


 逆に言えば、多少なら交渉の余地があると言っているようなものだ。

 確かに、ただのスカイシルクのリボンなら銀貨二枚は若干割高だが……


「妖精が作ったんなら、それは安すぎない?」


「あ?いやまあ……ほんとかどうかはオレにも保証できねえからよ」


「正直だな。わかった。でも、おれは君の言うことを信じることにするよ」


 そう言ってアリスは屋台のカウンターに金貨を一枚置いた。少女の言い値の五倍だ。


「え?マジかよ、兄ちゃん、太っ腹だな!……後で返せって言われても、返さねえぞ?」


 何も言わずにもらっておけば良いものを、変に後ろめたそうな少女に、


「えーと……実はおれももともとは商人の息子でね。こういうのを見る目には自信があるんだ」


 万が一にも正体がバレないよう、念のため魔力のことは伏せつつ適当な理由を付けてアリスは答えた。


 けれど、もし本当に妖精が作ったと言うなら、きっと相場も上がるはずだ。

 とは言え、別に魔導具という訳ではないから、純粋な装飾品の価値なんて、本当はアリスにはよく分からないけれど。

 金色の糸で刺繍された妖精の文字とやらも、読めるわけではないし。


 ひとつだけ分かっているのは、いずれにせよ金貨一枚だろうが十枚だろうが、本来なら皇女が身に着ける装飾品のレベルではないということだ。


「へえ、そうかよ。じゃ、まあ、公平な取引っつうことで、遠慮なくこいつはもらっとくぜ」


 そう言って少女はへへっと笑う。


「お嬢様、どうぞ」


 アリスが黒髪の少女から受け取った藍色のリボンを手渡すと、


「嬉しい!私、大切にしますわ!」


 セシリアは僅かに顔を赤らめながら満面の笑顔で礼を言った。


 早速ルイジアナがその場で着けてやる。

 彼女の見事なプラチナブロンドの髪に藍色のリボンが良く映えた。


「おお、似合うじゃねえの。いいねえ」


 屋台のカウンターに両肘をついて、黒髪の少女が白い歯を見せてニッと笑うと、白金の髪の皇女は少しだけ恥ずかしそうにしながら、えへへと笑った。


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