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10.侍女の提案

 祭囃子が鳴り響く。


 薄手の白いサマードレスに、淡い水色のケープを羽織ったセシリアは、階段を下りたところでふと音の方に目をやった。


 数歩廊下を進めばローズとリリィが待っている。

 その先、レストランの表扉の外では、皇女が着替えると言うことで建物から追い出されたアリスとメーリックがいるはずだ。

 二階では部屋を片付け終えたルイジアナがそろそろ階段を下りてくるだろう。


 だが、その力強い笛の音に魅かれ、セシリアの足は無意識のうちに表の扉とは別の、勝手口の方へ向かう。


「お(ひい)さま?メーリック様とアリス様はそちらではないですよ」


 頭上からルイジアナの声がかかるが、セシリアは好奇心に突き動かされて扉を開けた。


 外に出ると、昼間とは打って変わって、ひんやりとした夜風がセシリアのプラチナブロンドの髪と雪のように白い頬を優しく撫でていく。

 だがセシリアの双眸は目の前の光景に釘付けとなっていた。


 レストランの裏口の前は、大きな広間になっていた。

 そこに大勢の住民が集まっている。


 広間の中央には火が焚かれ、その傍で二人の男と二人の女が長い縦笛を吹き、ひとりの女がいくつもの太鼓のようなものを叩いてアップテンポのリズムを奏でていた。


 そして火を挟んで音楽隊の反対側、燃え上がる炎を背に、舞い踊る三人の娘。


「きれい……!」


 ドラムのリズムに合わせて強く激しく、それでいて優雅に舞う踊り子たちのその姿は、セシリアの目には息を飲むほどに美しく、そして煽情的に映った。


「……あれは『大地の民』、その中でも『砂漠の民』と呼ばれる人たちに伝わる伝統舞踊ですね」


 セシリアの背後から若い女の声がした。

 ローズだ。


 振り返ると、そこにはリリィとルイジアナの姿もあった。


「なんて綺麗なんでしょう。まるで昨日のローズさまとリリィさまみたい……」


「ああ」


 興奮した面持ちの皇女に、ローズは笑ってリリィと顔を見合わせてから、


「あたしたち、もともと似たようなことをやっていたんですよ」


「え?……似たようなこと?」


「そう。踊り子です。もう五年以上も前ですけどね」


「四年前だよ、ローズ」


「あ、そうそう、四年前だった」


「ローズさまとリリィさまが、踊り子……?」


 セシリアがその大きな瞳をしばたかせ、驚いた表情を浮かべると、ローズは説明を再開した。


「あたしとリリィはみなしごでね。お人好しな旅芸人の一座に拾われて、その人たちに育てられたんですよ」


「ミナシゴ……?」


「孤児のことです、お(ひい)さま。何かご事情があって、ご両親がいらっしゃらない方たちのことですよ」


「まあ、そんな……!なんとお気の毒な……」


「あ、そこお気になさらず。というか、〈星芒騎士〉の半分くらいはだいたいそんな感じですから」


 セシリアが悲しそうな顔をするので、ローズは慌ててひらひらと手を振った。


「……そんなわけで、あたしが十二歳、リリィは十一歳のときに〈星芒騎士〉の養成学校に連れて来られるまでは、一座のみんなとあんな感じで人前で踊ってたんですよ。……まあ、まだ小さかったから、あんなに色っぽい感じじゃなかったけど」


「十一歳……?今の私と同じですわ!そんなに小さいときからお仕事をなさっていたなんて……!」


「あ、殿下。別に無理矢理働かされてたわけではないんですよ。私たちがせがんで、ちょっとだけ出してもらってただけで」


 驚くセシリアに、リリィが微笑んで答える。


「……ほんとに楽しかったから。もちろん、踊ることそのものもですけど、何よりあの人たちと一緒に踊っていることが、ですね」


「そう……だったのですね……」


 ——その人たちは、今はもういない。


 ローズもリリィもその先を言わなかったが、ふたりの少女の穏やかな顔を見てセシリアは何故だか直感的に分かってしまった。


「……あの、そう言えば、ナディアにお邪魔してからずっと思っていたのですが」


 少しだけ気まずくなって、皇女は話題を変えてみる。


「『星の民』の皆さんは、なんだかお顔立ちが私たちローエンデールの者とそっくりですね」


「そうですね。正直、私たちも見分けがつかないです」


 リリィがそう言って苦笑すると、


「私もですわ」


 セシリアも笑った。


「言われてみると、不思議ですね。同じナディア人でも『大地の民』や『海の民』なら違いが分かるのに。なんでだろう?」


「まあ、そんなこと言っても、そもそもあたしもあんたも、純粋な『星の民』じゃないけどね」


「あ、確かに」


 ローズは『大地の民』の、リリィは『海の民』のクォーター。

 ローズとリリィの会話を聞きながら、セシリアはふと気づいたように言う。


「……考えてみれば、国も人種も、誰かが決めただけのことですものね」


「?」


 リリィが小さく首を傾げると、幼い皇女はどこか遠い目をした。


「本当は敢えて違いを見つけて線を引くことに、最初から意味なんてないのかもしれませんわ。だってみんな同じ人間——いいえ、同じ『光に祝福されし子ら』ですもの」


 自分の少しだけ尖った耳をいじりながら言う。


「おお、殿下。素敵なことを仰いますね~」


 ローズが感心したように言うと、セシリアは少しだけ顔を赤くして「えへへ」と笑った。


「——いつまで着替えているのかと思ったら、こんなところで油を売っていらっしゃったのですか」


 唐突に、剣呑な声が彼女たちの背後から掛けられた。


 振り返ると予想通り、そこには不機嫌な顔をした銃士メーリック。

 その後ろにはアリスもいる。

 いつまでたっても出てこない女たちにしびれを切らし、表扉からこちらに探しに来たようだ。


 仏頂面のまま皇女たちの視線の先で舞う踊り子たちを一瞥し、


「……ふん、年頃の女があのような裸同然の恰好で、はしたない」


 苛立たしそうに吐き捨てた。


「さあ、姫。さっさと見てまわって、さっさと帰りますよ」


 それからメーリックはセシリアを手を取ると、半ば強引に大通りに面した店の表側へ連れて行く。

 幼い皇女は少しだけ名残惜しそうな表情を浮かべるも、慣れているのか特に抵抗をする様子も見せなかった。


「……ねえねえ、ルイジアナさん?あたしちょっと思うんだけどさ」


 数歩離れたところで皇女の小さな後ろ姿を見ながら、ローズがちょいちょい、とルイジアナの袖をつまむ。


「はい、ローズ様。なんでしょう?」


「やっぱさぁ。今夜くらいは殿下に思いっきり楽しんでもらいたい、ですよねえ?」


「ええ、それはもちろん」


「でしょ?でもさ、それにはさぁ……」


 そこで言葉を切ってから、ローズはさらに声を潜めて前を行く金髪の銃士を指差した。


「……ちょぉっとあの人、邪魔じゃない?」


「え、ちょっとローズ、急に何言うの?し、失礼だよ……」


 それを聞いたリリィは慌てるが、侍女は何食わぬ顔で答えた。


「実は私もそう思っておりました、ローズ様」


「ルイジアナさん!?」


「だよね?さっきから思ってたんだけど、あたしたち、結構気が合いそうね」


「ふふ、そうですね」


「うーんでも、どうしたらいいかな……」


 ローズは顎に人差し指を当てて首を捻ってから、


「やっぱあの人も所詮は男だし、色仕掛け(ハニートラップ)かな?」


「ホントに何言ってるの、ローズ!?」


「リリィが」


「なんで私!?」


「だって、あいつ多分、あたしよりアンタみたいな『可愛い系』のほうがタイプっぽいし」


「え、いや、嬉しいような……いや、やっぱ全然嬉しくないような……」


「それはとても良い作戦ですね」


「ルイジアナさん!?」


「メーリック卿も所詮は殿方。リリィさまほど可憐な女性なら、私もイチコロだと思いますわ」


「ルイジアナさん!!?」


「ですが……」


 ひとり慌てふためくリリィを他所に、ルイジアナは不敵に笑った。


「——ルイジアナにひとつ、提案がございます」


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