11.少女たちのはかりごと
「……メ、メメメーリック卿!」
皇女を強引に連れていこうとするメーリックを呼び止める、か細い声。
丁度銃士メーリックがセシリアの手を引いてレストランの表口に周り、さらにオアシスを囲む大通りへ向かおうとしていたところだ。
当然その傍にはアリスもいる。
「なんだ?女」
振り返った銃士の視線の先には、水色の髪の少女——リリィだ。
『お忍びで来た田舎貴族の娘の従者』という設定上、鎧を脱ぎありふれた一般的な平服に身を包んだ彼女は、とても一人でトロールを討伐できるほどの戦士には見えない。
可憐な町娘、といった印象だ。
「リリィ?」
不思議そうな表情で首を傾げるアリス。
だがリリィはメーリックだけを真っすぐに見据えている。
「ちょ、ちょっ、ちょっと、や、休んでいきませんか?」
「あ?」
銃士は皇女の手を放し、怪訝な顔でリリィを睨む。
可憐な少女の美貌にもまるで興味がなさそうな威圧的な眼差し。
リリィは「ひっ」と小さく漏らしてから、
「あ、あの、そんなに急がなくてもいいかなーって言いますか……ちょ、ちょっとだけ休んでいきましょうよ」
「何を言っている。今から祭りに行くんじゃなかったのか」
「ちょ、ちょっとだけ。ちょっとだけで良いですから……」
「えっと……リリィ?マジでどうした」
もはや心配そうなアリスに、リリィは一瞬だけ助けを求めるような目を向ける。
が、アリスにはその意図がまるで分からない。
「リリィさま?」
セシリアも目をぱちくりさせている。
「何を訳の分からんことを言っている。ルイジアナと赤毛の女はどうした」
「あ、ふ、二人は今準備中、と言いますか……」
「貴様、ふざけているのか?さっさと呼んで来い。……これだから女というヤツは」
「レナード!そんな言い方はやめて」
不機嫌な態度を隠そうともせず吐き捨てるように言う銃士に、皇女が非難の目を向ける。
「……メーリック卿」
アリスも、リリィの何かを訴える目を見てとりあえず口を開くが、
「えーと……ウチのローズは確かに時々ふざけたところはないとも言えませんが……ルイジアナさんは、そう言う方ではないのでは?……たぶん」
リリィの意図が理解できていないので、自分でも意味の分からないことを言っていた。
——案の上、と言うべきか、リリィが却って複雑な顔をしている。
「だからなんだ?」
メーリックがリリィから視線を外し、今度はアリスを睨みつける。
アリスはもう一度リリィを見てから、メーリックの嫌悪感の籠った視線を正面から受け止めて言った。
「……まずは話を聞きませんか。ローズはともかく、リリィは真面目な隊員です。理由もなく警護の妨害をしたりはしませんよ」
アリスとしては嘘偽りなく答えたつもりだが、何故かリリィは顔を赤くしてさらに複雑な表情を浮かべる。
「アリスさまのおっしゃる通りですわ、レナード。まずはリリィさまのお話をちゃんと聞くべきです」
セシリアもアリスの言葉を肯定し、メーリックの顔を見上げて言った。
銃士は忌々しそうな顔をしながらも、リリィに向き直り、
「ふん、いいだろう。聞いてやる、女。お前は何故、休憩が必要だと申し出たのだ」
腕を組んで、リリィを見据える。
「え?えーと……」
三人の視線が集まると、リリィはさらに顔を赤らめ、慌てたように両手をしきりにパタパタと動かしながら、消え入りそうな小声で言った。
「……あの、ちょっとほら、お夕食を食べ過ぎちゃってお腹いっぱいで……なんて言うか、その、まだ動けないっていうか……休みたいなーって……」
「——そんな理由!?」
思わず大声を出してしまったのは、アリス。
一方、隣国の銃士は何かに思い至ったかのように、腕を組んだ姿勢のまま「フン」と鼻で嗤った。
「……なんだ、要するに腹でも下したか、軟弱者め」
「え?あ、いや、別にお腹壊したわけじゃなくて……」
「心配いらん、女一人いなくとも何の支障もない。お前だけ勝手に休んでいればいい」
そう言って、メーリックはしっしっ、というようにリリィに手の甲を向けてひらひらと振った。
「いや、だから、わたしだけ休みたいってことでもなくって……」
「どうした、さっさと行っていいぞ、下痢女」
「レ——」
「メー——」
セシリアとアリスが同時に口を開こうとしたとき。
それよりわずかに先に、リリィが目を瞑って叫んだ。
「い、いいから!とにかく休みましょうよ——みんなで!!」
そして、レストランの表扉の前に設置されたテラス席を指差す。
「おい貴様、さっきから一体何を言ってるんだ?腹だけじゃなく暑さで頭もやられたか?」
苛立ちを露わにしながらも、メーリックは何とはなしにリリィが指すほうへ目をやった。
ちょうどそのタイミングで、レストランの表扉が開く。
——リリィはそっと胸を撫でおろしてから、消え入りそうな小声で付け加えた。
「……あと、わたし、お腹壊してませんから!」




